top of page

健康を科学で紐解く シリーズ128 「進行期慢性腎臓病患者における収縮期血圧の目標下限値 110mmHg以上は腎機能保持に有用」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


進行期慢性腎臓病患者における収縮期血圧の目標下限値と腎機能低下の関連を調査 ~目標下限値 110mmHg以上は腎機能保持に有用~




要旨


 名古屋大学大学院医学系研究科腎臓内科学の倉沢史門(臨床研究教育学 助教)(研究当時)、丸山彰一教授らの研究グループは、「慢性腎臓病進行例(CKD G3b~G5)の予後向上のための予後、合併症、治療に関するコホート研究」(REACH-J-CKD コホート研究)の情報を用いて、収縮期血圧の目標下限値と腎機能低下速度の関連を調査しました。


その結果、進行期慢性腎臓病患者の収縮期血圧の目標下限値を110mmHg 以上とする診療方針は、推定糸球体濾過量*1(eGFR)変化 +1ml/min/1.73m 2/年の改善に関連することを明らかにしました。


この研究は、日本医療研究開発機構の「慢性腎臓病(CKD)進行例の実態把握と透析導入回避のための有効な指針の作成に関する研究」および「診療連携・国際連携をも視野にいれた、生活習慣病、CKD の診療の質向上に直結する多施設長期コホート研究」の支援のもと、REACH-J-CKD コホート研究の山縣邦弘 研究代表者(筑波大学医学医療系腎臓内科学教授)らとの共同研究として行ったものです。


慢性腎臓病*2(CKD)を有する患者の多くは高血圧症を合併し、腎機能保持や心血管病の予防のために血圧管理が重要です。高血圧が腎機能悪化や心血管病の原因となる一方で、過度な降圧により急性腎障害(急激な腎機能の悪化)などの有害事象も増加することが知られています。特に CKD 患者は血圧の変動が大きく、厳格な降圧目標により過度な血圧低下を起こしやすく、その影響を受けやすい集団といえます。そのため、血圧変動の中で、下限値にも注意を払う必要があると考えられますが、その意義や最適な目標下限値についてはわかっていませんでした。


本研究グループは、REACH-J-CKD コホート研究の参加施設の腎臓内科医 91 名を対象に行われた診療方針等に関するアンケート調査結果と、登録された進行期 CKD 患者のうち基準に合致する 1,320 名の情報を基に、収縮期血圧の目標下限値を 110mmHg 以上と回答した医師の施設毎の割合と、患者の eGFR変化(登録前 4 年前から登録時まで)の関連を評価しました。目標下限値を 110mmHg 以上とする診療方針は、100mmHg 以下とする方針と比較して、eGFR 低下速度 1ml/min/1.73m 2/年の改善と関連しました。なお、110mmHg 以上と回答した医師は全体の 22~36%で少数派でした。


これらの結果から、進行期 CKD 患者の血圧管理においては、血圧変動の中で下限値にも注意を払い、具体的には 110mmHg を下限値とすることの有用性が示唆されました。特に血圧変動が大きい場合に、過降圧とならないようにやや高めの血圧管理とすることで腎機能を保持しやすくなると考えられます。




発表ポイント


1.eGFR<45ml/min/1.73m 2 以下の慢性腎臓病(CKD)患者において、収縮期血圧の

 目標下限値を110mmHg 以上にする診療方針は良好な腎機能保持に関連した。


2.観察された腎保護効果は、75 歳以上の高齢者や心血管病既往のある患者で大きい傾向だ

 った。


3.収縮期血圧の目標下限値を 110mmHg 以上にする腎臓内科医は少数派であり、本研究

 結果などに基づき診療方針を最適化することで、多くの CKD 患者の腎予後を改善する

 余地がある。






背景


 日本国内の CKD の患者数は約 1,480 万人と推計され、成人の 7 人に 1 人が有する国民病となっており、毎年 4 万人を超える方が新たに透析療法を開始しています。


CKD を有する患者の約 85%に高血圧症を合併し、高血圧は腎機能悪化や心血管病の重要なリスク因子であることから、腎機能保持や心血管病の予防のためには適切な血圧管理が不可欠です。最近の研究で、厳格な降圧により心血管病や心血管死が減ることが示されましたが、一方で血圧が下がりすぎると急性腎障害(急激な腎機能の悪化)などの有害事象も増加することが知られています。


特に CKD 患者は血圧の変動が大きく、血圧の最高値あるいは平均値を基準として厳格な降圧を行うと過度な血圧低下を起こしやすい上に、動脈硬化などのため血管の自動調節能が障害されていたり、血管が狭窄していたりする場合が多く、その影響を受けやすい集団といえます。そのため、血圧変動の中で、収縮期血圧の最低値にも注意を払う必要があると考えられますが、その意義や最適な下限値についてはこれまでほとんど研究されていませんでした。


一般的に観察研究として「実際の血圧」とその後の腎機能悪化や心血管病などの治療成績との関連を評価するのみでは、管理目標値と実際の血圧が必ずしも一致せず様々な要因の影響を排除しきれないことから、治療方針の十分な根拠にはなりづらく、「血圧の管理目標値」と治療成績の関連を明らかにすることが望まれていました。通常、そのためにはランダム化比較試験が実施されますが、本研究では、参加施設の医師の血圧の目標上限値および下限値などの診療方針に関する情報も収集している REACH-J-CKD コホート研究のデータを利用して、操作変数法*3 という手法を用いて「血圧の目標下限値に関する診療方針」と腎機能低下や心血管病との関連を評価しました。




研究成果


 REACH-J-CKD コホート研究に参加した 31 施設の 91 名の腎臓内科医を対象とした CKD に関する診療方針等のアンケート結果について、収縮期血圧の目標下限値の回答を集計しました。さらに、各参加施設の腎臓内科医のうち半数以上がアンケートに回答した 20 施設について、収縮期血圧の目標下限値を110mmHg 以上とすると回答した医師の施設毎の割合と、参加者の登録前 4 年前から登録時までの eGFRの変化や心血管病の既往との関連を評価しました。



腎臓内科医が設定する収縮期血圧の目標下限値(図 1)


 血圧の目標値に関する質問は、CKD ステージ(3 または 4~5)と尿蛋白の程度および糖尿病の有無(尿蛋白なし、軽度尿蛋白、高度尿蛋白、糖尿病)の組み合わせにより、8 通りの想定患者について繰り返し質問され、それぞれ 82~90 名から回答が得られました。ほとんどの腎臓内科医は、100mmHg または110mmHg を下限値とすると回答しました。回答を110mmHg 以上と 100mmHg 以下の 2 つに分けると、110mmHg 以上と回答した医師の割合は、糖尿病のない患者では尿蛋白なしで約 36%、軽度蛋白尿で 29%、高度蛋白尿で 22%、糖尿病の患者では 23%で、CKD ステージ 3 と 4~5 の間に方針の違いはほとんどありませんでした。




収縮期血圧の目標下限値と腎機能低下の関連(図 2)


 各参加施設における「収縮期血圧の目標下限値を 110mmHg 以上とする腎臓内科医の割合」を、上記の 8 通りの想定患者についてそれぞれ算出しました。そして、回答率が 50%以上だった 20 施設について、その施設の登録患者 1,320 名に、8 通りの中で該当するグループに応じてこの割合を割り当て、「目標下限値 110mmHg 以上とする管理の受けやすさ」を反映する操作変数と見なしました。

混合効果モデルによる解析で、登録時の 4年前から登録時までの 4 年間(1 年おき、最大 5 つの時点での値)における eGFR 変化 は 平 均 で -2.48ml/min/1.73m 2/ 年で した。多変量解析で、収縮期血圧の目標下限値110mmHg 以上についての操作変数は、eGFR 変化の+1.05ml/min/1.73m 2/年(95%信頼区間:0.33‒1.77)の改善に関連しました。この結果は、eGFR 変化の平均値を加味する と 、 収 縮 期 血 圧 の 目 標 下 限 値 を110mmHg 以上とすることで、100mmHg 以下とする場合よりも 30~40%程度腎機能の低下速度を緩やかにできることを示唆しています。


いくつかのサブグループに分けた解析では、いずれのグループについてもこの腎保護効果は概ね一貫していましたが、75 歳以上のグループ、心血管病の既往のあるグループで特に効果が大きい傾向が見られました。これらのグループは、特に動脈硬化が進行しており、血圧の変動が大きく過降圧が起こりやすい上にその影響も受けやすいことが想定され、そのような患者では血圧が下がりすぎないように管理する意義が特に大きいと解釈されます。

なお、これらの解析は血圧自体ではなく、血圧に関する「治療方針」と腎機能変化の関連を評価しているため、観察研究でありながら、ランダム化比較試験を行った場合に得られる結果に近い結果であることが期待できます。




その他の解析結果


 今回使用した「収縮期血圧の目標下限値 110mmHg 以上についての操作変数」が妥当な操作変数であるかを確認するために、実際に記録された収縮期血圧の最低値とこの操作変数の関連を評価したところ、確かにこの操作変数は、より高い血圧最低値と関連していました。


また、心血管病の既往とこの操作変数の関連も評価しましたが、心血管病の既往との間には関連が見られませんでした。




今後の展開


 本研究結果から、進行期 CKD 患者の血圧管理において、血圧変動の中で収縮期血圧の下限値にも注意を払い、具体的には 110mmHg を下限値とすることが、腎機能保持に有用であることが示唆されました。


特に血圧変動が大きい場合に、過降圧とならないようにやや高めの血圧管理とすることで腎機能を保持しやすくなると考えられます。収縮期血圧の目標下限値を 110mmHg 以上にする腎臓内科医は 22~36%と少数派でしたので、血圧に関する診療方針を最適化することで腎予後が改善しうる患者が多くいるものと考えられます。


収縮期血圧の目標下限値に着目した初めての報告であり、今後、下限値にも注意する必要性について診療ガイドラインにも反映される可能性があります。また、臨床試験で本研究結果と同様な結果が得られるか、また心不全などの有害事象が増加しないかを検証することが望まれます。




用語説明


*1 糸球体濾過量:


単位時間あたりに腎臓の糸球体という部分で濾過される血液の量のことです。簡単に測定することができないため、血清クレアチニン濃度、年齢、性別から計算した推定糸球体濾過量(eGFR)が腎機能の指標として広く用いられています。


*2 慢性腎臓病:


慢性的に腎機能の低下(eGFR<60ml/min/1.73m 2)または尿異常が続く状態を指します。


*3 操作変数法:


ある要因と結果の関連性を調べる時に、これらの関連を歪める原因になる交絡因子の影響を取り除くための統計学的手法です。本研究では、「各施設における収縮期血圧の目標下限値を110mmHg 以上にする腎臓内科医の割合」を「その施設における個々の患者についての収縮期血圧の目標下限値が 110mmHg 以上かそれ未満か」に関連する操作変数として利用しました。

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page