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健康を科学で紐解く シリーズ127 「炭水化物・脂質の摂取と死亡リスクとの関連」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


炭水化物・脂質の摂取と死亡リスクとの関連

〜極端な食事習慣が生命予後(寿命)に影響を与えることを発見〜






 名古屋大学大学院医学系研究科予防医学分野の田村高志講師、若井建志教授らの研究グループは、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC 研究[主任研究者:愛知県がんセンター研究所がん予防研究分野松尾恵太郎分野長])*1 の追跡調査データを用いたコホート研究*2 として、日本人の炭水化物・脂質の摂取量と死亡リスクとの関連について調べました。

その結果、男性の低炭水化物摂取および女性の高炭水化物摂取が全死亡リスクとがん死亡リスクを高めること、女性の高脂質摂取が全死亡リスクを下げる可能性があることを発見しました。本研究は、文部科学省科学研究費学術変革領域研究「コホート・生体試料支援プラットフォーム(CoBiA)」による助成を受けて行われました。


 炭水化物と脂質の摂取制限(ローカーボ食と低脂質食の勧め)は、体重減少や血糖値の改善などを促して、私たちの生活習慣病の予防にとって有用ではないかと考えられています。

しかし、このような極端な食事習慣がもたらす長期的な生命予後(長生きできるかどうか)については明らかではありません。欧米をはじめとする諸外国における近年の疫学研究*3 は、極端な炭水化物と脂質の摂取習慣が死亡リスクを高めることを示唆しており、低炭水化物食と低脂質食がもたらす「短期的な効果」と「長期的な生命予後」のあいだに大きな矛盾があるため、国際的な関心が高まっています。しかし、欧米人よりも一日あたりの炭水化物摂取量が多く、脂質摂取量が少ない日本人を含む東アジア人での知見はほとんどありません。

そこで本研究グループは、J-MICC 研究の参加者約 8.1 万人のおよそ 9 年間の追跡調査によって、日本人の炭水化物・脂質摂取量と死亡リスクとの関連を評価しました。


研究対象者の一日あたりの炭水化物・脂質摂取量(g)は食物摂取頻度調査票*4 によって推定し、エネルギー比率(%)*5 として算出しました(炭水化物1g は 4kcal、脂質 1g は 9kcal のエネルギーを生成します)。男性の炭水化物摂取 50-<55%群(基準群)を 1 としたとき、男性の低炭水化物摂取群(<40%群)で全死亡リスクは 1.59 倍(傾向性 P 値リサーチ・クエスチョン方法結果結論日本人の炭水化物・脂質の摂取は将来の死亡リスクに影響を与えているか?全国の追跡調査原因結果J-MICC研究 8.1万人炭水化物・脂質の摂取死亡男性の低炭水化物摂取、女性の高炭水化物摂取は死亡リスクを高める男性の炭水化物摂取と死亡リスクハザード比炭水化物摂取量(% エネルギー)女性の炭水化物摂取と死亡リスク炭水化物摂取量(% エネルギー)死亡数:男性3.4万人中1,838人、女性4.6万人中945人(平均追跡期間8.9年)*6 = 0.002)、がん死亡リスクは 1.48 倍(傾向性 P 値 = 0.071)に増加しました。女性では、追跡期間が 5年以上の場合、50-<55%群(基準群)を 1 としたとき、高炭水化物摂取群(≥65%群)の全死亡リスクは1.71 倍(傾向性 P 値 = 0.005)に増加し、がん死亡リスクも同様の傾向を認めました(傾向性 P 値 = 0.003)。男性の脂質摂取量と死亡リスクとの関連については、20-<25%群(基準群)を 1 としたとき、高脂質摂取群(≥35%群)でがん死亡リスクが 1.79 倍、循環器疾患死亡リスクは脂質摂取量とともに増加しました(傾向性 P 値 = 0.020)。一方で、女性の脂質摂取量の増加は全死亡リスクとがん死亡リスクを下げる傾向が観察されました(それぞれ傾向性 P 値 = 0.054, 0.058)。


 本研究グループによる研究結果は、「ローカーボ食またはハイカーボ食がよい」、「脂質摂取はできるだけ控えたほうがよい」とする食事習慣を見直すことを提案しています。




発表のポイント


1.極端な炭水化物と脂質の摂取習慣が「長期的な生命予後(寿命)」に影響を与える。


2.低炭水化物食の推奨、高脂質食の制限はかならずしも良いとは言えない可能性がある。


3.将来の死亡リスクを考えるうえで食事バランスの重要性が示唆される。




背景


 低炭水化物食(いわゆるローカーボ食)や低脂質食は、体重減少や血糖値の改善などを促し、私たちの生活習慣病の予防にとって有用ではないかと考えられています。しかし、このような食習慣がもたらす長期的な生命予後(長生きできるかどうか)についてはいまだ明らかではありません。


欧米をはじめとする諸外国における近年の疫学研究は、極端な炭水化物と脂質の摂取習慣が死亡リスクを高めることを示唆しており、低炭水化物食・低脂質食がもたらす「短期的な効果」と「長期的な生命予後」のあいだに大きな矛盾があるため、国際的な関心が高まっています。しかし、欧米人よりも炭水化物摂取量が多く、脂質摂取量が少ない日本人を含む東アジア人での知見はほとんどありません。


そこで本研究グループは、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC 研究)の参加者の追跡調査データにもとづいて、日本人の炭水化物・脂質摂取量と死亡リスクとの関連を評価しました。




方法


 研究対象者は、J-MICC 研究のベースライン調査(第一回目調査)に参加された方のうち、分析に必要なデータがすべて整っており、がん・心血管疾患の既往歴を有しない男性 34,893 名および女性46,440 名です(平均追跡期間はおよそ 9 年)。

研究対象者の一日あたりの炭水化物・脂質摂取量(g)は食物摂取頻度調査票によって推定し、エネルギー比率(%)で表しました(炭水化物1g は 4kcal、脂質 1g は 9kcal のエネルギーを生成します)。

関連を評価するにあたって、死亡リスクに大きな影響を与える喫煙や飲酒などの交絡要因*7を分析モデルで考慮しています。




研究成果


 図1は男性の炭水化物摂取量と死亡リスクとの関連を示しています。

50-<55%群(基準群)を 1 としたとき、低炭水化物摂取群(<40%群)の全死亡リスクは 1.59 倍(傾向性 P 値 = 0.002)、がん死亡リスクは 1.48 倍(傾向性 P 値 = 0.071)に増加しました。また中程度の低炭水化物摂取群(45-<50%群)では、循環器疾患死亡リスクが 2.32 倍に増加しました(傾向性 P 値 = 0.002)。精製炭水化物摂取(米飯、パン、めん類、和菓子、洋菓子)と非精製炭水化物摂取に分けて分析したところ、炭水化物摂取量全体での分析結果と同様の傾向を認めました(原著論文内 Supplementary Tables 1–2 参照)。


図1:男性の炭水化物摂取量と死亡リスクとの関連





図2:女性の炭水化物摂取量と死亡リスクとの関連


 図2は女性の炭水化物摂取量と死亡リスクとの関連を示しています。

女性では本関連における比例ハザード性*8がやや認められなかったため(炭水化物摂取の死亡リスクへの影響が一定ではなく時間経過によってやや変化したため)、追跡期間を 5 年(追跡期間の中央値の約半分)に区切って分析を行いました。追跡期間が 5 年以上の場合、50-<55%群(基準群)を 1 としたとき、高炭水化物摂取群(≥65%群)で全死亡リスクが 1.71 倍に増加し(傾向性 P 値 = 0.005)、がん死亡リスクでも同様の傾向を認めました(傾向性 P 値 = 0.003)。追跡期間が 5 年未満の場合、45-<50%群と≥60%群で循環器疾患死亡リスクが増加しました(それぞれ 4.04 倍、3.46 倍)。精製炭水化物と非精製炭水化物に分けた分析では、明らかな関連は観察されませんでした(原著論文内 Supplementary Tables 3–4 参照)。





図3:男性の脂質摂取量と死亡リスクとの関連


 図3は男性の脂質摂取量と死亡リスクとの関連を示しています。

20-<25%群(基準群)を 1 としたとき、高脂質摂取群(≥35%群)でがん死亡リスクは 1.79 倍、循環器疾患死亡リスクは脂質摂取量とともに増加しました(傾向性 P 値 = 0.020)。脂質摂取の質を考慮するため、飽和脂肪酸摂取(肉類、乳製品、加工食品に多く含まれる脂質)と不飽和脂肪酸摂取(魚、植物油、ナッツ類に多く含まれる脂質)に分けて分析したところ、不飽和脂肪酸の摂取量の少なさが全死亡リスクとがん死亡リスクを高めていました(原著論文内 Supplementary Tables 5–6 参照)。




図4:女性の脂質摂取量と死亡リスクとの関連


 図4は女性の脂質摂取量と死亡リスクとの関連を示しています。

脂質摂取量が増加するほど全死亡リスクとがん死亡リスクが減少する傾向が観察されました(それぞれ傾向性 P 値 = 0.054, 0.058)。飽和脂肪酸摂取と不飽和脂肪酸摂取に分けて分析したところ、飽和脂肪酸の摂取量の増加が全死亡リスクとがん死亡リスクを低下させる傾向にありました(原著論文内 Supplementary Tables 7–8 参照)。




今後の展開


 本研究は、喫煙や飲酒などの交絡要因を統計学的に調整したうえで、日本人の極端な炭水化物摂取および脂質摂取が「長期的な生命予後」に影響を与える可能性を示しました。

「ローカーボ食またはハイカーボ食がよい」、「脂質摂取はできるだけ控えたほうがよい」とする食事習慣の見直しを提案しています。


J-MICC 研究の追跡調査を続けることによって、解析可能な症例数が多くなることから、今後はより細かな死因ごとの検討やがん部位別での評価が可能になります。また他研究による日本人一般集団での本関連の再現性、分子生物学的なメカニズムの探索と解明が期待されます。




用語解説


*1 日本多施設共同コーホート研究(J-MICC 研究):日本全国でおよそ 10 万人の参加者の健康状態(がん罹患や死亡など)を 20 年にわたって追跡し、どのような人がどんな病気になりやすいかを調べる研究です。本研究は 2005 年に調査を開始し、現在は全国 13 の研究グループによって運営されています。研究参加者の生活習慣だけでなく、遺伝的な背景も考慮して病気の原因を調査しており、日本ではじめての大規模分子疫学コホート研究です。


*2 コホート研究:「ある要因を持つ集団」と「ある要因を持たない集団」(コホート)を未来に向かって追跡し、各集団で発生する将来の結果(死亡率や罹患率など)の違いを評価することができる研究で、さまざまな要因と結果の関連を調べることができます。コホート研究は、対象者が持つ要因を結果が生じる前に把握したうえで、長期にわたって結果を追跡するため、信頼性の高いエビデンスを示すことができます。


*3 疫学研究:ヒト集団を対象として疾患や健康に関する要因を調べる研究の総称です。近年は大規模な疫学調査データを取り扱うことが多く、ヒトの生活習慣だけでなく遺伝的な要因も組み合わせて、死亡率や罹患率の違いなどを評価します。疾病予防、公衆衛生上の政策の立案に重要な役割を担っている研究です。


*4 食物摂取頻度調査票:どのような食品をどれくらいの頻度と量で摂取しているかを調べるために使用するアンケートで、特定の食品項目(たとえば大豆、小魚、ヨーグルト、緑茶など)が一覧になっており、研究参加者はそれぞれの食品や飲み物をどのくらいの頻度と量で摂取するかを選択肢から回答します。本調査票の回答にもとづいて、栄養素摂取量や食品群摂取量を推定することができます。本調査票の目的は、その人がどのような食習慣あるいは栄養素摂取の傾向を持っているかを把握し、他の生活習慣データや追跡調査データとあわせて、健康への影響を正しく評価することです。


*5 エネルギー比率(%):全エネルギー摂取量のうち、特定の栄養素によるエネルギー摂取量が占める割合のことで、食事バランスの目安の一つです。エネルギー比率は、栄養調査や疫学研究だけでなく、食事摂取基準を策定する際にも活用されます。


*6 傾向性 P 値:関連の傾向(要因が増えるほどリスクが上昇または低下すること)を評価し、その有意性を判断するために用いられる統計学的な指標です。「原因と結果の関連が偶然によるものかどうか」を明らかにし、P 値が小さいほど(通常は 0.05 以下)その関連が偶然ではない可能性が高くなります。


*7 交絡要因:研究対象とする要因以外の要因のうち、1)結果に影響を与えること、2)研究対象とする要因と関連すること、3)研究対象とする要因と結果の中間要因ではないことの3つの条件を満たす要因です。交絡要因が正しく制御できない場合、「見かけ上の関連(他の要因による誤った関連)」が観察されることがあるため、交絡要因の制御は因果関係の推論に欠かせません。


*8 比例ハザード性:比較するグループ間のハザード比(リスクの比)が時間に依存せず、どの時間においても一定である性質(比例ハザードモデルによる解析を行うときに要因が満たすべき条件の一つ)のことです。

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