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健康を科学で紐解く シリーズ139 「神経変性疾患の原因となる異常タンパク質の分解を誘導する酵素を同定」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



神経変性疾患の原因となる異常タンパク質の分解を誘導する酵素を同定

――神経変性疾患治療への応用――




発表のポイント


1.神経変性疾患の原因となるミスフォールドタンパク質を選択的にユビキチン化する酵素

 LONRF2 を同定しました。この酵素をマウスで欠損させると、加齢依存的な神経変性

 疾患症状を発症しました。


2.これまでミスフォールドタンパク質をユビキチン化する酵素は複数同定されていました

 が、神経細胞で特異的に機能するユビキチン化酵素は不明でした。


3.本酵素を筋萎縮性側索硬化症患者由来の iPS 細胞から分化させた運動ニューロンに発現

 させると、運動ニューロンに見られる異常が部分的に改善しました。

 以上のことから、本酵素を利用した神経変性疾患治療法の確立が期待されます。


LONRF2 機能不全により、さまざまなミスフォールドタンパク質が神経細胞内に蓄積し、神経細胞が変性する。




発表概要


 東京大学医科学研究所 癌防御シグナル分野李丹特任研究員(現ハーバード大学研究員)と、同分野の中西真教授、同大学大学院医学系研究科戸田達史教授、金沢大学がん進展制御研究所の城村由和教授らによる研究グループは、神経細胞内の異常タンパク質凝集の分解を誘導する新たな酵素を同定しました。


これまでミスフォールド(注1)したタンパク質を特異的にユビキチン化(注2)し、分解誘導する酵素はいくつか知られていましたが、神経細胞において神経変性疾患の原因となるミスフォールドタンパク質のユビキチン化・分解誘導酵素についてはよく分かっていませんでした。


今回、LONRF2 酵素が、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS, 注3)の原因となる変性 hnRNP や TDP43 タンパク質を選択的にユビキチン化することを見出しました。Lonrf2 ノックアウトマウスは、加齢依存的な ALS 様症状を示し、病理学的解析から脊髄や大脳皮質の運動神経に TDP43 等のタンパク質凝集体によると考えられる神経変性や神経細胞死を認めました。また特発性 ALS 患者さんの中に、LONRF2 の機能を完全に喪失したバリアント遺伝子を同定しました。


最も重要なことに、ALS 患者さん由来の iPS 細胞から分化誘導した運動神経に Lonrf2 遺伝子を導入すると、運動神経に見られる異常が改善することが分かりました。


以上のことから、Lonrf2 は ALS などの神経変性疾患に対する新たな治療法の確立に有用である可能性が示されました。




研究の背景


 多くの加齢性疾患はタンパク質のミスフォールディングと関連しており、またある種の環境ストレスは成熟タンパク質のミスフォールディングを誘発します。これを回避するために、細胞は翻訳制御、分子シャペロン活性、プロテアソームやオートファジーによるタンパク質分解などのタンパク質品質管理(PQC)システムを備えています。


多くの神経変性疾患に共通する特徴は、ミスフォールドタンパク質の蓄積であることから、これら疾患の神経細胞では PQC システムの破綻が予想されます。とりわけ、ミスフォールドタンパク質を選択的に分解する機構は神経変性疾患発症に重要と考えられていますが、有糸分裂後の細胞で主に機能するシステムについてはほとんど理解されていません。




研究内容


 本研究グループは、有糸分裂から有糸分裂後へのスイッチのモデルとして老化細胞を用い、Lonrf2 遺伝子の発現が老化誘導後に誘導されることを見出しました。LONRF ファミリーは RINGフィンガードメイン(注4)を持つユビキチン化酵素で、LONRF1-3 から構成されていますが、その酵素的、生理的機能、病態における役割は未解明でした。LONRF2 は主に細胞質と核に存在し、老化細胞に過剰発現させると細胞内のタンパク質凝集体が減少し、発現抑制すると凝集体が増加します。

個体内においては、Lonrf2 は神経細胞で主に発現しています。老化したマウスの脳から得られたデータセットの単一細胞解析では、Lonrf2 は主に成熟神経細胞で発現していました。TDP-43 や hnRNP M1 を含む神経細胞内のミスフォールディングタンパク質は、ALS や FTLD2 のような多くの神経変性疾患と関連しています。野生型 LONRF2 は、A549 細胞においてタンパク質変性下でのみ hnRNP M1 と TDP-43 の両方をユビキチン化しました。またこの活性は LonSB や RINGドメインを欠失した変異体では見られませんでした。


次に Lonrf2 ノックアウトマウス(Lonrf2-/-)を作製して解析を行いました。Lonrf2-/-マウスは、正常なメンデル比で明らかな発育異常なしに生まれ、体重は野生型同腹子と同じで、18ヶ月齢まで正常に見えました。しかしながら、Lonrf2-/-マウスは雌雄ともに 21 ヵ月齢までに野生型と比較して年齢依存性の握力の低下や、ロータロッド試験(注5)での運動学習障害などの運動障害を発症し、短い寿命を示しました。


脊髄の免疫組織化学的解析から、Lonrf2-/-マウスのコリンアセチルトランスフェラーゼ陽性神経細胞の数は、生後 21 ヶ月では野生型と比較して有意に減少していました。また TDP43 凝集体陽性の神経細胞数も増加していました。筋萎縮と神経筋接合部の欠損は ALS 患者の典型的な特徴の一つです。Lonrf2-/-マウスの筋線維径の分布は、野生型と比較して小径にシフトしており、脱神経したアセチルコリン受容体クラスターの数が増加していました。


これらの結果は、Lonrf2-/-マウスが運動神経変性や、筋萎縮と神経筋接合部欠損を示しており、LONRF2 が生体内で TDP-43 のようなミスフォールディングタンパク質を分解することを示唆しています。

運動神経に見られる異常は、Lonrf2-/-マウス由来の iPS 細胞を運動神経に分化させても観察され、Lonrf2 を発現させると回復しました。重要なことに、ALS 患者由来の iPS 細胞を運動神経細胞に分化させると正常に比較して神経突起の短小化を認めますが、この異常も Lonrf2 を発現することで改善しました。最後に、特発性 ALS 患者さんにおいて LONRF2 のミスフォールドタンパク質をユビキチン化する活性を喪失したバリアント遺伝子を同定しました。




今後の展望


 今回の研究結果は、LONRF2 が ALS などの神経変性疾患の発症に関わっている可能性を示唆しており、今後 Lonrf2 を用いた全く新しい革新的な神経変性疾患治療法に有用であると考えられます(下図)。


図 本研究の概要

LONRF2 機能不全により、さまざまなミスフォールドタンパク質が神経細胞内に蓄積して神経細胞が変性する。変性した神経細胞に AAV-Lonrf2 を発現することで、蓄積したミスフォールドタンパク質が除去されて神経細胞が正常に近づくと予想される。




用語解説


(注 1)ミスフォールド:


タンパク質が折りたたまれる過程で特定の立体構造をとらず、生体内で正しい機能や役割を果たせなくなること。


(注2)ユビキチン化:


ユビキチン化はタンパク質修飾の一種で、ユビキチンリガーゼなどの働きによりユビキチンタンパク質がイソペプチド結合で基質タンパク質に付加される。ポリユビキチン修飾されたタンパク質は、プロテアソームにより認識されタンパク質分解を受ける。


(注3)筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS):


体を動かすのに必要な筋肉が徐々にやせていき、力が弱くなって思うように動かせなくなる病気。


(注4) RING フィンガードメイン:


ユビキチンを、E2 酵素から基質タンパク質に転移させる、RING 型 E3 ユビキチンリガーゼに特徴的なドメイン。


(注5) ロータロッド試験:


げっ歯類における協調運動と運動学習を測定するテスト。回転する棒の上にマウスをのせて徐々に速度を上げ、マウスが落下するまでの時間を測定する。




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