未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
心収縮力低下と左室肥大は日米の慢性腎臓病患者における
心血管疾患のリスクの違いを説明する
―日本とアメリカの慢性腎臓病に関する国際比較研究より―
研究の背景
心血管疾患は慢性腎臓病患者に合併しやすい重大な疾患です。世界各国においてそれぞれに実施された慢性腎臓病患者における臨床研究によると、東アジア諸国では米国や欧州諸国よりも心血管疾患のかかりやすさが低いことが示唆されていました。しかし、各国で独立して実施された研究であるがゆえに、腎機能、尿蛋白、心臓病の既往歴、糖尿病患者の割合などの背景因子はそれぞれの研究同士で異なっていました。過去に日米の比較について論じられた研究がありました(田中ら. Kidney international 2017)が、個別の患者データを用いた研究ではなく、こうした背景の違いがどの程度結果に影響するかが明らかではありませんでした。
今回の研究では、個別の患者データを匿名化したものを合わせて解析することで、これまで未解決だった疑問に対して答えを見出そうと試みました。
昨今、心血管疾患の中でも、腎機能の低下に伴ってうっ血性心不全を発症する患者が増加しています。心臓の構造と機能は、将来の転帰を予測するための重要な指標であることはこれまでの研究からも知られていました。そこで、本研究グループは、こうした心臓の構造と機能の中でも、左心室の収縮力と左室肥大に着目しその指標を媒介して日米間の心血管疾患の違いをどの程度説明するのかを調べることにしました。「心不全パンデミック*2」時代を迎えるにあたり、腎臓内科医として何ができるのか、という臨床的に切実な疑問に対して、1 つの答えを示すことになる重要な知見が本研究を通じて得られることが期待されました。
研究の概要
日本の慢性腎臓病患者は心不全や脳卒中などの心血管疾患の発症率がアメリカの慢性腎臓患者よりも低いこと、そしてそれは主に心臓のポンプ機能を表す指標である収縮力と、心臓の広がりやすさや弾力性に寄与する左室肥大の違いが背景因子として重要であることを明らかにし、腎臓病領域の国際誌であるKidney International誌の2023年5月号に掲載されました。
またアメリカでは、日本と比べて年齢、性別、腎機能などの背景を揃えた集団において心血管病の発症のリスクが3~5倍も高く、心臓の収縮力が平均で10%以上も低く、左室肥大を持つ患者が2倍近くあることを明らかにしました。このような心臓の形や働きの違いが、どの程度日米間の心血管疾患全体、うっ血性心不全、そして死亡率の違いに寄与するのか、「媒介効果分析*1」という手法を用いて解析しました。
この結果、慢性腎臓病患者に対しては心臓病や脳卒中などの症状がはっきりと出る前から心臓超音波検査を実施して将来に備えることの重要性を示しました。さらに、左室肥大に対しては肥満と炎症が関係することがわかり、さらに肥満と炎症同士も関連することが明らかになりました。肥満が心血管疾患の危険因子であることは以前から知られていましたが、その背景に左室肥大が関与する可能性を示唆しました。
研究の成果
CKD-JAC 研究*3の対象者 2966 名中 1097 名が、CRIC 研究*4の対象者 3939 名中3125 名が心臓超音波検査を実施しており、合計 4222 名を解析の対象としました。
推算糸球体濾過率の平均値(標準偏差)はそれぞれ 28.7 (12.6) mL/min/1.73 m2, 42.9 (16.9) mL/min/1.73 m2であり、尿中アルブミン・クレアチニン比の中央値[四分位範囲]はそれぞれ520[135–1338] mg/gCr, 46 [8–424] mg/gCrでした。最大5年間の追跡期間を設定し、心血管疾患、死亡、末期腎不全に着目して解析を行いました。
図1に示した心エコー所見の日米比較結果により、CRIC 研究対象者の方が左房径*5、左室心筋重量係数*6が大きく、左室駆出率は低いことがわかります。これは心臓の壁の厚みが厚く、広がりにくさを反映して左心室の手前にある左心房に血液がうっ滞して広がっていることを示唆します。さらに収縮力の低下からはポンプ機能の低下もみられることがわかります。そして CRIC 対象者の特徴的な形態変化として、心臓の真ん中にある壁(中隔といいます)が不釣り合いに厚くなっていることがわかります。これは肥大型心筋症という心臓病でよくみられる所見で、病的な所見であることが示唆されます。
左室肥大はさらに BMI ときれいな相関関係を持っており、肥満度が増すと左室心筋も肥大していくことを示しています(図 2)。肥満度が増すことで CRP という炎症を示す指標の上昇もみられることから、肥満を抑制することで左室肥大を防ぐ可能性を示唆していると考えられました。
本研究では、日米で心血管疾患と死亡のリスクに大きな開きがあることが示されました(図 3)。個別の患者情報まで用いることで、背景の違いを均して比較することを可能にし、その結果、予想以上に日米の違いが明確になりました。そしてその違いを①左室肥大、②収縮力低下、③その両者でどの程度説明できるか、ということを媒介効果分析によって数値化した結果を得ることができました(図 4)。特にうっ血性心不全においては心臓の収縮力低下と左室肥大を合わせて70%にも上ることが明らかとなり、心臓超音波所見の重要性が浮き彫りとなりました。
今後の展開
慢性腎臓病患者に対して、肥満を抑制すること、そして定期的な心エコーの実施で早期に危険信号を察知して対処することの重要性がこの研究から明らかとなり、腎臓内科医の慢性腎臓病患者に対するケアの見直しを迫るインパクトを持つ研究となりました。
これから「心不全パンデミック」を迎える我が国にとって、慢性腎臓病患者の心不全の発症を少しでも減らすために心血管疾患の危険性を早期にアセスメントすることが重要であることがわかりました。
また、肥満を伴う慢性腎臓病の割合の高い米国においても、肥満への対策を講じることで同様に心不全をはじめとした心血管疾患の抑制できる可能性があることがわかりました。このように、今回の研究が日米両国の医療にとって多大な貢献をしたと考えます。昨今、心不全に対する新たな治療が次々に生み出され、治療戦略もシフトしてきていることから、今後も継続的に国際比較研究を実施することが重要と考えます。
研究グループ
名古屋大学医学部附属病院先端医療開発部データセンター 今泉貴広特任助教、同大学大学院医学系研究科腎臓内科学 丸山彰一教授、兵庫県立西宮病院腎臓内科 藤井直彦医師、名古屋市立大学腎臓内科 濱野高行教授、東海大学医学部医学科内科学系腎内分泌代謝内科学 深川雅史教授、米国・ペンシルベニア大学臨床疫学生物統計学部門 Harold I. Feldman教授ら。
用語説明
*1 媒介効果分析:ある要因と結果の関連の強さを、その要因による直接的な効果と、別の要因を介した間接的な効果に分け、その間接的な効果が全体のうちのどのくらいを占めるかを分析する手法。
*2 心不全パンデミック:心不全が急速に増加して公衆衛生上の大きな問題になっていることを、感染症の大流行になぞらえて「パンデミック」と表現したもの。人から人へ感染するものではない点に留意ください。
*3 CKD-JAC 研究:日本の前向きの慢性腎臓病コホート研究(Hypertens Res 31: 1101–1107, 2008)。
*4 CRIC研究:アメリカの前向きの慢性腎臓病コホート研究(J Am Soc Nephrol 14: S148–S153, 2003)。
*5 左房径:左心房の直径のこと。心臓から送り出す血液が滞る「うっ血」という状態の早期には左房径が拡大する現象がよく見られる
*6 左室心筋重量係数:左心室の直径や壁の厚みから計算された左室心筋の重量を体格で補正したもの。
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