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健康を科学で紐解く シリーズ147 「人と犬のがんに共通した転移メカニズムを発見した」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



人と犬のがんに共通した転移メカニズムを発見した

―悪性黒色腫の治療につながる世界初の発見―




発表のポイント


1.人と犬の粘膜に発生する悪性黒色腫において、ポドプラニン(PDPN)と呼ばれる膜タンパ

 ク質が高発現している患者の予後が短いことを発見しました。


2.PDPN によりアメーバのように自由自在に形を変えることで正常細胞の隙間をくぐり抜

 けられる転移能の高い細胞(アメーバ様遊走細胞)を生み出していることを明らかにしまし

 た。


3.本成果は PDPN が人と犬の悪性黒色腫に共通した転移メカニズムを制御しており、新た

 な治療標的として有望であることを示すとともに、人の悪性黒色腫と共通性を有する犬の

 悪性黒色腫が、がん研究において重要な位置付けを有すること示した貴重な研究成果で

 す。


PDPN は正常組織との境界部で腫瘍細胞のアメーバ様遊走を誘起し、腫瘍細胞の増殖・浸潤能を亢進し、転移を促進する。




発表概要


 東京大学大学院農学生命科学研究科の西村亮平教授と東北大学大学院医学系研究科の加藤幸成教授の研究グループは、ポドプラニン(PDPN,注 1)と呼ばれる膜タンパク質の発現が高い人・犬の粘膜由来の悪性黒色腫(注 2)の患者は予後が短いことを発見しました。

さらに、犬悪性黒色腫細胞を用いた機能解析により、PDPN が下流の Rho-associated kinase (ROCK) – Myosinlight chain 2 (MLC2)シグナル(注 3)を活性化することで、腫瘍細胞のアメーバ様遊走(注4)を誘起し、腫瘍細胞の増殖・浸潤・転移を促進していることを解明しました。

さらに、人と犬の患者検体を用いた解析により、人と犬の粘膜由来悪性黒色腫において、共通したメカニズムで PDPN が腫瘍転移を促進している可能性を見出しました。


人や犬が罹患する粘膜由来の悪性黒色腫は転移率が高く、早期に遠隔転移を引き起こし予後が悪いといった共通の特徴を示す悪性腫瘍です。転移率が高いものの、これまで転移を制御する詳細なメカニズムはよくわかっていませんでした。


本成果は、PDPN が粘膜由来の悪性黒色腫の新たながん治療の標的として有望であることを示し、さらに、犬に自然発生する悪性黒色腫が人の悪性黒色腫の研究においても重要な価値を持つことを明らかにしました。




発表内容


 人の粘膜型悪性黒色腫は転移率が高く、5 年生存率は約 20%と極めて予後の悪い腫瘍です。さらに、人の悪性黒色腫の約 90%を占める皮膚型悪性黒色腫に比べ、粘膜型悪性黒色腫は約 1-2%と発生率が低く「希少がん」に分類されていることや研究のための「有用な動物モデル」が存在しないことから、粘膜型悪性黒色腫の研究はあまり進んでいないのが現状です。

悪性黒色腫は犬にも自然発症します。とくに、口腔の粘膜から発生する犬口腔悪性黒色腫は人の粘膜型悪性黒色腫と同様に、転移率が高く極めて予後が悪いです。一方、人の悪性黒色腫とは異なり、犬の悪性黒色腫の約 70%は口腔粘膜に由来し、比較的発生頻度の高い腫瘍であることから多くの研究が進められてきました。その結果、犬の口腔悪性黒色腫は人の粘膜型悪性黒色腫と組織学・分子生物学的特徴や臨床挙動が類似していることがわかってきました。


本研究グループはこれまでに、犬口腔悪性黒色腫患者において、PDPN と呼ばれる膜タンパク質が高発現していることを報告してきました。PDPN は様々な腫瘍で高発現しており、とくに人扁平上皮がんでは PDPN 高発現患者は予後が短いことが報告されています。


そこで、本研究グループは、犬口腔悪性黒色腫患者の PDPN 発現をより詳細に調べ、腫瘍組織の中で、腫瘍中心部から離れた正常組織との境界部において PDPN がより強く発現していること(図 1・A)、正常組織との境界部での PDPN 発現が強い患者はより早期に転移が生じ、予後が短いことを発見しました(図 1・B)。同様に、人の粘膜型悪性黒色腫でも PDPN 発現が高い患者は早期に転移が生じ、予後が短いことがわかりました(図 1・C)。


これらの結果から、PDPN を高発現した腫瘍細胞が原発巣を飛び出し、遠隔転移を形成している可能性が考えられました。


図 1:ポドプラニン(PDPN)発現の高い人と犬の悪性黒色患者は予後が短い


犬口腔悪性黒色腫患者において、PDPN 発現(赤色にて染色)は腫瘍中心部に比べて正常組織との境界部で強かった(A)。PDPN を高発現する犬悪性黒色種患者(B)および人悪性黒色種患者(C)は低発現患者と比べて生存期間が短かった。




 その検証のために犬口腔悪性黒色腫細胞の PDPN を欠損させたところ、PDPN 欠損腫瘍細胞株に比べ PDPN 高発現腫瘍細胞では、腫瘍細胞がアメーバ様の形を示し、活発に増殖しアメーバのように高い運動性を持った細胞特徴を有し、マウスモデルにおいても肺転移の数が劇的に多いことがわかりました。さらに、PDPN 高発現腫瘍細胞ではアメーバ様遊走を誘起する ROCK-MLC2シグナルが活性化しており、PDPN 由来のシグナルにより ROCK-MLC2 シグナルが活性化し、転移能の高いアメーバ様遊走細胞へと変化することで、粘膜由来悪性黒色腫の転移を促進していると示唆されました。


つぎに、人と犬の粘膜由来悪性黒色腫患者検体の mRNA シークエンス遺伝子発現データ(注5)を解析したところ、人と犬の検体ともに、PDPN 高発現患者では ROCK-MLC2 シグナルに依存したアメーバ様遊走細胞に特徴的な遺伝子群の高発現が認められました。さらに興味深いことに、アメーバ様遊走に関連した遺伝子の変動パターンは、人と犬の粘膜由来悪性黒色腫検体間で極めて類似しており、共通した転移促進機構であることがわかりました。


高齢化に伴い悪性腫瘍は人間の主要な死亡原因となっていますが、野生動物や家畜における悪性腫瘍の発生は散発的に認められる程度です。一方、人間と古来より生活をともにしてきた伴侶犬は、食餌や生活環境、獣医療の発展に伴い、人間と同様に長寿化し、悪性腫瘍が主要な死亡原因となっています。


本研究では、PDPN が人と犬の粘膜由来の悪性黒色腫の治療標的となることを明らかにしたとともに、人と犬に自然発生する粘膜由来の悪性黒色腫が共通の転移機構を有していることを明らかにしました。つまり、現代人と生活環境をともにし、類似の発がん要因にさらされ自然発がんする伴侶犬は我々の日常生活の良きパートナーであるだけでなく、がん研究においてもともに助け合える存在であることを示しました。


人間と古来より生活をともにしてきた伴侶犬は人間の日常生活の良きパートナーであるだけでなく、がん研究においてもともに助け合えるパートナーである。




用語解説


(注 1)ポドプラニン(PDPN)


リンパ管やリンパ節などで発現し、細胞収縮などを担っている。種々の悪性腫瘍において過剰発現が報告されている。


(注 2)悪性黒色腫


メラノーマとも呼ばれる。黒い色素を持つ細胞(メラノサイト)が腫瘍化して発生する悪性腫瘍。


(注 3)Rho-associated kinase (ROCK) – Myosin light chain 2 (MLC2)シグナル


活性化した ROCK は下流の MLC2 を活性化し、Myosin Ⅱのモーター活性を上昇させ、アクチン-ミオシン縮合により細胞の収縮力を増大させる。


(注 4)アメーバ様遊走


腫瘍細胞の運動様式の一つ。ROCK-MLC2 シグナルの活性化によるアクチン-ミオシン縮合を原動力とする。もう一つの運動様式である間葉様遊走と異なり、細胞外基質の脱接着や分解に非依存的であるため、より効率的な遊走様式と考えられている。


(注 5)mRNA シークエンス遺伝子発現データ


次世代シークエンサーを用いた網羅的な遺伝子発現解析により、細胞内で発現する全ての遺伝子の発現量を測定した大容量データ。

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