未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
結腸脾弯曲部に向かう変異動脈の走行経路には 2パターンあることを
初めて明らかに
~結腸脾弯部がんに対する膵損傷リスクの少ない新しい血管処理方法の
確立に期待~
概要
東京医科大学(学長:林 由起子/東京都新宿区)人体構造学分野伊藤正裕主任教授、表原拓也客員研究員(順天堂大学解剖学・生体構造科学講座准教授)、河田晋一助教、消化器・小児外科学分野永川裕一主任教授、榎本正統准教授、医学科第6学年岡崎倫和(筆頭著者)、諏訪赤十字病院外科 天野隆皓 副部長(前・がん研有明病院 大腸外科)らの研究グループは、結腸脾弯曲部に分布する動脈の走行経路を肉眼解剖学的に精査することで、以下の知見を得ました。
今回の研究結果は、結腸脾弯曲部がんの手術における血管処理に伴う膵損傷リスクの少ない、より安全な術式の確立に繋がることが期待されます。
研究のポイント
1.献体されたご遺体を用いて、横行結腸に分布する動脈の走行経路を、個人差を排して
可視化する新たな解析手法を確立しました。
2.その結果、上腸間膜動脈から結腸脾弯曲部に分布する変異動脈の走行経路として、膵臓の
下縁に沿って走行する場合と膵臓から離れた位置を走行する場合との 2 パターンあるこ
とを初めて明らかにしました。
研究の背景
結腸がんの手術では、腫瘍を摘出する際にそこに分布する動脈と静脈も結紮し、腫瘍部とそれらの血管を一括で摘出します。そのため、術者は画像検査等から腸管と血管の三次元的な位置関係を把握してから手術に臨んでいます。しかしながら、横行結腸と下行結腸の移行部である脾弯曲部におけるがん(腫瘍)の摘出手術において、教科書通りではない変異動脈(注 1)が存在した場合の処理方法に関するガイドラインは定まっていません。
脾弯曲部には様々なパターンで変異動脈の分布する可能性があることが知られています。その中でも副中結腸動脈(注 2)と呼ばれる動脈は、報告にもよりますが 3 割程度の人に見つかる、変異動脈としては頻度の高い動脈です。加えて、この副中結腸動脈は膵臓のすぐ近くを通るとされており、その処理の際には膵臓を損傷しないよう細心の注意が必要です。そのため、副中結腸動脈を含めて、腫瘍摘出に際しては結紮すべき動脈を症例ごとに正確に把握する必要があります。
しかしながら、その動脈の結紮点を決定するのに必要な情報である動脈の正確な走行経路は、画像検査からは把握することが難しいのが現状です。横行結腸は腸間膜(注 3)によって腹腔内に吊り下げられるような構造をとりますが、この腸間膜は画像検査では写らないので、変異動脈が見つかったとしてもその走行経路が腸間膜内なのか体壁に沿うのかまではわかりません。
これらのことから、脾弯曲部を含めた横行結腸に分布する動脈の走行経路を正確に調査するためには、腸間膜を視認できる肉眼解剖学的な手法が必要となります。しかしながら、これまでの研究は変異動脈の起始部やその割合などの調査だけに留まっており、走行経路に着目した研究はなされていませんでした。
そこで我々は、献体されたご遺体において、脾弯曲部を含めた横行結腸に分布する動脈の走行経路に関して肉眼解剖学的な解析を試みました。
本研究で得られた結果・知見
1. 個人差を排して横行結腸に分布する動脈の走行経路を可視化する新たな解析手法の確立
横行結腸の形・大きさには個人差があるため、全例で動脈の走行経路を比較するにあたり、横行結腸を半円に見立てて動脈の走行位置を横行結腸までの距離の比で表す独自の手法を考案しました。横行結腸を腹側に持ち上げた状態で写真撮影し、体の正中を通る横行結腸間膜の根本を原点として、その原点から等間隔(15 度間隔)で放射状に線を引きました。この線上で原点−腸管の長さに対する原点−動脈の割合を計算することで、動脈位置の相対値を計算しました。その相対値をプロットし、画像ソフト上でそれらを結ぶことで、横行結腸を半円に見立てた上で動脈の走行経路を可視化しました。これにより、全例を同一の縮尺で比較することを可能にしました。
その結果、全例における動脈の走行経路を比較することができました(図 1A)。教科書的な動脈しか存在しない場合には、横行結腸間膜の左半分では動脈は腸管に沿って走行するのみであり、原点付近に動脈の走行しない空間が存在することを確認できました(図 1B)。一方で、変異動脈として分類される動脈が横行結腸の左半分に分布する場合、この空間を横切ることが明らかになりました(図 1A)。
図 1:横行結腸間膜内の動脈走行経路
A: 全例を重ね合わせたもの、B: 変異動脈の存在しない例の重ね合わせ
2. 脾弯曲部に向かう変異動脈の走行経路には 2 パターン存在する
脾弯曲部に分布する変異動脈は 6 種類に大別することができます。最も割合の多かったのが副中結腸動脈の存在するタイプでした。その走行経路は、過去の文献での定義や外科医の認識と同様、膵臓の下縁を通る例が多くを占めていました(図 2A, B)。
一方で、中には横行結腸間膜の右半分で腸間膜内に進入し、膵臓から離れたところで横行結腸間膜を横切るように走行するものもあることを初めて明らかにしました(図 2C)。
また、中結腸動脈の左枝も脾弯曲部に分布することは報告されていましたが、その走行経路は過去の文献では明らかにされていませんでした。本研究により、中結腸動脈の走行経路にも、副中結腸動脈と同様の 2 パターンがあることを初めて明らかにしました(図2D-F)。
図 2:変異動脈が脾弯曲部に向かう走行経路の 2 パターン
A: 副中結腸動脈(黄色)の存在する例の重ね合わせ
B: 副中結腸動脈(黄色)が膵臓下縁を通り脾弯曲部に分布する 1 例
C: 副中結腸動脈(黄色)が膵臓から離れた位置で横行結腸間膜を横切る 1 例
D: 中結腸動脈の左枝(青色)が脾弯曲部に分布する例の重ね合わせ
E: 中結腸動脈の左枝(青色)が膵臓下縁を通り脾弯曲部に分布する 1 例
F: 中結腸動脈の左枝(青色)が横行結腸間膜を横切って脾弯曲部に分布する 1 例
今後の研究展開および波及効果
本研究により、脾弯曲部に向かう変異動脈の走行経路には 2 パターン存在することを明らかにしました。
横行結腸間膜を横切って脾弯曲部に向かう動脈は膵臓との距離が離れていることから、膵臓に沿う場合と比べると、より膵損傷のリスクが少ない状態で根部(上腸間膜動脈付近)まで動脈を処理することが可能であることが見込まれます。
今後、実際の症例で、動脈の走行経路とその処理方法による術後の経過を評価していくことで、各症例の動脈走行経路に適したより良い術式を提案できるようになることが期待されます。
用語解説
注1 変異動脈:
大多数の症例でみられる動脈を教科書的な動脈として名称を付けて記載する。一方で、教科書的な記載とは異なる分布を示す動脈を「変異動脈」や「破格」と呼び、その出現頻度や発生過程などが研究されている。
注2 副中結腸動脈:
結腸には腹大動脈から分岐する上腸間膜動脈と下腸間膜動脈の枝が分布する。教科書的には、上腸間膜動脈からは腹大動脈に近い順で、中結腸動脈,右結腸動脈,回結腸動脈が分岐し上行結腸から横行結腸に分布する。下図の赤色で示す経路がその教科書的な分布であるが、中には黄色で示すような変異動脈(副中結腸動脈、矢印)が上腸間膜動脈から脾弯曲部に分布することがある。
注3 腸間膜:
消化管は腹膜によって背側から吊り下げられた状態で腹腔内に収まる。体壁と消化管の間で吊り下げている部分をとくに腸間膜と呼び、この中を通って動脈などが消化管に分布することができる。
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