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健康を科学で紐解く シリーズ111 「脳の覚醒効果に脳幹の青斑核が関与する」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


軽運動による脳の覚醒効果に脳幹の青斑核が関与する



研究の概要


 ヨガやウォーキングに相当する軽い運動で集中力や記憶力が高まります。その脳内メカニズムは、脳の神経核の一つで脳幹に存在する青斑核の活性化であることを示唆するデータが、MRI(磁気共鳴画像化装置)を用いた実験で得られました。


軽い強度の運動を行うと頭がスッキリしたような気分になり、注意・集中力や記憶力が高まります。この脳内メカニズムとして、脳幹の覚醒中枢が活性化し、脳全体の覚醒レベルが高まることが考えられます。しかし、脳幹の運動中の活動を正確に計測することは困難でした。


本研究チームは昨年、ヨガやゆっくりとしたウォーキングに相当する軽い(超低強度)運動を行うと、心理的な覚醒度が増大すると同時に瞳孔が拡大することを発見しました。瞳孔は、脳内の覚醒系の中でも、脳幹にある青斑核の活動状態を反映するとされます。このため、超低強度運動により青斑核が活性化する可能性が浮かびました。

本研究では、この仮説を検証するため、青斑核の神経細胞に含まれる色素(神経メラニン)に由来する MRI(磁気共鳴イメージング)の信号値と、超低強度運動による瞳孔拡大や心理的覚醒度増大の関係を横断的に調べることにしました。神経メラニンに由来する MRI 信号値は青斑核の反応性(活動のしやすさ)と関連することが知られているからです。


 実験では、健常な若年男性 21 人を対象に、青斑核における神経メラニンの凝集量を MRI で信号化しました。また、参加者には別日に超低強度運動を行ってもらい、瞳孔径および心理的な覚醒度の変化を測定しました。


その結果、青斑核における神経メラニンの信号強度と超低強度運動による瞳孔や心理的覚醒度の変化の間には関係があり、高信号値を示した人ほど瞳孔拡大や覚醒度増大の程度が大きいことが分かりました。上記の通り、神経メラニンに由来する MRI 信号値の強さは青斑核の反応性と関連することから、高信号の人はそうでない人より運動時の青斑核の活動が大きく、結果として運動に対する瞳孔や覚醒度の反応も大きかった可能性が考えられます。青斑核を含む脳幹の覚醒中枢が超低強度運動によって活性化し、気分や認知機能の向上につながるとする仮説を支持する結果であると言えます。




研究の背景


 私たちは、ヨガやウォーキングのような軽い運動をすると、頭がスッキリしたような感覚を覚えます。これは、軽度であっても運動することによって脳の覚醒を担う領域が活性化し、覚醒レベルが高まるためだと考えられます。


本研究チームは、軽い運動 (超低強度運動) によってもたらされる覚醒レベルの上昇が、認知機能や記憶能の改善と関係することを明らかにしてきました (参考文献 1,2)。その背景には、脳幹の覚醒中枢の活性化があると考えられます。しかし、運動中の脳幹の活動を正確に捉えることは困難でした。

本研究チームはこの問題について、目の瞳孔の動きを捉えることで対応を進めてきました。「目は心の窓」と言われるように、目は私たちに多くの情報を提供してくれます。最近では瞳孔が脳の覚醒レベルを強く反映する指標であるとして注目されています。特に、脳幹の一部で、覚醒の中核を担う青斑核の活動と瞳孔の動きはよく関連します。青斑核は前頭前野や海馬を含む脳全体に投射し、その機能を調節することから、覚醒と認知をつなぐ重要な領域と考えられています。本研究チームは昨年、超低強度運動でも瞳孔が拡大することを明らかにし (参考文献 3)、超低強度運動に伴う覚醒レベル上昇のカギは青斑核にあるのではないかと仮説を立てました。

しかし、青斑核の運動中の活動を捉えることは困難です。そこで、青斑核に凝集する神経メラニンに着目しました。磁気共鳴イメージング (MRI)注 1) から得られる神経メラニンに由来した信号値は、青斑核内のカテコラミン神経 (ノルアドレナリン、ドーパミンなど) の密度や青斑核の反応性の個人差と関係することが知られています。そこで、超低強度運動による瞳孔や心理的な覚醒気分の変化との関係を調べることで、超低強度運動で高まる覚醒レベルに対する青斑核の関与を間接的に検討しました。




研究内容と成果


 健常な若年男性 21 人(平均年齢 21.3 歳)を対象に、超低強度運動をした際の覚醒レベルの変化を測定する実験と、青斑核の構造的な特性を磁気共鳴イメージング (MRI) で測定する実験を行いました。

運動時の覚醒レベルの変化を測定する実験では、参加者は事前に測定した最高酸素摂取量 注 2)の 30%の負荷で自転車こぎ運動を 10 分間行い、運動前後と運動中の瞳孔径、心理的な覚醒気分を測定注 3)しました。MRI による青斑核の撮像は運動実験とは別日に実施しました。

青斑核の神経メラニンに由来する MRI 信号は、神経メラニンイメージング注 4)という特別な撮像方法を用いて測定されました (図 1)。この方法で得られた信号値が高いほど青斑核が構造的に良好な状態であるといえます。運動による瞳孔の拡大程度および心理的覚醒レベルの上昇程度と、神経メラニンイメージングから得られた青斑核の MRI 信号値との相関分析を行い、運動による覚醒上昇に青斑核の神経メラニン凝集程度が関係するかを調べました。


図1 青斑核のおおまかな位置 (A) と神経

  メラニンイメージングから得られた

  脳画像 (B,C)青斑核は脳幹部に位置

  する長さ約 1.5cm, 幅約 2-3mm の

  小さな神経核で、ここから脳の広い

  領域にカテコラミン神経を投射する (図 A)。図 B は、図 A の点線に位置する部分を神

  経メラニンイメージングで撮像した画像である。図 C は、図 B の点線部で囲まれた脳

  幹部を拡大した画像である。図 C の緑の箇所が青斑核の位置を示す。赤い箇所は参照

  領域の脳幹橋部。神経メラニンイメージングにより参加者の脳画像を撮像し、ソフトウ

  ェアを用いることで青斑核の位置とその信号値の強さを特定した。




 本研究チームがこれまで示した通り、超低強度運動でも瞳孔が拡大し、心理的覚醒レベルが高まることを再確認しました。 (図 2)。運動によって高まる瞳孔拡大の程度および心理的覚醒レベルの上昇には正の相関がみられ、瞳孔の拡大が運動による覚醒上昇を捉えていることが裏付けられました。


図2 超低強度運動による瞳孔径および

  心理的覚醒レベルの増大


上段は覚醒レベルの指標となる瞳孔径の、下段は心理的覚醒レベルの、超低強度運動の前後および運動中の変化をそれぞれ示している。いずれの指標も超低強度運動で高まった。左の図は、超低強度運動を行った条件 (青線) と運動を行わずに安静を保った条件 (灰線) の変化を示している。右の図は、運動条件から安静条件を差し引いた値を参加者ごとに算出し、

視覚的に見やすくした図である (濃い線が平均値、薄い線がそれぞれの参加者の変化)



 また、どちらの覚醒の指標も神経メラニンイメージングから得られた青斑核の信号値と正の相関があり、運動により高まる覚醒レベルの個人差には、青斑核の神経メラニンの凝集程度が関連していることが分かりました

(図 3)。この結果から、超低強度運動で高まる覚醒レベルには青斑核が関与していることが示唆されました。神経メラニンに由来する MRI 信号値が高いほどカテコラミン神経の密度や青斑核の反応性が高いことが知られており、信号値の高い参加者ほど超低強度運動により青斑核が活性しやすかったのかもしれません。


図3 超低強度運動による覚醒反応と青斑

  核の構造的な特性の関係


超低強度運動中の瞳孔拡大と心理的覚醒レベルの上昇には正の相関が見られた (A)。神経メラニンイメージングから得られた青斑核の信号値が高い人は、超低強度運動時の瞳孔拡大程度 (B) と心理的覚醒レベルの上昇程度 (C) が高かった。









今後の展開


 本研究により、軽い強度の運動で覚醒レベルが高まるメカニズムの一端が明らかになりました。本研究チームは超低強度運動が前頭前野や海馬の機能改善効果をもたらすことも報告してきましたが、今後はこれらに青斑核が関与するかどうかを検討する必要があります。


また、運動時に青斑核が実際に活性化しているかどうかを、動物研究を交えながらさらに深く追求することで、超低強度運動が脳機能を高める神経基盤の解明につながると考えられます。




用語解説


注 1)磁気共鳴画像法 (Magnetic resonance imaging: MRI)


強力な磁場を用いて体内の水素原子に共鳴現象を起こし、そこから発生する電波を受信コイルで取得することで、脳や内臓、筋肉などの状態を非侵襲的に測定する方法。


注 2)最高酸素摂取量


最大運動の時に体内に取り込める酸素の最高量。全身持久力の指標となる。酸素摂取量は運動負荷に比例するため、個人個人の相対的な有酸素運動負荷を決める時にはこの値を 100%として、次のように運動強度を分類することができる;超低強度運動 (< 37%)、低強度運動 (37‒45%)、中強度運動 (46‒63%)、高強度運動 (64‒90%)、最大/最大強度付近 (≧91%)(アメリカスポーツ医学会に基づく)。


注 3) 心理的な覚醒気分の測定


心理的な覚醒気分の変化は、二次元気分尺度という質問紙により測定した。ヒトの気分は覚醒度と快適度の二軸で表現され、二次元気分尺度はこの覚醒度と快適度を 8 項目の質問により短時間で評価することができる。本研究では覚醒度に着目し、解析に用いた。


注 4) 神経メラニンイメージング (Neuromelanin T1-sensitive imaging)


MRI の撮像方法の一種で、脳内カテコラミン神経に蓄積する神経メラニンの凝集を MRI の信号値から測定する方法。参照領域 (本研究では脳幹橋部) との比で表される青斑核の信号値の強さは、カテコラミン神経の密度や青斑核の活動性と関連しているとされ、信号値が高いほど構造的に良好な状態であると評価される。

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