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健康を科学で紐解く シリーズ131 「脊柱後縦靭帯骨化症の発症原因の一端」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


脊柱後縦靭帯骨化症の発症原因の一端を解明

-日本人を対象とした世界最大規模のゲノム解析-




 理化学研究所(理研)生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チームの小池 良直 客員研究員(北海道大学大学院 医学研究院 整形外科学教室)、寺尾 知可史 チームリーダー(静岡県立総合病院 免疫研究部長、静岡県立大学 特任教授)、骨関節疾患研究チーム(研究当時)の池川 志郎 チームリーダー(研究当時)、中島 正宏 研究員(研究当時)、北海道大学大学院 医学研究院 整形外科学教室の高畑 雅彦 准教授らの共同研究グループは、日本人を対象にした大規模なゲノムワイド相関解析(GWAS)[1]を行い、脊柱後縦靭帯骨化症(ossification of posterior longitudinal ligament:OPLL)の発症に関わるゲノム上の新しい疾患感受性領域(遺伝子座)[2]を同定しました。

本研究成果は、OPLLの病因のさらなる解明と、新しい治療法や予防法の開発に貢献するものと期待できます。


 OPLLは椎体(背骨)の後ろを縦走する後縦靱帯が骨に変化し、脊髄や神経を圧迫して、手足のしびれや痛み、運動障害などを引き起こす原因不明の難病です。OPLL発症に関し、遺伝要因の関与、肥満や2型糖尿病[3]など他の疾患との関連が以前より注目されています。


今回、共同研究グループは合計で2,010人のOPLL患者のゲノムデータを用いて、OPLLとしては世界最大規模のGWASメタ解析を行い、8個の新しい疾患感受性領域を同定しました。さらに、OPLLデータと他の96形質(疾患)のデータを遺伝統計学的に解析し、肥満および高骨密度とOPLLの間に因果関係があることを見いだしました。


脊柱後縦靭帯骨化症(OPLL)の画像所見




研究の背景


 脊柱後縦靭帯骨化症(ossification of posterior longitudinal ligament:OPLL)は背骨に発生する疾患です(図1)。椎体後面を縦走する後縦靱帯が骨化することで背骨後方を走行する神経が圧迫され、重篤な運動・感覚障害が生じる難病です。

50歳前後で発症することが多く、日本人を含む東アジア人に多いことが知られています。症状が重度な患者に対しては、神経の圧迫を取り除く手術が行われますが、根本的な治療方法はなく、予防法すら確立されていないのが現状です。


 過去の研究から、OPLLは遺伝要因と環境要因が複雑に組み合わさることで発症すると推定されています。OPLLの遺伝要因を明らかにするため、共同研究グループでは、過去にも全ゲノム相関解析(GWAS)を行い6個の疾患感受性領域(遺伝子座)を同定し、その後の機能解析により、疾患感受性遺伝子[4]RSPO2のOPLLへの関与を発表しました注1、2)。しかし、この結果のみではOPLLの病因を十分に説明できないことから、依然として多くの遺伝要因がOPLLに関与していると推測されていました。

また、OPLLは2型糖尿病、肥満度(BMI)[5]など他の形質との関連が複数報告されています。これらの関連はOPLLの病因をひもとく鍵となりますが、肝心なOPLLとの「因果関係」が示されておらず、治療に結び付いていません。


 そこで、共同研究グループでは、さらに規模を拡大したGWASを行うことで、OPLLの治療につながる新しい疾患感受性領域を発見すること、さらには遺伝統計学的な切り口からOPLLの治療法、予防法につながる新しい知見を得ることを目的として本研究を行いました。


図1 脊柱後縦靭帯骨化症(OPLL)の画像所見


(A)頚部レントゲン、(B)CT、(C)MRIの矢状断像。

脊柱後縦靱帯の骨化(白矢印)により、神経が前方から圧迫されている(白三角)。



注1)2014年7月28日プレスリリース


注2)2016年7月1日プレスリリース




研究手法と成果


 共同研究グループは、異なる時期に募集した三つのコホート[6]の計2,010人のOPLL患者を含む日本人22,016人を対象として、世界最大規模のOPLL GWASメタ解析[7]を行いました。

まず、OPLL患者の血液検体からDNAを抽出し、ジェノタイピング[8]を行ったのち、サンプル、一塩基多型(SNP)[1]の質を評価し、基準を満たした質の高いサンプル、SNPを選別しました。その後、理研の研究チームが独自に開発した高精度の参照配列[9]を用いてインピュテーション法[9]を行い、解析対象のSNP情報を増やしました。各コホートでGWASを行った後、メタ解析でコホートデータを統合し、ゲノム上の疾患感受性領域を探索しました(図2)。


その結果、OPLL全体の解析でゲノムワイド有意水準[10]を満たす14の疾患感受性領域を発見し、うち8個は新しい領域で、TMEM135、WWP2など骨代謝と関連する候補感受性遺伝子を含んでいました。また、GWAS結果から推定される遺伝的寄与率[11]は53%であり、OPLLに遺伝的要素が強く関与していることを裏付ける結果となりました。


図2 OPLL全体を対象としたGWASメタ解析の結果


横軸が染色体位置、縦軸が解析対象となった全ゲノム領域のP値を示し、該当する染色体位置における関連の強さを示す。赤線がP値=5.0×10-8のゲノムワイド有意水準に該当する。赤、青はそれぞれ新規、既報のゲノム領域(合計14個)を示す。



 続いて、上記のOPLL GWASメタ解析のデータと既報の日本人96形質のGWAS結果を用いて、OPLLとこれらの形質との遺伝相関[12]を算出しました(図3)。

その結果、OPLLは、BMI、2型糖尿病と正の遺伝相関を、脳動脈瘤と負の遺伝相関を示しました。また、有意ではないものの、骨粗鬆症とも負の遺伝相関関係の傾向があり、本来あるべきではない所に骨増殖をするOPLLは、骨量が減少する骨粗鬆症と遺伝的に対極な疾患であると推定されました。


図3 OPLLと他形質の遺伝相関


肥満度、2型糖尿病とは正の相関、脳動脈瘤とは負の相関が見られた。

エラーバーは95%信頼区間を、赤色の階調はP値を、*は有意な相関を示す(FDR < 0.05)。HDLはhigh density lipoproteinの略。





 次に、形質同士の因果関係を推定するメンデルランダム化解析[13]を用いて、これらの形質とOPLLの因果関係を推定しました。ここでは、罹患部位によりOPLLを頚椎OPLL、胸椎OPLLに分類し、このサブタイプで評価を行いました(図4)。

その結果、高BMIからOPLLへ正の因果関係が示されました。骨粗鬆症の評価に用いられる骨密度に関しては、高骨密度からOPLLへ正の因果関係が示されました。さらに、これらの因果関係は特に胸椎OPLLで強いことが示されました。


図4 OPLLのメンデルランダム化解析


有意(P値< 0.05)な結果は、正の因果効果については赤の点で、負の因果効果については青の点で示す。

エラーバーは95%信頼区間を示す。*は多重検定を補正し、より厳しい基準で有意(P値< 0.05/12=4.17×10-3)なものを示す。



 さらに、特に高BMIとOPLLの因果関係に着目しました。日本人のBMI GWASデータを用いて、遺伝的リスクスコア(PRS)[14]を作成し、OPLLサブタイプごとにスコアリングを行い、OPLL患者におけるBMIの遺伝的リスクスコア(BMI-PRS)の効果量を比較しました(図5)。

その結果、BMI-PRSの効果量はOPLLに対し、正の効果があることが分かりました。

また、その効果量は、頚椎OPLLと比較し胸椎OPLLで有意に高いことが分かり、OPLLの中でも特に胸椎OPLLの発症に肥満が強く関与していることが分かりました。


図5 BMI遺伝リスクスコア(BMI-PRS)の

  OPLLに対する効果量


横軸は三つのタイプのOPLLに対するBMI-PRSの効果量を表す。

エラーバーは、効果量の95%信頼区間。












今後の期待


 今回の研究では、OPLLの疾患感受性領域を同定しました。今後、OPLL発症との関連が明らかになったゲノム領域に存在する遺伝子を介した発症メカニズムを解明することで、OPLLに対する新しい治療法の開発に貢献できるものと期待できます。


また、今回の研究では、高BMI(肥満)と高骨密度はOPLLに因果関係があることが示されました。今後、これらの形質を標的とした、治療法、予防法の開発が期待できます。




補足説明


1.ゲノムワイド関連解析(GWAS)、一塩基多型(SNP)


生物集団のゲノム塩基配列中には、一つの塩基が他の塩基に置き換わった多様性が見られ、これを一塩基多型という。ゲノムワイド関連解析は着目した形質に関連するSNPを、全ゲノム領域にわたって探索する手法である。GWASはgenome-wide association study、SNPはsingle nucleotide polymorphismの略。


2.疾患感受性領域(遺伝子座)


疾患の発症に関連している染色体上の領域のこと。


3.2型糖尿病


糖尿病には、大きく分けて1型、2型、その他の特定の機序や疾患によるもの、妊娠糖尿病の四つの型がある。2型糖尿病では、インスリン分泌低下とインスリン抵抗性(インスリンの働きが悪くなること)が合わさることで血糖値が上昇し、糖尿病になる。発症には、遺伝因子(家系)と環境因子(過食・肥満・運動不足などの生活習慣)の両者が深く関わっている。


4.疾患感受性遺伝子


単一遺伝子病の原因遺伝子のように、遺伝子に変異があると必ず発症するというものではなく、変異があると発症しやすくなったり、逆に発症しにくくなったりする遺伝子を指す。

リスク遺伝子ともいう。


5.肥満度(BMI)


肥満度を測るための国際的な指標で、体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で算出される。

BMIはbody mass indexの略。


6.コホート


一定期間にわたって観察される同一の性質を持つ集団。コホート研究では、一定期間集団を観察・追跡することにより特定の疾病に関わる共通の因子を検討する。


7.メタ解析


複数の統計解析の結果を統合するための統計手法。メタアナリシスとも呼ばれる。


8.ジェノタイピング


プローブと呼ばれる塩基を検出するためのDNA断片が、チップ上に高密度に敷き詰められたSNPアレイを用いて、SNPの塩基情報を解析する手法。


9.参照配列、インピュテーション法


インピュテーション法は、SNPアレイでは測定できない遺伝的変異を推定し、補完する遺伝統計学的手法。参照配列は、インピュテーション法で用いられる、DNA全ゲノムシーケンスデータを基にした配列のこと。本研究では、独自に作成した日本人の全ゲノムシークエンスデータを多く含む参照配列を用いた。


10.ゲノムワイド有意水準


GWASでは多重検定を補正するため、有意水準である0.05を100万で割り、5.0×10-8未満という有意水準を用いることが一般的である。


11.遺伝的寄与率


疾患は環境要因と遺伝要因の影響を受ける。遺伝要因が疾患発症に寄与する割合を遺伝的寄与率という。数値が大きいほど遺伝要因からの影響が大きい。


12.遺伝相関


ゲノム情報から算出された2形質間の相関のこと。遺伝相関は1から-1までの値をとり、正・負の値はそれぞれ正・負の遺伝相関を示す。


13.メンデルランダム化解析


SNPを変数として用い、2形質間の因果関係を推定する遺伝統計学的手法。IVW(inverse variance weighted)法のほか、MR-Egger法、simple median法、weighted median法など複数の方法が存在する。


14.遺伝的リスクスコア(PRS)


GWASで解析した数十~数千のSNPのデータを用いて、個人の遺伝的な疾患危険度(リスク)を数値化したスコア。このスコアは実際の疾患発症リスクと相関することが示されており、スコアが高い人ほどその疾患発症リスクが高くなる。今回の研究ではBMIのデータを用いて高BMI(肥満)の危険度をスコア化した。PRSはPolygenic Risk Scoreの略。

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