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健康を科学で紐解く シリーズ154 「中耳真珠腫で骨破壊を促す線維芽細胞を発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



中耳真珠腫で骨破壊を促す線維芽細胞を発見

―骨が壊れる仕組みを解明し手術以外の治療への扉を開く―




研究成果(ポイント)


1.ヒト中耳真珠腫組織を次世代シークエンサーで解析し、骨破壊型の線維芽細胞を発見し

 た。


2.中耳真珠腫で骨が壊れる仕組みは不明だったが、骨を破壊する特殊な線維芽細胞が出現

 し、これが破骨細胞を誘導することにより骨破壊が起こることが判明した。


3.従来、中耳真珠腫の治療法は手術のみであったが、骨破壊の仕組みが明らかになったこと

 により、薬剤による新たな保存的治療法の開発が期待される。




概要


 大阪大学大学院医学系研究科の清水康太郎 特任研究員、菊田順一准教授、石井優 教授(免疫細胞生物学)、猪原秀典 教授(耳鼻咽喉科・頭頸部外科学)らの研究グループは、中耳真珠腫という耳の骨が破壊される難病において、アクチビン A (Activin A) ※1 というタンパク質を介して、骨の破壊を誘導する新たな病原性線維芽細胞※2 を世界で初めて同定しました。

中耳真珠腫は骨を破壊しながら増大する疾患で、時に聴こえや体のバランスを感じ取る内耳を破壊しますが、どうして骨が壊れていくのかについては未だ解明されていません。


今回、研究グループは、患者さんから手術時に摘出した中耳真珠腫に対してシングルセル RNA シークエンス解析※3 を行いました。その結果、中耳真珠腫の組織内にはアクチビン A というタンパク質を産生する線維芽細胞が存在し、骨を壊す破骨細胞の分化を促進することにより骨破壊が誘導されることを解明しました。

これにより、線維芽細胞が産生するアクチビン A の阻害が中耳真珠腫の治療候補となり得ることが分かり、これまで手術のみが唯一の治療であった中耳真珠腫に、薬剤を用いた新たな保存的治療の選択肢が増えることが期待されます。


図 1. 中耳真珠腫では、炎症性サイトカインによって線維芽細胞のアクチビン A 産生量が

   増加し、破骨細胞分化が促進することで、骨が破壊される。




研究の背景


 中耳真珠腫は音を伝える鼓膜から発生し、音を感じ取る蝸牛やバランスを感じ取る前庭などの重要な器官を守る側頭骨を破壊しながら増大する疾患です。時に重篤な症状を引き起こす疾患ですが、今なお中耳真珠腫が骨を壊すメカニズムについては明らかになっていません。




研究の内容


 今回、研究グループは、患者さんから手術の際に摘出した中耳真珠腫に対して、一細胞毎のRNA 配列を読み取る「シングルセル RNA シークエンス解析」を行いました。その結果、中耳真珠腫の線維芽細胞はアクチビン A というタンパク質を産生しており、その中でも特に過剰にアクチビン A を産生する新たな線維芽細胞が存在することを発見しました。

また、アクチビン A は骨を壊す破骨細胞を誘導することが分かりました。さらに、中耳真珠腫モデルマウスを用いた実験において、線維芽細胞のアクチビン A の産生を抑制すると、骨を壊す破骨細胞の数が減少することが明らかとなりました。




本研究成果の意義


 本研究成果により、線維芽細胞が産生するアクチビン A の阻害が、中耳真珠腫の治療候補となり得ることが分かりました。現在の中耳真珠腫の有効な治療法は手術のみであるが、今後、薬剤により中耳真珠腫を保存的に治療する新たな選択肢が増えることが期待されます。

さらに、特殊な線維芽細胞による骨破壊誘導メカニズムが明らかになったことで、関節リウマチなど中耳真珠腫以外の骨が破壊される疾患の解明と新規治療法の開発にも貢献できると期待されます。




石井教授のコメント


 関節リウマチやがんの骨転移など、骨が壊される病気はたくさんありますが、中耳真珠腫は耳の中の骨が壊される難病です。これまで原因も不明であり、手術しか治療法がなかったですが、今回の研究成果によって、新しい治療薬の開発が進むことが期待されますので、この病気の患者さんには大きな福音といえるかもしれません。




用語説明


※1 アクチビン A (Activin A)


細胞の増殖および分化の調節、神経細胞の生存など、様々な生物活性を有する分泌性タンパク質(サイトカイン)で、トランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)ファミリーに分類される。INHBA 遺伝子にコードされた inhibin subunit beta A が 2 つ結合したホモダイマーの構造である。中耳真珠腫の線維芽細胞以外に、脳や肝臓、性腺など多くの臓器・細胞からも産生される。


※2 線維芽細胞


コラーゲン・エラスチンなどの結合組織を産生する細胞で、皮膚真皮をはじめ様々な臓器に存在する。癌や関節リウマチ、歯周病など様々な疾患に関連する線維芽細胞も存在する。


※3 シングルセル RNA シークエンス解析


一つの細胞に含まれるメッセンジャーRNA から cDNA を作成し、増幅した後に次世代シークエンサーを用いて RNA 配列を読み取ることで、全遺伝子の発現量を細胞毎に定量解析する手法。

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