未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
ニューロンの核は老化するとシワシワになり、かたくなる
――脳の加齢に伴ってニューロン核のダイナミクスが低下する――
発表のポイント
1.加齢に伴って脳の機能は低下しますが、その過程でニューロンの核のダイナミクスが低下
することを発見しました。
2.大脳視覚野のニューロンの核は、加齢に伴って神経活動依存的な形態変化が起きにくく
なり、シワが増え、さらにかたくなることを見出しました。
3.今後この現象の重要性を調べていくことで、加齢性神経疾患の原因解明および治療への
貢献が期待されます。
概要
東京大学定量生命科学研究所の岸雄介准教授と、同大学大学院薬学系研究科のタニタ フレイ大学院生、後藤由季子教授らによる研究グループは、加齢に伴ってニューロンの核(注1)のダイナミクスが低下することを明らかにしました。
本研究では、DNAを格納する核の形態と、ニューロンの老化に着目して研究を進めました。まず、若いマウスのニューロン核の形態は外界からの刺激に応じてきれいな球状から10分程度でへこむことを観察しました。一方で、2年齢以上飼育した高齢のマウスのニューロン核は刺激前からへこみが観察され、さらに刺激を与えてもその形態がほとんど変化しないことがわかりました。そしてこのときに、核がかたくなっていることを見出しました(図1)。
脳が老化すると、外界の刺激に応じた適切なニューロンの性質変化が起きにくくなり、結果として記憶力や認知機能の低下、そして加齢性神経疾患の発症につながります。核のダイナミクスは状況に応じた適切な遺伝子発現変化に重要であるため、本研究により老化に伴う脳の機能低下の基盤の一端が解明できたと考えられます。
図1:ニューロンの核は加齢に伴いダイナミクスが低下する
研究の背景
ニューロンは脳の中で情報伝達を中心的に担う細胞で、様々な外界からの刺激に応じてその性質を変化させる可塑性を持つことで、私たちは覚えたり忘れたりすることができます。このニューロンの可塑性は、加齢とともに低下し、そのために老化した脳は機能が低下します。そのメカニズムを理解することは、加齢性神経疾患の発症原因を理解し、その治療戦略を立てるために重要です。
老化の過程では、様々な種類の細胞において、核の形態がいびつになることがわかってきており、現在では核の形態を指標に細胞の老化具合を評価するような研究も進んでいます。
しかしながら、老化細胞において核の形態がいびつになるメカニズムや意義はほとんどわかっていません。これまでにニューロンの核の形態については、通常の状態で外界から刺激を受けるとへこむこと、またパーキンソン病やハンチントン病のような神経変性疾患の患者でいびつになることがわかっていました。一方で、自然老化の過程で核の形態が変化するかどうかは不明でした。
研究の内容
本研究ではまず、外界から刺激を受けたときのニューロンの核の形態変化の過程を、生体脳タイムラプスイメージング手法(注2)にて観察することを目指しました。ニューロンにおいて核の形態を可視化できるマウス(Nex-Cre+/-;SUN1-GFP+/-)を作製し、大脳皮質視覚野のニューロンを観察するための顕微鏡の窓を取り付け、マウスの眼に光を当てることでニューロンの生理的な刺激を行うことに成功しました。その結果、およそ2ヶ月齡の若齢マウスでは光照射後10分程度で核が徐々にへこんでいくことがわかりました。
次に同様の実験を2年齢以上の老齢マウスを用いて実施しました。その結果、老齢マウスではそもそも刺激を行う前からへこんだ核が多いこと、そして光照射を行なっても核の形態がほとんど変化しないことが明らかとなりました。この結果から、ニューロンでも加齢に伴って核がいびつな形となり、さらに形態変化がしにくくなることが明らかとなりました。
それでは、どうして老化したニューロン核は形態変化しにくいのでしょうか?研究グループはその原因の一つとして核がかたくなっているのではないかと考えました。そこで原子間力顕微鏡(注3)を用いて、若齢マウスあるいは老齢マウスから抽出したニューロンの核のかたさを測定したところ、ニューロンの核は加齢に伴ってかたくなることがわかりました。
以上の結果から、ニューロンの核は加齢に伴ってダイナミクスが低下する(形態が変化しにくく、かたい)ということがわかりました。
今後の展望
老化細胞における核の形態異常の意義はこれまであまりわかっていませんでしたが、その理由の一つは、形態異常という現象が定量性に欠け、細胞機能に直結しにくいことにあると考えられます。
本研究では、ニューロンでも加齢に伴って核がへこむことに加えて、かたくなるという物理量として定量でき、核の機能に与える影響も考慮しやすいパラメーターの変化を見出すことができました。今後、他の細胞種の老化でも核がかたくなるかどうかを調べることで、細胞老化に伴って核のダイナミクスが低下するという減少の普遍性を明らかにすることができる可能性があります。
また、核のダイナミクス低下の意義を調べるためには、その分子メカニズムを明らかにする必要があります。本研究では、マススペクトロメトリー(注4)を用いて若齢・老齢ニューロン核のタンパク質組成を調べたところ、SUN1という核膜に局在するタンパク質の発現が、加齢とともに増加していることを見出しました。これまでの報告で、SUN1は核のかたさを保つために重要であることがわかっています。そのため研究グループは、SUN1の発現上昇が、ニューロン核がかたくなることの原因の一つであると考えており、今後それを検証することで、核のダイナミクス低下の意義に迫ることを目指しています。
ニューロン可塑性には、外界からの刺激に対して適切に遺伝子発現を変化させることが重要です。遺伝子発現の調節にはクロマチン(注5)相互作用がフレキシブルに変化することが重要ですが、かたくなった核ではそれが適切にできなくなっている可能性があります。
すなわち、ニューロンの核がかたくなることは、老化ニューロンにおいて遺伝子発現が適切に調節できず、ニューロン可塑性が低下することのメカニズムの一つになっているかもしれません。
今後は、核のダイナミクス低下の重要性を明らかにすることで、脳の老化の予防や治療に役立てたいと考えています。
図2:加齢に伴いニューロンの核はシワが
増え、かたくなる
スケールやメカニズムは大きく異なりますが、皮膚と同じようにニューロンの核も加齢とともにシワが増え、かたくなることは興味深いと考えています。
用語解説
(注1)核
核は脂質二重膜で構成される核膜で細胞質と隔てられた細胞内で最大の細胞内小器官です。その中には遺伝情報をつかさどるゲノムDNAが保持されており、遺伝情報が機能する場として重要な役割を果たします。
(注2)生体脳タイムラプスイメージング手法
マウスの脳を麻酔下で開頭し、顕微鏡観察に必要なカバーガラスとアダプターを取り付けることで、生きたまま脳内を観察する手法です。本研究では、ニューロンの核膜を蛍光でラベルしたマウスを用いて、視覚野ニューロンの核の形態変化をリアルタイムで観察しました。
(注3)原子間力顕微鏡
原子間力顕微鏡(atomic force microscopy, AFM)は、カンチレバーと呼ばれる極小の針で試料の形態や力学特性を調べる機械です。本研究では、カンチレバーで脳から抽出した核を叩いたときの力のかけ具合と針が沈み込む深さから核のかたさを推定しました。
(注4)マススペクトロメトリー
マススペクトロメトリーは分子の質量を調べる手法です。本研究では、ニューロン核に含まれるタンパク質から得られた断片分子の質量を網羅的に調べることで、加齢に伴うニューロン核の組成の変化を調べました。
(注5)クロマチン
クロマチンは、ゲノムDNAとタンパク質で構成される複合体のことで、遺伝情報を適切に読み取るために重要な役割を果たします。クロマチンの構造は、ダイナミックに変化することが知られており、核の形態やかたさにも深く関与すると考えられます。
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