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健康を科学で紐解く シリーズ119 「アルツハイマー病患者脳内のタウを高感度検出 早期発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


アルツハイマー病患者脳内のタウを高感度検出

早期発見のためのPET診断薬候補化合物の開発に成功




概要


 アルツハイマー病の発症や脳萎縮の原因となるタウ蛋白の蓄積を病初期段階から検出することは、疾患修飾薬による早期治療をめざす上で重要です。

東北大学大学院医学系研究科機能薬理学分野の原田龍一助教、東北医科薬科大学医学部薬理学教室の岡村信行教授、東北大学サイクロトロン RI センターの古本祥三教授の研究グループは、アルツハイマー病患者のタウ蛋白の高感度、高精度検出が期待される新規 PET トレーサーの候補化合物として、[18F]SNFT-1 の開発に成功しました。

従来型のタウ PET トレーサーと比較して、[18F]SNFT-1 は初期のタウ蛋白病変を従来よりも 2 倍以上高い信号対バックグラウンド比で描出し、PET トレーサーに求められる薬物動態性能も満たしていました。


今後、治療が必要なアルツハイマー病患者を早期発見するための PET 診断薬として、その臨床応用が期待されます。




研究の背景


 アルツハイマー病(注 1)は、アミロイド β 蛋白とタウ蛋白(注 2)の脳内蓄積、およびそれに続発する神経細胞死を特徴とする認知症の最大の原因疾患です。

このようなアルツハイマー病の脳内病理は、認知症を発症する前から潜行性に進むことが知られています。したがって、通常アルツハイマー病の臨床診断が下されるのは、既に脳内病変がある程度進行してしまった後です。


近年、アミロイド β 蛋白を標的とした疾患修飾薬が開発され、アルツハイマー病の根治への期待が高まっています。PET(ポジトロン断層法)(注 3)を用いてアミロイドの脳内蓄積を計測するアミロイド PET 検査は、抗アミロイド薬の治療適応や効果判定する上で今や欠かせない検査となっています。

また近年、タウ蛋白を画像化するタウ PET も実用化され、タウ蛋白を標的とした認知症治療薬開発も進められています。タウ PET 検査では、タウ蛋白以外にトレーサーが誤って結合してしまう「オフターゲット結合」が存在することや、初期のタウ病変に対する検出感度がそれほど高くないことが課題として指摘され、より高性能なタウ PETトレーサーの開発が望まれていました。




今回の取り組み

 

 東北大学大学院医学系研究科機能薬理学分野の原田龍一助教、東北医科薬科大学医学部薬理学教室の岡村信行教授、東北大学サイクロトロン RI センターの古本祥三教授の研究グループは、アルツハイマー病の脳内に蓄積したタウ蛋白の検出性能を向上させた新規タウ PET トレーサーの有力候補化合物の開発に成功しました。


Sendai Neuro Fibrillary-tangle Tracer の頭文字から命名されたSNFT-1 は、過去の PET トレーサー開発の経験に基づいて、元となった化合物(THK5351)の化学構造の改変を少しずつ繰り返すことによって新たに創製した低分子化合物です。

この[18F]SNFT-1 はアルツハイマー病患者の脳内で蓄積するタウ蛋白凝集物のみに結合し、オフターゲット結合の標的として知られるモノアミン酸化酵素 B(MAO-B)には結合しません。またアミロイド β 線維などタウ蛋白以外の凝集物にも結合せず、アルツハイマー病のタウ病変に対する選択性が高いことが確認されました。

[18F]SNFT-1 の病変検出感度について詳しく調べるため、認知症症状がないにもかかわらず、初期のアルツハイマー病の病理所見を示した高齢者の死後の脳病理組織標本を用いて評価を行いました。その結果、タウ病理の重症度としてはごく軽度に相当するブラークステージⅡの脳標本でも、[18F]SNFT-1 はタウ病変を明瞭に描出しました(図 1 の赤矢頭で示した部分)。また他のタウ PET トレーサーと比べて、[18F]SNFT-1 はタウ結合部位におけるシグナル強度が最も高く(図 2)、従来型トレーサーよりも優れた感度でタウを検出できる可能性が示唆されました。さらに[18F]SNFT-1 は、正常マウスに対して静脈内投与した際に、高い脳内取り込みと急速なウォッシュアウトを示したことから、PET トレーサーとして優れた性能を発揮するものと期待されます。


図 1. 初期のタウ病変へ[18F]SNFT-1 が結合したことを示すオートラジオグラフィー像。


タウ病変がみられないブラークステージ 0 の脳標本(左)においては、[18F]SNFT-1 の結合像は観察されない。これに対し、初期のタウ病変がみられるブラークステージⅡの脳標本(右)においては、タウの免疫組織染色と一致した[18F]SNFT-1 の明瞭な結合像(赤矢頭)が観察された。




図 2. タウ病変部位での[18F]SNFT-1 の信号強度を他のトレーサーと比較した結果。


アルツハイマー病において病初期からタウ蓄積がみられやすい 3 つの場所(CA1、PHG、FuG)における[18F]SNFT-1 の信号強度を既存の他のタウ PET トレーサーと比較したところ、ブラークステージⅡ(緑)およびステージⅥ(赤)のタウ病変を[18F]SNFT-1 は最も高いコントラストで画像化した。初期のタウ病変がみられるブラ ークステージ Ⅱ( 緑)の海馬傍回(PHG)における[18F]SNFT-1 の信号対バックグラウンド比は、[18F]MK-6240 の 2.5 倍、[18F]Flortaucipir の 5.1 倍であった。




発表のポイント


1.アルツハイマー病発症の原因となるタウ蛋白を画像化する PET トレーサーの有力候補化

 合物を開発しました。


2.今回開発した[18F]SNFT-1 は、既存の他の PET トレーサーよりも優れた感度で病初期

 のタウ病変を描出できることを明らかにしました。


3.アルツハイマー病の初期病変を画像化する PET 診断薬として、今後の臨床応用が期待さ

 れます。




今後の展開


 現在、タウ蛋白を標的とした治療薬の開発が進められており、タウ病変が脳内で形成されている人を早期発見することが今後重要になります。[18F]SNFT-1 は従来型のタウ PET トレーサーが苦手としてきた初期タウ病理の計測で高性能を発揮することが期待されます。これから東北大学病院での実施が計画されている臨床研究で、[18F]SNFT-1 の検査性能が評価される予定です。




用語説明


注1. アルツハイマー病:

認知症の最大の原因疾患として知られる進行性の神経変性疾患。老人斑と神経原線維変化の脳内沈着を病理学的特徴とする。その治療薬として、老人斑の構成蛋白であるアミロイドβ蛋白を標的とした抗体薬が期待されている。


注2. タウ:


神経細胞内に存在する微小管結合蛋白であり、リン酸化修飾によって凝集し、神経原線維変化として脳内に蓄積する。アルツハイマー病の神経細胞死に直接関与すると考えられている。


注3. PET:


Positron Emission Tomography(陽電子放出断層撮影)の略であり、18F などのポジトロン放出核種でラベルしたトレーサー(PET トレーサー)を用いて、体内の病変を画像化することができる核医学検査の一つである。

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