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健康を科学で紐解く シリーズ115 「アルツハイマー病のプレクリニカル期を検出する血液バイオマーカーとして注目されるリン酸化タウタンパク質が神経軸索の変性を反映している可能性を見出しました」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



アルツハイマー病のプレクリニカル期を検出する血液バイオマーカーとして

注目されるリン酸化タウタンパク質が

神経軸索の変性を反映している可能性を見出しました




 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典)・研究所・認知症先進医療開発センター・神経遺伝学研究部の廣田湧 研究員,榊原泰史 研究員,関谷倫子 副部長,飯島浩一 部長らは,アルツハイマー病を発症する前段階のプレクリニカル期から血液や脳脊髄液中で増加するリン酸化タウタンパク質が,脳内の神経活動を抑制的に制御する,GABA作動性の抑制性神経細胞の軸索変性を反映している可能性を見出しました。




研究の背景


 認知症の最大の原因であるアルツハイマー病は,脳実質へのアミロイドβの蓄積(アミロイド病理)と,神経細胞内へのリン酸化タウタンパク質の蓄積(タウ病理),そして神経細胞死による脳萎縮を特徴とする進行性の神経変性疾患です。


通常,タウタンパク質は神経細胞の軸索に局在し,細胞骨格である微小管の安定化や軸索輸送等に関与しています。タウタンパク質の正常なリン酸化は,それらの生理機能に関わると考えられていますが,アルツハイマー病患者の脳では,タウは過剰なリン酸化を受けて神経細胞の中に蓄積しています。また,一部のリン酸化タウタンパク質は断片化されて,脳脊髄液中や血液中に放出されることが知られています。


近年,プレクリニカル期のアルツハイマー病を検出する血液バイオマーカーとして,リン酸化タウタンパク質が注目を集めています。中でも181,217,231番目のスレオニン残基がリン酸化されたタウタンパク質(以下,pT181タウ,pT217タウ,pT231タウ)は,アルツハイマー病を高い精度で鑑別診断します。これらのリン酸化タウタンパク質は,アルツハイマー病の初期に起こる脳の病的な変化と関係していると考えられますが,具体的にどのような脳の病態を反映しているのかは明らかではありませんでした(図1左)。


2022年に廣田研究員らは,アルツハイマー病発症前から初期のアミロイド病理を再現するアミロイドβ病理モデルマウス(Appノックインマウス,参考文献1,2)を用いて,血液バイオマーカーであるpT217タウとpT231タウは,アミロイドβ病理モデルマウスの脳にのみ出現し,アミロイド病理が引き起こす興奮性神経細胞のシナプス変性を反映していることを明らかにしました。一方で,pT181タウは,正常なマウスの脳でも神経細胞の軸索に局在し,アミロイドβ病理モデルマウスではそれらの神経軸索が変性していることを見出し報告しました(図1右,参考文献3_論文サイトへリンク)。


これらの研究成果は,科学誌Brain CommunicationsにおいてScientific Commentaryとして取り上げられ,注目されています(参考文献4_論文サイトへリンク)。一方で,pT181タウがどの神経細胞の神経軸索に局在しているのかは明らかではありませんでした。


図1.アルツハイマー病の病態進行の概要(左)とこれまでの研究成果の概要(右)




研究の成果


 本研究では,アミロイドβ病理モデルマウスを用いて,このpT181タウがどの神経細胞に局在しているかを,各神経細胞を特異的に検出する抗体を用いた免疫染色法により調べました。その結果,pT181タウは,コリン作動性神経やノルアドレナリン作動性神経,グルタミン酸作動性興奮性神経の軸索には局在せず,パルブアルブミンを発現するGABA作動性抑制性神経の軸索に局在することが明らかになりました。


さらに,アミロイドβ病理モデルマウスの大脳皮質では,神経の軸索を覆う髄鞘の主要な構成因子であるミエリン塩基性タンパク質(MBP)が減少していることも明らかにしました(図2)。


以上の結果から,アルツハイマー病の発症前から検出されるバイオマーカーリン酸化タウタンパク質のpT181タウは,有髄神経であるGABA作動性抑制性神経の軸索変性を反映している可能性が示されました。


図2.バイオマーカーリン酸化タウタンパク質の脳内局在


 

 脳内のアミロイドβ蓄積を反映することが報告されているバイオマーカーリン酸化タウタンパク質は,リン酸化される部位によって異なる脳内病理を反映している可能性が考えられます。


本研究では,アルツハイマー病の発症前・初期の過程で,脳脊髄液や血液中で増加するリン酸化タウタンパク質の一つであるpT181タウが,脳内の神経活動を抑制する神経細胞の変性を反映する可能性を見出しました。


今後,ヒト剖検脳を用いてさらなる解析を進め,血液バイオマーカーを用いた早期診断法や治療薬の開発に貢献していきます。



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