未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
飢餓を乗り切り命を守る肝臓からの仕組みを解明
‐血糖値上昇時の食欲亢進にも関与‐
研究の背景
生物は食べ物が足りない状況になると、無駄なカロリーの消費を減らしたり、食欲を増やしたりして生命を維持しますが、どのような仕組みでこのような反応が生じるのかは、十分に分かっていませんでした。
研究の概要
生物は食べ物が足りない状況になると、無駄なカロリーの消費を減らしたり、食欲を増やしたりして生命を維持しますが、どのような仕組みでこのような反応が生じるのかは、十分に分かっていませんでした。
研究グループはマウスを用いて、肝臓がキーとなることで飢餓の際に必要以上のカロリー消費を抑え、食欲を高めることで、生命を守る仕組みを発見しました。
この体に備わった仕組みには、肝臓が非常に重要な役割を担っていることを世界で初めて解明しました。また、この仕組みは糖尿病で血糖値が高いときにも働いていることがわかり、食欲亢進の要因の一つと考えられます。
本研究は生命を維持する仕組みの解明のみならず、糖尿病患者さんが食べ過ぎることを防ぐ方法への応用にもつながることが期待されます。
今回の取り組み
今回、東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝科の高橋圭(たかはしけい)助教、片桐秀樹(かたぎりひでき)教授らのグループは、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子内分泌代謝学分野の山田哲也(やまだてつや)教授、山形大学医学部内科学第二講座の上野義之(うえのよしゆき)教授、東北大学大学院医学系研究科消化器病態学分野および東北大学病院消化器内科の正宗淳(まさむねあつし)教授らと共同で、このような体に備わっている仕組みの解明に取り組みました。
食べ物を食べると膵臓からインスリンというホルモンが血液中に分泌されます。食べ物が足りない場合はこの逆で、インスリンの分泌が減り血液中のインスリン濃度が低下します。研究グループは、肝臓が このインスリン濃度の減少を感知し、sLepRという タンパクを血中に放出することを見い出しました。さらに放出されたsLepRが、レプチン注2という血液中を流れるホルモンを捕捉して、レプチンが有している「カロリー消費を亢進したりする働きや食欲を抑制する働き」を止めることにより、カロリー消費を抑え、食欲を増やしていることを発見しました。
さらに研究グループは、食物の摂取が不足した際の生命の維持において、重要な役割を果たしていることを予想して、sLepRを分泌できないようにしたマウスを作成してみました。すると肝臓からのsLepRの分泌がなくなると、食物摂取不足の状態になってもカロリー消費が節約できず、その結果、生命が維持できなくなりました(図1)。つまりカロリー摂取の減少を肝臓が感知して生命を守る信号を送っているというこれまで知られていなかった仕組みを解明できたというわけです(図2)。
図1.通常マウス(グラフでは黒線)と肝臓からsLepRを分泌できないマウス(グラフでは青線)に対し、食物を減らす実験をしました。肝臓からsLepRを分泌できるマウスの生存率は100%でしたが、肝臓からsLepRを分泌できないマウスの生存率は最終的に55%になりました。このマウスでは、カロリー不足の状態にもかかわらずsLepRによるカロリー消費が節約できなくなっており、生存率が低下した原因
と考えられます。
図2カロリー不足に陥ると、肝臓からsLepRが放出され、脳でのレプチンの働きを止めます。すると、食欲の亢進やカロリー消費の減少が生じ、生命維持に有利となります。
さらに、この肝臓から分泌されるsLepRの血液中の濃度は、糖尿病の患者さんで、血糖値が高い時にも増加していることを見い出しました(図3)。肝臓でのインスリンの効きがわるくなると血糖値が上昇するわけですが、この仕組みがsLepRの血液中の濃度を上げてしまっていると考えられます。
図3糖尿病患者さんの血糖値と血液中のsLepRの関係を調べたところ、患者さんの血糖値が高いほど血液中のsLepRが多い、ということが分かりました。血糖値が高いと食欲が抑えられなくなる仕組みと考えられます。
研究のまとめ(ポイント)
1.マウスを用いて、飢餓の際に 生命を守る仕組みを発見し、肝臓が非常に重要な役割を
果たしていることを世界で初めて解明しました。
2.肝臓は、カロリー摂取の減少を血中インスリン濃度の低下を通じて感知し、血液中に
sLepR注1を放出することで、カロリー消費を節約し食欲を増やしているという機序を
解明しました。
3.この仕組みは、糖尿病の患者さんの血糖値が高い時(肝臓でインスリンが効いていないと
き)にも働いてしまい、血液中のsLepR濃度をあげていることを見出しました。sLepRは
食欲亢進の要因の一つと考えられます。
今後の展開
これまで、血糖値が上昇している時に食欲の亢進が生じやすいことが報告されていましたが、その理由は明らかになっていませんでした。今回の発見は、その理由の一つと考えられ、糖尿病患者さんが食べ過ぎることを防ぐ方法への応用に繋がることが期待されます。
研究グループ
東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝科の高橋圭(たかはしけい)助教、片桐秀樹(かたぎりひでき)教授ら。
用語説明
注1. sLepR:
sLepRは、注2で後述するレプチンを捕捉し、レプチンの働きを止めるタンパク。図左のように、sLepRがない場合、レプチンは脳にあるレプチン受容体に結合し、注2で後述する働きをします。しかし、図右のようにsLepRがある場合、レプチンはsLepRによって捕捉され、脳のレプチン受容体に結合できません。
注2. レプチン:
レプチンは、脂肪細胞から血中に分泌されるホルモンです。図のように、レプチンは脳のレプチン受容体に結合し、食欲を抑制させるとともに、カロリー消費を亢進させる働きがあります。上述のsLepRに捕捉されてレプチンの働きが止められると、この逆の状態となり、食欲は増え、カロリー消費は減ります。
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