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健康を科学で紐解く シリーズ129 「神経細胞の"自己認識"を世界で初めて可視化」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



蛍光センサーIPADを新開発

~神経細胞の「自己認識」を世界で初めて可視化~




研究成果(ポイント)


1.神経細胞の自己認識・非自己識別に関わる細胞接着タンパク質※1 であるクラスター型

 プロトカドヘリンの相互作用を可視化する蛍光※2センサーIPAD を開発。


2.同一神経細胞に由来する神経突起間におけるクラスター型プロトカドヘリンの相互作用を

 世界で初めて可視化。


3.神経細胞におけるクラスター型プロトカドヘリン相互作用の生物学的意義の解明に繋がる

 技術的前進。


4.自閉症やてんかん等の脳疾患で見られる、自己神経結合を可視化するセンサー開発に繋が

 る可能性。




概要


 大阪大学産業科学研究所生体分子機能科学研究分野の京卓志特任研究員(常勤)(JST さきがけ専任研究者)、永井健治教授、松田知己准教授の研究グループは、同生命機能研究科心生物学研究室の星野七海特任研究員(研究当時。現在 Tulane 大学研究員)、八木健教授の研究グループとの共同研究により、神経細胞の自己認識・非自己識別に関わる細胞接着タンパク質であるクラスター型プロトカドヘリン(Pcdh)の相互作用をイメージングするための蛍光センサー「IPAD」を開発しました(図1)。

これまで、細胞間相互作用や細胞間における細胞接着タンパク質の相互作用は可視化されてきましたが、細胞の自己認識に関わるような、同一細胞から伸びた突起間の相互作用は可視化されていませんでした。


研究グループは、Pcdh のアイソフォーム※3の1つである Pcdhα4 を標的とし、その分子内にタンパク質間の可逆的な結合解離のイメージングが可能な ddGFP※4 という特別な2つの蛍光タンパク質※5 のペアを挿入することで、世界で初めて同一神経細胞に由来する神経突起間における、Pcdhα4 間相互作用の可視化に成功しました。


この研究成果は、神経細胞における Pcdh 相互作用の生物学的意義に迫るための技術的な大きな一歩であるとともに、自閉症やてんかんなどの脳疾患に見られる自己神経結合を検出するための蛍光センサー開発を発展させる基盤となることが期待されます。





研究の背景


 私たちが自分と相手を識別しているように、私たちの頭の中の神経細胞も自己と非自己を識別しています。これは一見同じように見える神経細胞にも個性があるということです。細胞接着タンパク質であるクラスター型プロトカドヘリン(Pcdh)は細胞表面を多様化させることで、神経細胞に個性を与えています。Pcdh には50種類以上のアイソフォームが存在し、1つ1つの神経細胞は、数種類から十数種類を異なる組み合わせで発現しています。細胞接着タンパク質としての Pcdh の面白い特徴は、同じ組み合わせのPcdh アイソフォームを発現する細胞間でのみ接着活性を示すということです。1つ1つの神経細胞は異なる組み合わせで Pcdh アイソフォームを発現していることから、Pcdh は異なる神経細胞間では相互作用せず、同一神経細胞から伸びた突起間では相互作用するということが想定されています。これが Pcdh を介した神経細胞の自己認識機構です。


これまで Pcdh の相互作用は、Pcdh を内在性の細胞接着タンパク質が発現していない血球細胞に発現させ、細胞同士が凝集するかどうかを観察することで解析されてきました。実際に同一神経細胞から伸びた突起間で Pcdh が相互作用するのかどうかの直接的な証拠はありませんでした。この問題に取り組むために、神経細胞において Pcdh 間の相互作用を可視化するための蛍光センサーを開発するという着想に至りました。




研究の内容


 二量体形成によって蛍光を生じる特殊な蛍光タンパク質である ddGFP を Pcdh のアイソフォームの1つ Pcdhα4 の細胞外領域に挿入することにより、Pcdhα4 相互作用によって緑色蛍光を生じる蛍光センサー「IPAD」を開発しました。これまで、細胞間相互作用や細胞間における細胞接着タンパク質を可視化するための蛍光センサーには、split-GFP※6 という技術が使用されてきました。この技術を使用した蛍光センサーは、細胞が接触してから光り出すまでに時間を要するのに加え、反応が不可逆であるため、ダイナミックに変化する細胞間相互作用を捉えることが出来ませんでした。IPAD では、可逆的な ddGFP を使用することで、同一神経細胞から伸びる突起間における Pcdhα4 相互作用の形成と解離をリアルタイムで捉えることに成功しました(図2)。


図2 IPAD による同一神経細胞から伸びる突起間における Pcdhα4 間相互作用の可視化




本研究成果の意義


 本研究において、同一神経細胞から伸びた突起間における Pcdh の相互作用が初めて可視化されました。これまで、想定されてきた神経細胞の自己認識・非自己識別における Pcdh 相互作用の重要性を直接検討するための大きな一歩です。今後、IPAD を使用して、その意義が明らかにされていくことが期待されます。


これまで、異なる細胞間の相互作用は様々な研究の対象になってきた一方、細胞の自己認識につながるような同一細胞の突起間相互作用は見過ごされてきました。本研究成果はこれまでほとんど注目されてこなかった同一細胞の突起間相互作用というものが、生物学的にどのような意義を有するのかという問いを投げかけるものでもあります。


Pcdh は自閉症などの発達障害、双極性障害や統合失調症などの精神疾患に対し感受性がある遺伝子として報告されています。今後、本研究成果の蛍光センサーを用いた解析を通して、これまでとは異なる視点からそれらの疾患を捉えることで、新たな病態メカニズムの同定につながる可能性があります。


また、自己認識を可視化するために設計された IPAD のデザインを応用することで、自閉症やてんかんなどの脳疾患でしばしば見られる神経細胞の自己神経結合を可視化するツールの開発にもつながる可能性があります。




用語説明


※1 細胞接着タンパク質


細胞表面に発現し、細胞どうしの接着を仲介するタンパク質の総称。これまでに数百種発見されている。


※2 蛍光


光を吸収し、その光よりも低エネルギー(長波長)の光を放出する物質の性質のこと。IPAD は青色光(∼490nm)を吸収し、緑色光(∼510nm)を放出する。


※3 アイソフォーム


機能はほとんど同じであるがアミノ酸配列が異なるタンパク質。


※4 ddGFP


dimerization -dependent green fluorescent protein の略。ddGFP-A と ddFP-B からなる蛍光タンパク質。ddGFP-A 単独では光らないが、ddFP-B とヘテロ二量体を形成することで緑色蛍光を生じるようになる。IPAD では Pcdhα4 間相互作用により ddGFP-A と ddFP-B が近づくとヘテロ二量体が形成される。この反応は可逆的であり、近年様々な蛍光センサー開発に利用されている。


※5 蛍光タンパク質


蛍光を発するタンパク質の総称。2008 年にノーベル化学賞を受賞した下村脩博士らが、1962 年にオワンクラゲから初めて遺伝子を単離し、緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein,GFP)と命名した。


※6 split-GFP


2つのタンパク質間の相互作用を解析するために登場した技術で、GFP を2分割して得られる非蛍光性の断片のそれぞれを、解析対象のタンパク質に融合し、対象タンパク質間の相互作用に伴って再構成された GFP から発せられる蛍光によってタンパク質間相互作用を検出する。




京特任研究員(常勤)のコメント


 自己認識を可視化する蛍光センサー?何のこっちゃ?と思われる方が多いかもしれません。概念としては未熟ですが、世界のどこかにその重要性・面白さに気づいてくれる方がいるものと信じています。


今回は Pcdh の一つのアイソフォームを標的とした蛍光センサーを開発しました。今後は特定の細胞接着タンパク質を標的としたものでなく、より一般的に自己認識を可視化できるような蛍光センサーの開発を目論んでいます。

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