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健康を科学で紐解く シリーズ14  「細胞死を抑制する仕組み」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


超硫黄分子が細胞内凝集体を解体して 細胞死を抑制する仕組みを発見

-神経変性疾患の治療における超硫黄分子の有用性を示唆-



研究の背景


 「パータナトス」と呼ばれるプログラム細胞死は、神経変性疾患の原因となることが示唆されており、パータナトス抑制機構の解明は現代社会の喫緊の課題とされています。


 細胞内で産生された活性酸素種の蓄積は、酸化ストレスを惹起し、DNA 損傷や変性タンパク質の増加・集積を引き起こします。本研究グループは最近、酸化ストレスによる変性タンパク質の集積(凝集体の形成)が、パータナトスの惹起に必須であることを発見しました。


 一方で、様々なストレスから細胞を保護する物質として、「超硫黄分子」が注目されています。超硫黄分子とは、硫黄原子が複数連なった分子として定義されており、生体内に多量に含まれていることが明らかとなってきました。例えば、超硫黄分子はアミノ酸であるシステインや、抗酸化物質グルタチオン、タンパク質のシステイン残基に存在しており、抗酸化力の上昇や、シグナル伝達の活性化を介して細胞死を抑制することが報告されています。しかし、神経変性疾患の原因となるパータナトスを超硫黄分子が抑制するか否かについては不明でした。



研究の概要


 細胞内に蓄積した変性タンパク質の凝集体は、「パータナトス」とよばれる非典型的なプログラム細胞死を惹起し、神経変性疾患の原因となります。そのため、パータナトス抑制因子の発見は新たな治療法開発に繋がります。


 一方近年、様々なストレスから細胞を保護する物質として、「超硫黄分子」が注目されています。超硫黄分子は細胞死を抑制し細胞を保護することが報告されていますが、そのメカニズムには不明な点が多く残されています。


研究グループは、超硫黄分子が神経変性疾患の原因となるパータナトスの強力な抑制剤となることを見出しました。超硫黄分子は、HSP90(HSF1 の抑制因子)という分子のシステイン残基の修飾を介してストレス応答転写因子 HSF1 を活性化し、さまざまなシャペロン分子を誘導します。その結果、タンパク質凝集体の分解が促進され、パータナトスが抑制されます。


 本研究は超硫黄分子によるパータナトス抑制効果に関する新知見であり、超硫黄分子が神経変性疾患の新たな治療ターゲットとなることが期待されます。



今回の取り組み


 研究グループは、超硫黄分子によるパータナトス抑制効果について評価しました。

超硫黄供与体であるNa2S4 と、主要な超硫黄産生酵素である CSE の阻害剤が、それぞれパータナトスに与える影響を評価しました。その結果、Na2S4はパータナトスを強力に抑制し、CSE 阻害剤は細胞死を顕著に増強しました。その機構として、超硫黄分子は変性タンパク質の凝集体を減少させ、パータナトスを抑制することが明らかとなりました。

また、Na2S4はストレス応答転写因子 HSF1 の活性化を介して HSP70 というシャペロンタンパク質を強力に誘導し、凝集体形成を抑制しました。さらに詳細な解析により、Na2S4 はHSF1 の抑制因子である HSP90 の 521 番目のシステイン残基を修飾することで、HSP90 による HSF1 への結合・抑制を解除することが判明しました。


 以上より、超硫黄分子はパータナトスの強力な抑制因子であり、その抑制機構は、HSP90 の修飾を起点とした、細胞内凝集体の抑制シグナル経路の活性化であることが明らかとなりました(図 1)。


図 1. 超硫黄供与体による凝集体およびパータナトス抑制機構


超硫黄供与体(超硫黄ドナー)は HSP90 の Cys521 の修飾を介して HSF1 との解離を惹起する。解離した HSF1 の核移行・活性化により、HSP70 などのシャペロンタンパク質が強力に誘導される。HSP70 は、酸化ストレスによって蓄積される変性タンパク質の凝集を防ぎ、プロテアソーム分解へと導くことでパータナトスを抑制し、細胞を生存へと導く。



今後の展開


 神経変性疾患は治療薬が未だに存在せず、その病態の抑制機構の全容解明が強く望まれています。特に、神経変性疾患病変部では変性タンパク質の凝集体が多く存在することから、凝集体が細胞死を引き起こし、神経細胞の脱落の原因となると考えられています。


 本研究では、超硫黄分子という生体に多く含まれる生理活性物質が、ストレス時の細胞内凝集体を顕著に抑制すること、また、その分子メカニズムを明らかにしました。

その成果は、超硫黄分子が神経変性疾患の予防・治療に繋がることを示しています。


 シャペロンタンパク質による細胞内凝集体の解体・除去は、多様な病態を改善し、生体に対して保護的に働くことが明らかになってきました。

今後研究グループは、超硫黄分子によるシャペロンタンパク質の誘導が、パータナトスの抑制だけでなく、様々な疾患モデルにおいても有用であることを検証したいと考えています。



研究グループ


東北大学大学院薬学研究科大学院生の山田裕太郎、野口拓也准教授、松沢厚教授ら。




用語説明


注1. 超硫黄分子


硫黄原子が複数連なった分子の総称。生体内ではアミノ酸であるシステインや、タンパク質や抗酸化物質グルタチオンのシステイン残基上に豊富に存在する。通常のシステインに比べ反応性が高く、シグナル伝達や抗酸化反応に影響を与えることが知られている。


注2. パータナトス


DNA 損傷応答因子 PARP-1 の過剰活性化によって引き起こされるプログラム細胞死。PARP-1 の過剰活性化は特に神経細胞で見られており、神経変性疾患の原因の一つであると考えられている。


注3. シャペロンタンパク質


ストレスなどによる細胞内環境の変化によって変性してしまったタンパク質を正しい折りたたみへと導き、機能的な状態に戻すタンパク質の総称。重度に変性したタンパク質に対しては凝集化しないように結合し、分解へと導く機能も有する。


注4. HSP ファミリー分子 (Heat Shock Protein family)


熱ショックにより転写誘導されるシャペロンタンパク質の総称。熱ショックだけでなく酸化ストレスなどの幅広いストレスに応答し、タンパク質の品質管理を行う。特に、ストレス時には HSP70 が中心となってタンパク質の品質管理に寄与する。


注5. HSF1 (Heat Shock Factor 1)


HSP ファミリータンパク質の主要な転写因子。定常状態においては HSP ファミリータンパク質の一つである HSP90 と結合し、活性が抑制されている。細胞が熱ショックをはじめとする様々なストレスに曝されると、HSP90 と HSF1 の結合が解離し、HSF1 による転写誘導が可能となる。

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