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健康を科学で紐解く シリーズ158 「自己免疫疾患の治療につながる新たな脂質の発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


自己免疫疾患の治療につながる新たな脂質の発見



 かずさ DNA 研究所は、東京大学、千葉大学と共同で、自己免疫疾患を引き起こす病原性 Th17 細胞の制御に関わる 5 つの脂質代謝酵素や機能性脂質を明らかにしました。


 自己免疫疾患*1 は、本来異物を排除する役割の免疫システムが、自分自身の正常な細胞や組織に対して過剰に反応し、症状を起こす疾患です。近年、この免疫システムが脂質の代謝と密接に関係していることがわかってきました。例えば、肥満になると Th17 細胞という白血球の一種が増加し、関節リウマチや炎症性腸疾患などの自己免疫疾患が引き起こされます。しかし、どのような脂質がどのような仕組みで Th17 細胞を増加させるかは明らかではありませんでした。


 今回、かずさ DNA 研究所の遠藤裕介室長の研究チームは、東京大学医学部の村上誠教授、千葉大学の中山俊憲学長らと共同で最先端の技術を駆使して Th17 細胞の脂質代謝を詳細に解析しました。その結果、5 つの脂質代謝酵素が Th17 細胞を増加させること、脂質の一種である LPE [1-18:1] が Th17 細胞を増加させること、さらに LPE [1-18:1]はTh17 細胞で遺伝子の発現を制御する主要なタンパク質と複合体を作ることで Th17 細胞の増加に関わっている可能性があることを明らかにしました。


本研究の結果、Th17 細胞を利用した自己免疫性炎症疾患の診断マーカーや治療法の開発、さらに脂質代謝経路を創薬のターゲットとすることでメタボリックシンドロームの克服にも貢献することが期待されます。




背景


 ここ数年の研究から、免疫システムと代謝システムを担う細胞の相互作用により生活習慣病や免疫疾患の治療を目指したイムノメタボリズム研究が注目されています。例えば肥満環境下においては、自己免疫疾患を誘導する能力が非常に高い Th17 細胞が増加する一方、免疫反応の収束や抑制に関わる Treg(Regulatory T)細胞が減少することが報告されています。

Th17 細胞はヘルパーT 細胞*2 の一種で、多発性硬化症、関節リウマチ、乾癬、炎症性腸疾患などの自己免疫疾患を引き起こす悪玉細胞と考えられています。これまでの私たちの研究から、Th17 細胞は脂質代謝によってコントロールされることがわかってきましたが、具体的にどのような脂質が Th17 細胞を増加させるのかは不明でした。


かずさ DNA 研究所と東京大学および千葉大学は、Th17 細胞の脂質代謝に焦点をあて、その質の変化をコントロールする特異的な因子を探索し、自己免疫疾患の病態との関連性および誘導メカニズムを明らかにすることを目的として研究を行い、今回の成果に至りました。




研究成果の概要


1.ゲノム編集技術を用いた大規模スクリーニングによって、Th17 細胞を増加させる

 5 つの脂質代謝酵素(GPAM、GPAT3、LPLAT1、PLA2G12A、SCD2)を新たに

 発見しました。


2.かずさDNA 研究所が有する最先端の脂質大規模スクリーニングシステムにより、Th17

 細胞およびその病原性を増加させる機能性脂質 1-オレオイル-リゾホスファチジルエタノ

 ールアミン(LPE [1-18:1])を発見しました。


3.1-オレオイル-リゾホスファチジルエタノールアミンは、Th17 細胞の主要な転写因子

 RORγt と特異的に結合して機能することがわかりました。


4.5 つの酵素のうち最終段階で働く PLA2G12A 酵素*3 の機能を抑えることで、多発性硬

 化症のモデルである EAE(実験的自己免疫性脳脊髄炎:ExperimentalAutoimmune

 Encephalomyelitis)*4 の病態が顕著に改善されることが認められました。




将来の波及効果


 今回私たちが同定した 5 つの脂質代謝酵素や LPE [1-18:1]は、疾患を引き起こすTh17 細胞の増加に非常に重要な役割を果たしていることから、自己免疫性炎症疾患の「ドライバー因子」*5 であると言えます。

今後、これらの脂質代謝酵素や LPE[1-18:1]と種々の自己免疫疾患病態との関連について、ヒト臨床検体を用いて評価することで、Th17 細胞による炎症性疾患の予防、新規診断マーカー、治療に結びつく可能性が広がると考えられます。

また、私たちはこれまでの研究で肥満患者のTh17 細胞と脂質代謝の割合に相関を認めていることから、今後、これらの因子が関わる脂質代謝経路を創薬ターゲットとすることで、将来的にメタボリックシンドローム*6 の克服に役立つことが期待されます。


さらに、今回の研究成果により、これまで長い間発見されていなかった RORγt の脂質リガンドの同定に至りました。RORγt は Th17 細胞以外にもリンパ節の形成や概日リズムなど多様な役割を担っています。今回の私たちの研究で発見した脂質がこうした Th17細胞以外の生命現象にも影響するのか、新たな研究の発展につながることが期待されます。




一般読者に伝えたいこと


 私たちの生活の身近にある脂質ですが、脂質と免疫・疾患の関係についてはよくわかっていません。実際にここ最近でも新たな種類の脂質も見つかってきており、機能がわかっていない脂質が未だ多数あります。また、従来言われてきた善玉・悪玉の多くについては経験則に基づいて定義されたものであり、必ずしも全てが科学的に正しいものではありません。


 私たちは最先端の分析技術とこれまで培ってきた免疫研究を融合させることで、身体にとって真に有益となる脂質や、特定の疾患になりやすくなる有害脂質を再定義していきます。今回の研究で同定した LPE [1-18:1]についても、今後臨床医と連携してさらに研究を進めていくことで、疾患治療や検査へと役立てていきます。そして、将来的には、こうした脂質免疫研究を発展させていくことで、自己免疫疾患や肥満症だけでなくアレルギーや感染症に対しても食習慣と免疫の観点から克服し、健康寿命の増進へと繋げてまいります。




用語解説


*1 自己免疫疾患:


本来、異物を認識し排除するための役割をもつ免疫システムが、自分自身の正常な細胞や組織に対して過剰に反応し、症状を起こす疾患の総称。大きく分けて、全身にわたり影響が及ぶ全身性自己免疫疾患とある臓器のみに症状が現れる臓器特異的自己免疫疾患の 2 つがある。


*2 ヘルパーT(Th)細胞:


T 細胞は白血球の1種でB細胞とともにリンパ球に分類される。T細胞はさらにキラーT細胞とヘルパーT細胞に分類され、前者はがん細胞やウイルスに感染した細胞などを攻撃し排除する。後者はサイトカインと呼ばれる液性因子を分泌し、B細胞やキラーT細胞の働きを助ける役割を担う。


*3 PLA2G12A 酵素:


リン脂質を分解してリゾリン脂質(LPE [1-18:1] はその中の一種)を産生する酵素。


*4 実験的自己免疫性脳脊髄炎(Experimental Autoimmune Encephalomyelitis:EAE):


EAE は、中枢神経組織由来のタンパク質抗原で免疫をつけることによって誘導される自己免疫疾患動物モデルである。多発性硬化症と多くの病態を共有することから、その病態研究に多く使用される。


*5 ドライバー因子:


病気の発生や進行に直接的な役割を果たす重要な因子。これを阻害することによって、病気の発生を抑えたり病気を治したりすることが期待できる。


*6 メタボリックシンドローム:


糖尿病、脂質異常症、高血圧といった、いわゆる生活習慣病は、お互いに合併しやすく、その発症には内臓脂肪の蓄積(内臓型肥満)が密接に関わっている。メタボリックシンドロームとは、内臓脂肪型肥満に高血糖、高血圧、脂質異常症のうち 2 つ以上を合併した状態のことを指す。メタボリックシンドロームの状態では、脳卒中や心筋梗塞などの心血管系疾患の発症リスクが数倍に増加する。





図:Th17 細胞によって病気が引き起こされる仕組み


比較的無害な Non-Pathogenic Th17 細胞と病気を起こす Pathogenic Th17 細胞は共にナイーブ CD4T 細胞より誘導される。今回の研究で同定した 5 つの脂質代謝酵素とその上流にある ACC1 という酵素により新たな脂質 LPE (1-18:1)が作られ、RORt の脂質リガンドとして作用することで Pathogenic Th17 細胞が誘導される。こうして誘導された Pathogenic Th17 細胞により多発性硬化症・乾癬・関節炎・ステロイド抵抗性ぜんそく・炎症性腸疾患などの難治性疾患が引き起こされる。

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