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健康を科学で紐解く シリーズ135 「幼少期のいじめや家庭内暴力の被害経験は不眠症に関連する」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



幼少期のいじめや家庭内暴力の被害経験は労働者の不眠症に関連する




 つくば市を中心とした筑波研究学園都市交流協議会に所属する研究機関の労働者を対象とした調査により、幼少期におけるいじめ被害や家庭内暴力体験が不眠症と関連すること、特に家庭内暴力の被害経験は、経験した時期が多いほど不眠症の可能性が高くなることを見いだしました。

不眠症はさまざまな健康問題のリスクを高めるとされ、日本の成人の 10%程度に認められる重要な問題です。不眠症には社会経済的な要因や生活習慣要因、仕事のストレスなどが関連していますが、近年注目されているのは幼少期の体験です。身体的、心理的、性的虐待やいじめ被害、家族機能不全の経験は、逆境的小児期体験(ACE)と呼ばれ、健康に悪影響を及ぼすことが知られています。しかしながら、ACE が労働者の不眠症に及ぼす影響についてはほとんど報告がありませんでした。


 本研究チームは、茨城県つくば市の労働者を対象として、幼少期のいじめ被害や家庭内暴力(DV)被害が不眠症と関連しているかどうかを調査しました。その結果、アテネ不眠尺度(AIS)で不眠症と判定された者は 2997 名(41.8%)でした。いじめや DV の被害経験は不眠症と関連しており、特に DV被害経験は、経験した時期が多いほど不眠症のリスクが高くなりました。この傾向は、個人特性や職業要因、生活習慣の影響を考慮しても同様でした。


本研究から、幼少期のいじめや DV 被害の経験が労働者の不眠症と関連することが示されました。このことは、産業医や保健師などの産業保健職にとって、日頃の活動で ACE を持つ労働者を認識したときに、不眠症について注目することが重要であると考えられます。




研究の背景


 不眠症は、肥満、糖尿病、心血管疾患、精神疾患などの慢性的な健康状態のリスクを高めることが知られており、公衆衛生上、大きな問題です。日本においては、成人の不眠症が人口の 10%程度に認められ、最も重要な健康問題の一つとなっています。


一方、不眠症は、収入や婚姻状況などの社会経済的な要因や喫煙、運動不足、慢性疾患などの生活習慣要因と関連していることが報告されています。また、労働者においては、仕事のストレスが不眠症の職業的危険因子と考えられています。このように不眠症にはさまざまな要因が関わっています。


近年、成人の健康影響において注目されているのは、小児期の体験です。18 歳までの身体的、心理的、性的虐待や、いじめ被害、家族機能不全の経験は、逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experience;ACE)と定義され、ACE を持つ人は健康的に脆弱であることが明らかになっています。家庭内暴力(Domestic Violence; DV)被害も ACE に含まれます。

しかしながら、ACE が労働者の不眠症に及ぼす長期的影響については、世界的に見てもほとんど報告がありませんでした。労働者における幼少期のいじめや DV 経験の不眠の影響を調べることで、仕事のストレスに加えて、これまで気づかれなかった労働者の不眠の新たな原因に光を当てることができます。そこで今回、日本の労働者を対象に、幼少期のいじめや DV 経験が不眠症と関連しているかどうかを検討しました。




研究内容と成果


 本研究では、茨城県つくば市を中心とした研究機関の労働者を対象として、筑波研究学園都市交流協議会労働衛生専門委員会(委員長:笹原信一朗)が 2017 年に実施した「第 7 回生活環境・職場ストレス調査」(無記名自記式ウェブ調査)のデータを二次利用し、20〜65 歳の男性 4509人、女性 2666 人(計 7175人、平均年齢 44 歳)について解析を行いました。


不眠症については、日本語版のアテネ不眠尺度(Athens Insomnia Scale; AIS)注 1)を用いて測定しました。いじめ被害経験については、「これまでに、他の人からいじめられたことはありますか?(なし、小学校時代に経験、中学校時代に経験、高等学校時代に経験、大学以降に経験、無回答)」、DV 被害経験については、「これまでに、家族から暴力を振るわれたことがありますか?(なし、小学校時代に経験、中学校時代に経験、高等学校時代に経験、大学以降に経験、無回答)」、という質問により聞き取りをしました。そのうち、いじめ被害経験と DV 被害経験について「小学校時代に経験」「中学校時代に経験」「高等学校時代に経験」と回答した者を、「幼少期での経験あり」として、不眠症との関連を解析しました。


その結果、AIS で不眠症と判定された者は 2997 名(41.8%)でした。また、いじめや DV の被害経験は不眠症と関連しており、特に DV 被害経験は、経験した時期が多いほど、不眠症であるオッズ比(起こりやすさ)が高くなりました。この傾向は、年齢、最終学歴、世帯年収、婚姻状況、居住地、通院歴といった個人特性や、労働ストレスや所属、職歴という職業要因、運動や喫煙といった他の生活習慣の影響を考慮しても同様でした(参考図)。


参考図

図1 不眠症といじめ・DV 被害経験の割合

経験した時期:「小学校時代に経験」「中学校時代に経験」「高等学校時代に経験」「大学生以降に経験」から回答(時期の重複あり)



図2 いじめ被害経験および DV 被害経験における不眠症のオッズ比(経験なしを基準)

共変数として、年齢、最終学歴、世帯年収、婚姻状況、居住地、子どもの有無、通院歴、労働ストレス、所属、職歴、運動習慣、喫煙習慣、を用いて二項ロジスティック回帰分析を実施した。




今後の展開


 本研究により、幼少期のいじめ被害や DV 経験が、労働者の不眠症と関連することが明らかになりました。いじめや DV 被害などの ACE を持つ労働者は、そうでない労働者よりも、ヘルスケアサービスを求める傾向があることが報告されています。

産業医や保健師などの産業保健職は、ACE を持つ労働者と面会する可能性が高いと予想されることから、そのような労働者を認識したときに、不眠症について注目することが重要であると考えられます。


 今後、活動量計などを用いて客観的な睡眠時間や睡眠効率を評価し、追跡調査を実施し、いじめや DV体験の影響をさらに検証する予定です。




用語解説


注1) アテネ不眠尺度(Athens Insomnia Scale; AIS)


国際疾病分類第 10 版(ICD‒10)の診断基準に基づき作成された不眠の評価尺度。

総得点 6 点以上で不眠症の可能性が高いと判定される。

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