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健康を科学で紐解く シリーズ155 「抗がん剤や放射線治療の効果を左右する腫瘍内の免疫抑制機構を解明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


抗がん剤や放射線治療の効果を左右する腫瘍内の免疫抑制機構を解明

~免疫抑制解除による新たながん免疫治療コンセプトの確立に期待~




発表のポイント


1.サイトカインの一種であるインターロイキン-34 が腫瘍内で免疫抑制を引き起こすこと

 を確認。


2.抗がん剤及び放射線の効果をインターロイキン-34 が誘導する免疫抑制環境が弱めるこ

 とを発見。


3.インターロイキン-34 を標的とした治療効果改善という、新規免疫治療コンセプトの

 確立に期待。




概要


 北海道大学遺伝子病制御研究所の韓ナヌミ助教(研究当時)、清野研一郎教授らの研究グループは、がん細胞が分泌するインターロイキン*1-34(IL-34)が、腫瘍内の免疫環境を変えることで、がん細胞に直接作用する治療法の効果が大きく左右されることを解明しました。


 抗がん剤や放射線治療といった古典的ながんの治療法は、がん細胞そのものに作用し、がん細胞を殺すことで抗腫瘍効果を発揮すると考えられてきました。しかし、これらの治療の効果には個人差があり、また同じ治療を続けるとだんだん効かなくなってくる、抵抗性の問題があります。そして、そのメカニズムは未だ完全に明らかにされたとは言えません。


本研究では、マウス大腸がん並びに乳がんモデルを用い、まず抗がん剤及び放射線治療の効果が発揮されるためには T 細胞の働きが重要であることを示しました。次に、IL-34 が産生される腫瘍の中では、免疫抑制性マクロファージ*2 の数が増えている一方、T 細胞の数並びに機能を発揮するための分子の発現が減少していることを見出しました。腫瘍細胞から IL-34 が産生されない工夫をすると、抗がん剤並びに放射線治療の効果が著明に改善することを明らかにしました。


本結果は、抗がん剤並びに放射線治療に対する治療抵抗性と IL-34 の関係を示すものであり、IL-34を標的とした新規免疫治療コンセプトの確立に繋がるものと期待されます。


がん細胞から産生される IL-34 の働き。

がん細胞由来の IL-34 は、腫瘍形成、血管新生、浸潤や転移を促進する。




背景


 がんに対する治療法としては、古典的には手術療法(切除)、抗がん剤、放射線治療があり、長らく標準治療と呼ばれていました。一方、近年、がん患者の免疫機能を高めることで腫瘍の退縮を目指す免疫治療も実用化され、標準的な治療の一つになっています。これらがんの治療法の中でも、抗がん剤並びに放射線治療はがん細胞そのものに作用し、がん細胞を殺すことで抗腫瘍効果を発揮すると考えられてきました。しかし、がん細胞に直接作用するこれらの治療においてもその効果には個人差があり、また同じ治療を続けるとだんだん効かなくなってくるという、抵抗性の問題があります。この抵抗性のメカニズム解明には多くの研究者が取り組んでいますが、未だ完全に明らかにされたとは言えません。


そこで研究グループは、腫瘍の中の免疫状態に着目しました。腫瘍環境の免疫抑制に寄与する因子として、IL-34 というタンパク質が報告されています。研究グループはこれまでに、様々ながん種の腫瘍組織において IL-34 の発現を確認しており、がん細胞から産生される IL-34 が、がんの悪性度に関わることや、がんの進行を促進することを明らかにしてきました(p1 図)。また、免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれる新しい免疫治療において、IL-34 が存在するとその効果が減弱すること、逆に IL-34 の働きを阻害すると免疫治療の効果が増強されることも明らかにしました(Hama et al. iScience:101584、2020)。


本研究では、がん細胞に直接作用する抗がん剤や放射線治療においても IL-34 がその効果を左右し、治療抵抗性に関与するのかどうかを検討しました。




研究手法


 本研究ではまず、IL-34 を発現するマウス乳がん細胞株である 4T1 細胞及び大腸がん細胞株 CT26 を用いて、抗がん剤(オキサリプラチン)投与あるいは放射線照射(計 12 グレイ)の効果に対する IL-34の役割について調べました。

IL-34 を欠損させたがん細胞を樹立し、同細胞あるいは元の IL-34 を発現する細胞をそれぞれ別の実験用マウスの皮下に注入することで、担癌マウスを作製しました。その後、上記の治療を施し、腫瘍の大きさを測定しました。また、IL-34 を欠損した癌細胞を用いた実験で、主要な免疫細胞である T 細胞を欠損するマウス、もしくは阻害する抗体を用い、同細胞の重要性を検討しました。さらに、腫瘍内に浸潤している免疫細胞の種類や量、発現分子を解析することで、がん細胞から産生される IL-34 が腫瘍環境にどのような影響を与えるのかを検証しました。




研究成果


 IL-34 を発現する腫瘍に対しオキサリプラチン投与もしくは放射線治療を行ったところ、IL-34 を欠損した腫瘍に対する効果に比べ、治療効果は著しく減弱することが観察されました(図 1)。T 細胞の重要性を検討した実験において、これらの治療法は T 細胞が十分に存在し機能する状況がないと、(直接がん細胞に作用する治療法であるにもかかわらず)治療効果が著しく低下してしまうことが分かりました。また、腫瘍に浸潤している免疫細胞の種類や量を比較したところ、IL-34 産生腫瘍では IL-34 欠損腫瘍と比較して免疫抑制性のマクロファージが増加していることが分かりました。同時に、IL-34 産生腫瘍では T 細胞の浸潤が少ないこと、T 細胞の細胞障害性分子であるグランザイムや腫瘍壊死因子(TNF)の発現量が抑えられていることも判明しました。


以上の結果は、従来がん細胞そのものを殺すことでその作用を発揮すると考えられていた抗がん剤や放射線治療においても、腫瘍環境における免疫の状態は極めて重要であることを示しています。その状態を司る一つの重要な因子として、今回研究グループは IL-34 を特定しました。本研究の結果から IL34 を標的とした治療により腫瘍内の免疫抑制と化学療法もしくは放射線治療抵抗性を解除できる可能性が示されました。


図 1. IL-34 のがん治療に与える影響。

がん細胞に直接作用する抗がん剤並びに放射線治療とも、IL-34 が腫瘍内に存在する(IL-34 あり)と存在しない場合(IL-34 なし)に比べその効果が著しく弱くなる。




今後への期待


 がんに対する免疫治療は現在のところ各種免疫細胞の機能を高める、というものがほとんどです。一方、本研究の成果により「がん局所における IL-34 の発現診断→IL-34 阻害薬の投与→免疫環境の改善」という新しいがん免疫治療のコンセプトが生まれる可能性があります。




用語解説


*1 インターロイキン(IL) …

免疫細胞から分泌されるタンパク質の総称であり、細胞同士の情報伝達を担っている。発見された順に番号を付けて命名されており、現在 40 種類以上が同定されている。近年では、数種のインターロイキンが、がん細胞からも分泌されることが知られている。


*2 免疫抑制性マクロファージ …

マクロファージの中でも免疫系の活動を抑制する(弱める)タイプのもの。免疫抑制マクロファージは、免疫を抑制するようなタンパク質を産生することで周囲の免疫細胞の働きを抑制する。

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