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健康を科学で紐解く シリーズ140 「『社会的時差ボケ』が血管を硬くし、早朝の血圧を増大させる原因に」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



「社会的時差ボケ」が血管を硬くし、早朝の血圧を増大させる原因に





発表のポイント


1.休日の生活リズムを人為的にずらし、社会的時差ボケの状態を作り出す介入研究を実施


2.社会的時差ボケの健康影響を明らかにするための介入方法を確立


3.一過性(たった一回)の社会的時差ボケが血管を硬くし、早朝の血圧を過度に上昇させる

 ことが明らかに


4.本研究で観察された現象が、月曜日の朝に心血管疾患が起こりやすい理由の一端を担って

 いる可能性があるため、早朝の過度な昇圧のメカニズムを明らかにする検証を続ける




研究の概要


 早稲田大学スポーツ科学学術院の中村 宣博(なかむら のぶひろ)助教と谷澤 薫平(たにさわ くんぺい)准教授らの研究グループは、一過性の社会的時差ボケが早朝の血圧を過度に上昇させることを明らかにしました。




これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)


 我々はしばしば、休日に遅く起きたり夜更かししたりするなどして、平日と休日の生活リズムが数時間ずれる状態を経験します。休日の生活リズムの乱れにより、平日の生活リズムとの不調和が起きる現象は「社会的時差ボケ※1」と呼ばれています。


これまでの研究では、慢性的な社会的時差ボケが身体に悪影響を及ぼす可能性が示唆されていますが、それらは全て観察研究※2(横断研究)で得られた相関関係であり、因果関係の解明には至っていません。また、観察研究で得られた社会的時差ボケによる身体への悪影響は、長期に渡る慢性的な社会的時差ボケにより生じたのか、それとも一過性(一回)の社会的時差ボケにより生じたのかは不明です。


以上のことから、休日の生活リズムを意図的にずらし、社会的時差ボケの状態を作り出す介入研究※3を行い、一過性の社会的時差ボケが身体に及ぼす影響を検討する必要があると考えられます。


血圧は、就寝時に低下し、起床前から起床後2時間頃まで上昇します。早朝の血圧増加は必要不可欠な応答ですが、過度な昇圧は心血管イベントのリスクとなることが報告されています。興味深いことに、早朝の過度な血圧増加は月曜日に発生しやすいことが報告されています。現代社会において、多くの人々が土曜日および日曜日の休日を経て、月曜日からの平日の生活へ戻っていきます。これらを考慮すると、社会的時差ボケが早朝の過度な血圧増加を引き起こすことが予想されます。




今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと


 本研究の目的は、一過性の社会的時差ボケが早朝血圧に及ぼす影響を検討することとしました。本研究は、平日と休日の生活リズムがほとんど変わらない(社会的時差ボケ2時間未満)若年男性20名を対象としました。


対象者には、2時間以上の社会的時差ボケを起こす試行(社会的時差ボケ試行)と平日と同様の生活リズムの試行(コントロール試行)の両方を、ランダムな順番で実施していただきました(詳細は(3)にて記載)。私たちはこれらの試行前後(金曜日と月曜日)の早朝血圧を評価しました。また、早朝血圧に影響する動脈硬化度や自律神経指標も測定しました。


その結果、一過性の社会的時差ボケが早朝血圧を増大させることが明らかになりました(図1)。また、早朝血圧の変化と動脈硬化度の変化量(図2a)、動脈硬化度と交感神経活動の変化量(図2b)の間に有意な相関関係が認められました。これらの結果は、社会的時差ボケはたった一回であっても身体に悪影響を及ぼすこと、また、社会的時差ボケによる早朝血圧の増大には動脈硬化が関係していることを示唆しています。


図1. コントロール試行と社会的時差ボケ試行の早朝血圧の増加の程度


*は試行前(金曜日)と、†はコントロール試行の試行後と比較して統計学的に有意な差があることを示します。

※早朝の血圧増加は睡眠時の最も低い値から起床2時間後までの昇圧から算出しました。




図2. 早朝の血圧増加と動脈硬化度の変化

   量(a)、動脈硬化度と交感神経活動

   の変化量(b)の相関関係


白がコントロール試行、黒が社会的時差ボケ試行を示しています。

※各変化量はそれぞれの試行前から試行後に変化した量を算出しました。



そのために新しく開発した手法


 本研究は、世界に先駆けて社会的時差ボケの介入プロトコルを確立したことも革新的な点と言えます。本プロトコルは、以下の4週間で構成されています。


1週目

月曜日〜水曜日のいずれかの日から、1週間連続してウェアラブルデバイスを装着し、普段の起床・就寝時刻、睡眠の質、身体活動量を測定しました。また、ウェアラブルデバイスのアプリを使用して毎日の食事を記録していただきました。


2週目

金曜日の午前9:00〜10:00に、朝食を食べずに研究室に来ていただき、動脈硬化度や自律神経指標の測定を行いました。帰宅後、金曜日の夜から日曜日の朝にかけて、「社会的時差ボケ試行」に割り振られた方には、1週目に記録した平日の起床・就寝時刻より2〜3時間遅く起床・就寝していただきました。日曜日の夜から月曜日の朝にかけては、平日の起床・就寝時刻に戻していただきました。一方、コントロール条件に割り振られた方には、1週目に記録した平日の起床・就寝時刻と同じ時刻に起床・就寝していただきました。いずれの条件においても、金曜日および月曜日に自由行動下血圧測定計を用いて、30〜60分毎に自動的に血圧を測定しました。


3週目

月曜日の午前9:00〜10:00に、朝食を食べずに再度研究室へ来室し、前の週の金曜日と全く同じ測定を行いました。同じ週の金曜日に再度朝食を食べずに研究室に来ていただき、同様の測定を行いました。その後、対象者には2週目と介入の試行を入れ替えて行っていただきました。前の週の金曜日から日曜日と同様の食事および身体活動量となるようにしていただきました。また、前の週と同様に、金曜日と月曜日に自由行動下血圧測定計を用いて血圧を測定しました。


4週目

月曜日の午前9:00〜10:00に、朝食を食べずに再度研究室へ来室し、前の週の金曜日と全く同じ測定を行いました。


本プロトコルの特筆すべき点はウェアラブルデバイスや自由行動下血圧測定計を用いて対象者一人一人の実際の生活環境、つまり、「リアルワールド」にて主要なデータを取得している点です。社会的時差ボケは社会生活を営む中で生じる現象であるため、可能な限りリアルワールドでのデータが取得できるようなプロトコルを構築しました(注:動脈硬化度や自律神経指標は研究室内で取得しています)。




研究の波及効果や社会的影響


 本研究は、社会的時差ボケによる疾患リスク増加の機序解明や、ひいてはその予防・是正策に関する研究の発展に貢献できると考えられます。また、本研究は一過性の社会的時差ボケについて検討することの意義を見出した初めての研究です。本研究を皮切りに一過性の社会的時差ボケに関する研究が普及していくことが期待できます。


先述したように、心血管イベントは月曜日の朝に最も発生しやすいことがわかっています。現代社会において、多くの人々が土曜日および日曜日を休日としていることを考慮すると、本研究にて観察された現象は月曜日の朝に心血管イベントが起こりやすい理由の一端を担っている可能性があります。




今後の課題


 本研究では、一過性の社会的時差ボケが早朝の昇圧応答や動脈硬化度など心血管疾患の危険因子に及ぼす影響を検討しました。今後は心血管疾患のみならず、代謝疾患や精神疾患など多様な疾患の危険因子への影響を検討し、一過性の社会的時差ボケの健康影響を包括的に解明する必要があります。


また、今後は本研究にて観察された現象に対する是正策を検討する必要があります。健康・スポーツ科学分野では、習慣的な運動の実施や食事の改善などが非薬理的な降圧戦略となることを明らかにしてきました。まずはそれらの既存の降圧戦略が社会的時差ボケに伴う早朝の過度な昇圧を是正するか否かを検討したいと考えています。


さらに、社会的時差ボケによる早朝の過度な昇圧のメカニズムを明らかにすることも今後の課題として挙げられます。私たちは交感神経活動や動脈硬化度の変化が早朝の過度な血圧増加に影響していることを示唆しましたが、因果関係は不明のままです。今後は、これらの結果をもとにメカニズムを明らかにしたいと考えています。




研究者のコメント


<早稲田大学スポーツ科学学術院・谷澤薫平准教授>

社会的時差ボケは、多くの現代人が経験し得る重要な健康課題の1つです。海外旅行時に生じる時差ボケとは異なり、社会的時差ボケは本人が自覚していない場合も多く、気づかないうちに健康状態を悪化させる可能性があります。たった1回の社会的時差ボケにより動脈が硬くなり、早朝の血圧が過度に上昇するという本研究の結果は、社会的時差ボケによる健康問題を社会に訴えるための貴重なエビデンスだと考えています。今後は、運動や食事による社会的時差ボケの是正策の提案に向けた研究を行い、生活リズムが乱れがちな現代人の健康増進に貢献したいです。




用語解説


※1 社会的時差ボケ


社会生活リズムと個人の概日リズムがずれる現象です。平日と休日の就寝・起床リズムのズレがそれに該当します。平日と休日の睡眠中央時刻の差にて算出されます(図3)。2006年にTill Roennebergらによって提唱された時間生物学、睡眠学の領域の概念です。


図3. 社会的時差ボケの図解


※2 観察研究


疾患の原因と考えられる要因を人為的に操作することなく、文字通り研究対象者を観察するだけの研究です。例えば、対象とする要因が社会的時差ボケの場合、アンケート調査やウェアラブルデバイスにより研究対象者の平日・休日の睡眠中央時刻の差を調べ、これが大きい群と小さい群との間で疾患の発生状況や健康状態を比較します。群間の背景要因に偏りが存在する可能性があるため、観察研究による因果関係の立証は一般的に困難です。


※3 介入研究


観察研究とは対照的に、疾患の原因と考えられる要因を人為的に操作する研究です。例えば対象とする要因が社会的時差ボケの場合、研究対象者を休日の睡眠中央時刻を人為的にずらし健康状態の変化を調べます。対象者をランダムに介入群と対照群(操作を加えない群)に振り分け比較する「ランダム化比較試験」や「ランダム化クロスオーバー試験」を行えば、群間の背景要因を揃え対象とする要因の影響のみを調べられるため、因果関係の立証が可能となります。

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