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健康を科学で紐解く シリーズ136 「帝王切開による出生と神経発達との関係」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


帝王切開による出生と神経発達との関係: エコチル調査



発表のポイント


 富山大学附属病院周産母子センター センター長吉田丈俊教授らのグループは、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参加する 65,701 組の母子ペアを対象として、帝王切開による出生と児の 3 歳時点における神経発達との関連と性差について調べました。

その結果、帝王切開で出生した児は産道を通って出生した児と比較すると、

(1) 自閉症スペクトラム障害と診断される頻度は高かったが運動発達遅延や知的障害ではこうした傾向は認められない

(2) 女児では、運動発達遅延と自閉症スペクトラム障害と診断される頻度は高かったが、男児では帝王切開による発症率の差は認められない

ことが明らかとなりました。

この結果から、女児が男児より帝王切開での影響を受けやすいことが示唆されました。


*)自閉症スペクトラム障害は先天的な脳機能障害の一種と考えられていますが、原因は未だはっきり分かっていません。ただし、発症や症状の程度は様々な要因から影響を受けると考えられています。

本研究は、こうした潜在的要因の一つとして帝王切開に注目するものです。




研究の内容


 帝王切開は、新生児と母体にとって救命のための重要な手術です。近年、帝王切開での出産は世界的に増加しており、日本でも帝王切開で産まれる子の割合が増えています。こうした中、帝王切開で出生した子に運動発達遅延、知的障害、自閉症スペクトラム障害(ASD)といった神経発達障害の子が多いのではないかといういくつかの研究報告がありました。

そのため、帝王切開が子どもの神経発達へ長期的に影響するのではないかという関心が高まっています。しかし、これらは主として欧米からの報告であり、日本を含むアジアでの状況は不明でした。さらに、帝王切開と神経発達障害との関連に性差があるのかといった研究も十分に行われておりませんでした。


そこで、本研究では、エコチル調査に参加しているお母さんとお子さんのペア(65,701 組)を対象に、帝王切開と 3 歳時の神経発達障害との関連、またその性差について調べました。

帝王切開であったか、産道を通って生まれる「経腟分娩」であったかという情報は、出産時のカルテを転記して情報収集しました。また、3 歳時点におけるお子さんの神経発達は、保護者が回答した、運動発達遅延、知的障害、自閉症スペクトラム障害に関する診断の有無で判断しました。帝王切開とこれらの診断との関係は、お母さんの年齢や合併症、既往歴、出産歴、在胎週数、出生体重、社会経済状況、飲酒歴、喫煙歴などを調整変数として、ロジスティック回帰分析を使用して解析しました。


その結果、

(1) 帝王切開で出生した児は経腟分娩で出生した児と比較すると、自閉症スペクトラム障害と診断される頻度が高いことがわかりました。一方、運動発達遅延や知的障害については診断が多くなるという傾向は認められませんでした(図 1)


図 1.経腟分娩と比べて帝王切開で神経発達障害が生じる割合(全体)

      a 言語の遅れも含まれる

b 自閉症スペクトラム障害(自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群など)



(2) 帝王切開で出生した女児は経腟分娩で出生した女児と比較すると、運動発達遅延と自閉症スペクトラム障害と診断される頻度が高いことがわかりました。一方、男児では帝王切開で出生した子に神経発達障害の発症率が高いという傾向は認められませんでした(図2)。


図 2.経腟分娩と比べて帝王切開で神経発達障害が生じる割合(男女別)

   a 言語の遅れも含まれる、

b 自閉症スペクトラム障害(自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群など)




 今回は、女児では帝王切開で生まれると自閉症スペクトラム障害と診断される頻度が経腟分娩の場合より高くなるという結果でした。一方、男児は女児と比べ自閉症スペクトラム障害と診断される頻度が高いため帝王切開をしたことによる差がでなかったことも考えられます。帝王切開での出生が将来の疾患罹病率に影響するという報告は散見されており、男女によって罹患しやすい疾患にも違いを認めますが、そのメカニズムについては今後の動物実験等による解明が期待されます。


 本研究の結果を解釈する上の課題点として、

1)神経発達に関する質問は母親の回答に頼っていたため、運動発達遅延、知的障害、自閉症スペクトラム障害がどのように診断されたかまでは不明であったこと

2)今回の判定が 3 歳であったため、自閉症スペクトラム障害の診断が下されていない児が存在している可能性があること

3)観察研究であるため、多くの交絡因子を調整していますが、因果関係までは扱えていないこと

4) 医療カルテの転記から帝王切開かどうかを判断しましたが、帝王切開が計画的に行われたか緊急対応であったかについての情報がなかったこと

などが挙げられます。

そのため、引き続き学童期に同じ解析を行うなど、注意深く調査を進めていく必要性があると考えられます。




「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」とは


 子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、

平成 22(2010)年度から全国で約 10 万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。


エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された 15 の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。

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