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健康を科学で紐解く シリーズ133 「指定難病 間質性膀胱炎(ハンナ型)の遺伝的背景」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



指定難病 間質性膀胱炎(ハンナ型)の遺伝的背景を解明

―発症には複数の HLA 遺伝子多型が関与していることを明らかに―




発表のポイント


1.原因不明の指定難病である、間質性膀胱炎(ハンナ型)のゲノムワイド関連解析を実施

 し、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)領域内の複数の HLA 遺伝子多型が、発症に関

 わることを同定しました。


2.希少難治性疾患である間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に、遺伝的背景が存在し、免疫学

 的機序を介することを今回初めて明らかにしました。


3.間質性膀胱炎(ハンナ型)の原因は不明であり、診断基準や根治治療は確立されていませ

 ん。本研究成果は、間質性膀胱炎(ハンナ型)の病態機序の解明に貢献し、将来的には、

 発症のリスク予測法や新しい診断法、有用な治療薬の開発につながると期待されます。


間質性膀胱炎(ハンナ型)のゲノムワイド関連解析




発表概要


 東京大学医学部附属病院泌尿器科・男性科の秋山佳之講師、久米春喜教授と同大学大学院医学系研究科遺伝情報学の曽根原究人助教、岡田随象教授らによる研究グループは、膀胱の粘膜に慢性炎症・びらんが生じ、膀胱痛や頻尿・尿意切迫といった症状をきたす、原因不明の難病である間質性膀胱炎(ハンナ型)(注1)のゲノムワイド関連解析(注2)を行い、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)(注3)領域内に存在する、複数のヒト白血球抗原(HLA)遺伝子領域(注4)(HLA-DQB1、HLA-DPB1)の遺伝子多型(注5)が、その発症に関与していることを同定しました。


 希少疾患である間質性膀胱炎(ハンナ型)の遺伝的背景については、これまで不明でしたが、本研究は、初めてその発症に遺伝的要因が関わっていることを明らかにしました。

同定された疾患感受性遺伝子領域(注6)は、免疫反応を調節する機能に関与しており、今後より詳細な間質性膀胱炎(ハンナ型)の病態機序の解明につながることが期待されます。


将来的には、本研究成果は同疾患の新しい診断法や発症のリスク予測法、有用な治療薬の開発へつながることも期待されます。




研究の背景


 間質性膀胱炎(ハンナ型)は、膀胱の粘膜に慢性炎症とびらんが生じ、強い膀胱・尿道痛と頻尿や尿意切迫といった排尿症状により、患者さんの生活の質を著しく低下させる原因不明の疾患で、特に症状の強い重症型は、国の指定難病となっています。


中年以降の女性に発症しやすく、膠原病などの自己免疫疾患を高率に合併することが知られていますが、その病態機序はほとんど解明されておらず、標準的な診断基準や根治治療も確立されていません。国内患者数は約 2,000 人程度と報告されていますが、正確な診断の難しさから、未診断・未治療で困窮している患者さんが潜在的に多数存在している可能性も指摘されています。


間質性膀胱炎(ハンナ型)の病態機序を解明し、より正確な診断方法や有効な治療の開発につなげることは、泌尿器科学における極めて重要な課題の 1 つでした。





研究の内容


 今回、研究グループは、東京大学医学部附属病院に通院する日本人の間質性膀胱炎(ハンナ型)患者 144 人から得られたゲノムデータと、バイオバンク・ジャパン(注7)が保有する 41,516人の対照群から得られたゲノムデータを用いて、ゲノムワイド関連解析を行い、間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に関わる遺伝子多型(rs1794275)を MHC 領域内に同定しました(図1)。


図1:間質性膀胱炎(ハンナ型)のゲノムワイド関連解析

間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に関わる遺伝子領域を MHC 領域内に同定



 さらに、MHC 遺伝子領域の詳細な疾患感受性遺伝子領域の解析(ファインマッピング)を実施し、同定された rs1794275 遺伝子多型と強い連鎖不平衡関係(注8)にある、HLA-DQB1 遺伝子の 71、74、75 番目のアミノ酸配列と、HLA-DPB1 遺伝子の 178 番目のアミノ酸配列の各々の変化が、間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に関わっていることを突き止めました(図2)。


図2:間質性膀胱炎(ハンナ型)の HLA 遺伝子領域ファインマッピング

HLA-DQB1 遺伝子の 71、74、75 番目のアミノ酸配列変化と HLA-DPB1 遺伝子の 178 番目のアミノ酸配列変化が間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に関わることを特定


興味深いことに、HLA-DQB1 遺伝子の 71、74、75 番目のアミノ酸は、抗原提示細胞(注9)がリンパ球(注10)に抗原を提示する際に機能する MHC クラスⅡ分子において、抗原ペプチドが結合する部位に位置しており、これらのアミノ酸配列の変化が、抗原提示プロセスの変化と、その後の免疫反応の異常につながっている可能性が考えられます(図3)。

以前より間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症機序の一つとして、免疫の過剰反応が指摘されており、本研究の結果は、免疫の異常が間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に関わっていることを強く示唆するものと考えられます。


図3:HLA-DQB1 遺伝子がコードするタンパク質の立体構造(左)と間質性膀胱炎(ハン

   ナ型)の発症と関連する 71、74、75 番目のアミノ酸が対応する MHC クラスⅡ

   分子における位置(右)の模式図

HLA-DQB1 遺伝子の 71、74、75 番目のアミノ酸は MHC クラスⅡ分子の抗原結合部位に位置し、抗原提示能に関与している可能性が示唆される



 研究グループはその後、別セットの間質性膀胱炎(ハンナ型)患者26人と1,026人の対照群のゲノムデータを新たに用いて、これらの結果が再現されることも確認しました。




今後の展望


 上述のように、間質性膀胱炎(ハンナ型)はその重篤性に加え、標準的な診断基準や根治治療法を欠き、患者さんのみならず医療従事者をも困窮させる非常に難しい疾患です。


泌尿器科領域では唯一の指定難病となっており、その実態解明に向けて、厚生労働省間質性膀胱炎研究班を中心としたオールジャパン体制で研究が進められていますが、病態解明や治療法の開発につながるような、ブレイクスルーを得ることは容易ではありませんでした。


 本研究によって、間質性膀胱炎(ハンナ型)に関わる複数の HLA 遺伝子領域が明らかになったことにより、その病態の理解が大きく進むことが期待されます。また、将来的には、新規診断方法や疾患バイオマーカー、新規治療の開発につながることも期待されます。




用語解説


(注1)間質性膀胱炎(ハンナ型)


中年以降の女性に好発し、膀胱(下腹部)や尿道の強い痛みと、頻尿や尿意切迫などの排尿症状をきたす、膀胱の慢性炎症性疾患。免疫の異常が発症に関連していると考えられているが、その詳細は明らかではなく、根治治療も確立されていない。特に、症状の強い重症型は国の指定難病となっており、進行すると膀胱が萎縮して尿が溜められなくなり、膀胱摘出に至ることもある。


(注2)ゲノムワイド関連解析(Genome-wide association study: GWAS)


ヒトゲノム全体に存在する数百万~数千万か所の遺伝子多型と疾患の発症の関係を、網羅的に検定することで、疾患の発症に関わる遺伝子多型を特定する遺伝統計解析手法。これまで1,000 を超えるヒト疾患に関わる遺伝子多型が同定されている。


(注3)主要組織適合遺伝子複合体(MHC)


私たちの細胞の表面に存在する糖タンパク質で、細胞内で処理した抗原(細菌やウイルスなど身体にとって異物とみなされたものの断片)を乗せ、免疫担当細胞に対して抗原提示を行う。構造および機能の違いから、クラスⅠ、クラスⅡ、クラスⅢ に分類される。MHC をコードする遺伝子領域を MHC 領域と呼ぶ。


(注4)ヒト白血球抗原(Human leukocyte antigen: HLA)遺伝子領域


ヒトでは MHC と同義である。


(注5)遺伝子多型


遺伝子を構成している塩基配列の個体差であり、集団中の頻度が 1%以上の割合で認められるもの。一塩基だけ配列が異なる場合は一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)と呼ばれ、最も数が多い。多型による塩基配列の違いが、遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気のかかりやすさや医薬品への反応の個人差をもたらす。


(注6)疾患感受性遺伝子領域


疾患の発症(病気のかかりやすさ)を規定する遺伝子およびその領域のことで、その領域にある遺伝子多型によって、病気になりやすい・かかりやすい(リスク)という先天的な体質の一部が、決定されていると考えられている。


(注7)バイオバンク・ジャパン


日本人集団 27 万人を対象とした生体試料バイオバンクで、東京大学医科学研究所内に設置されている。ゲノム DNA や血清サンプルを臨床情報とともに収集し、研究者へのデータの公開や分譲を行っている。


(注8)連鎖不平衡関係


複数の遺伝子多型の間に、ランダムではない相関が認められること。


(注9)抗原提示細胞


抗原を MHC クラスⅡ分子に乗せて自分の細胞表面上に出し(これを提示という)、リンパ球を活性化させる細胞のこと。


(注10)リンパ球


白血球の成分の一つで、B リンパ球、T リンパ球、NK 細胞などから成る。

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