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健康を科学で紐解く シリーズ153 「老化細胞におけるタンパク質分解センターの発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


老化細胞におけるタンパク質分解センターの発見

老化細胞特異的に形成されるタンパク質分解酵素複合体を含む

新たな核内液滴構造の発見




発表のポイント


1.老化細胞特異的に形成される、タンパク質分解酵素複合体プロテアソームを含む新たな

 核内液滴構造を発見しました。


2.プロテアソーム核内液滴は、老化細胞においてタンパク質分解を担い、ミトコンドリアの

 過剰な働きを抑制することを見出しました。


3.本研究成果は、老化細胞に起因する加齢性疾患の発症機構解明や治療戦略開発に発展する

 ことが期待されます。


老化細胞におけるタンパク質分解センターのモデル図




発表内容


 東京大学大学院薬学系研究科の入木朋洋大学院生(博士課程:研究当時)、飯尾浩章大学院生(修士課程)、安田柊特任研究員(研究当時)、増田竣大学院生(修士課程:研究当時)、濱崎純講師、村田茂穂教授らの研究チームは、老化細胞においてタンパク質分解を担う核内液滴を発見しました。


図 1:老化細胞における核内液滴の形成

正常ヒト細胞株 WI-38 細胞におけるプロテアソームサブユニット(Rpn13)の蛍光免疫染色画像。増殖性細胞においては、プロテアソームサブユニットが核内に一様に分布していますが、老化細胞においては核内で液滴を形成することを観察しました。Scale bars, 10μm




研究の背景


 タンパク質は身体を構成する全ての細胞において生命活動を担う機能素子であり、合成と分解により細胞の働きに最適な種類と存在量が維持されます。ユビキチン・プロテアソーム(注1, 2)系は細胞内の主要なタンパク質分解システムであり、細胞の活動に必須の役割を担うことが知られています。細胞は度重なる分裂や DNA 損傷などの外因性ストレスにより不可逆的に分裂能を失い、核や細胞の肥大化や様々な液性因子の放出を特徴とする細胞老化(注 3)を起こすことが知られ、加齢に伴う老化細胞の増加が個体老化の一因となっていると考えられています。これまでに、ユビキチン・プロテアソーム系の機能低下が神経変性疾患などの加齢に伴い出現する病態に深く関わることや、線虫やショウジョウバエなどのモデル生物では寿命の制御に直接関わることが知られていました。しかし、プロテアソーム機能がどのように老化に関与しているのか、その具体的な分子機構は全く不明でした。





研究の内容


 本研究チームは、ユビキチン・プロテアソーム系においてタンパク質の分解を担うタンパク質分解酵素複合体プロテアソームに着目し、老化細胞における動態を詳細に解析しました。その結果、若い分裂細胞では細胞全体に均一に観察されるプロテアソームが、老化細胞では核内に新規の構造体を形成することを顕微鏡観察により発見しました。

この構造体は、様々な組織由来の初代培養細胞を老化させた際に普遍的に観察されました。細胞周期の制御タンパク質である p16 や細胞老化関連分泌形質といった従来知られていた老化マーカーと同時期に出現し、新しい老化マーカーとしての意義が明らかになりました。この構造体は、近年、生命科学分野で注目を集めている液-液相分離(注 4)と呼ばれる現象により形成される液滴であることがわかりました。この核内液滴に含まれるプロテアソームは活性をもち、分解されるべきタンパク質の目印であるユビキチン鎖や、その運搬因子 RAD23B を含むことから、タンパク質分解の場として機能していると考えられました。

そこで、本研究チームはこの新規核内液滴を SANPs(senescence-associated nuclear proteasome foci)と名付けました。RAD23B の量を減少させると、SANPs 形成が阻害され、ミトコンドリア機能と活性酸素種(ROS)産生が亢進することが分かりました。

老化細胞ではミトコンドリア機能異常とそれに伴う ROS 増加による酸化ストレスの増加が知られていましたが、この結果は、老化細胞において SANPs が核内タンパク質の分解を介して過剰なミトコンドリア機能を抑制し、老化細胞やその周囲細胞への活性酸素種によるダメージを防いでいることを示すものです。




今後の展望


 プロテアソームはタンパク質恒常性の維持に働き、全ての細胞において必須の生命維持装置であり、その活性の高低が様々な病態に関与していることが知られていますが、その機能調節機構についての理解は不十分です。

本研究成果は、個体の老化に深く関連する老化細胞において、プロテアソームが新しい機構によって機能制御されていることを明らかにし、老化細胞においてミトコンドリア機能制御への関与を見出すことに成功しました。


今後、SANPs の形成機構や分解が促進されているタンパク質を明らかにすることにより、老化細胞の新たな特質の理解、並びにプロテアソーム機能制御を標的とした抗老化戦略への発展が期待されます。




用語解説


(注 1)プロテアソーム

プロテアソームは細胞内のタンパク質を選択的に分解する巨大酵素複合体です。タンパク質品質管理、免疫応答、細胞周期、シグナル伝達など多岐にわたる生理現象に働き、細胞の恒常性維持に重要な役割を担うことが広く知られます。


(注 2)ユビキチン

プロテアソームによる分解標的となるタンパク質の目印(修飾)となるタンパク質です。標的となるタンパク質に連続的に付加され形成されたポリユビキチン鎖がプロテアソームに認識されます。


(注 3)細胞老化

継代や DNA 損傷に代表される種々のストレスにより細胞が不可逆的に増殖を停止した状態。細胞老化に伴って、SASP(senescence-associated secretory phenotype)と呼ばれる様々な分泌因子や細胞周期の制御タンパク質である p53、p21 や p16 の発現が亢進することが知られており、細胞老化のマーカーとされています。


(注 4)液-液相分離

液-液相分離とは、温度や分子間相互作用などにより、一つの液相を成していた分子が二つ以上の液相に分離することをいいます。近年様々な生命現象において液-液層分離の関連が報告されており細胞機能制御の新たなメカニズムの一つとして注目を浴びています。これまでに、液-液相分離によって形成される非膜オルガネラの存在が明らかになっています。

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