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健康を科学で紐解く シリーズ160 「アルツハイマー病の解明に向けて」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


アミロイドβの線維形成が神経細胞膜上で加速するしくみ

~アルツハイマー病の解明に向けて~




 自然科学研究機構(生命創成探究センター/分子科学研究所)の矢木真穂准教授(名古屋市立大学大学院薬学研究科講師)、加藤晃一教授、西村勝之准教授は、同機構の奥村久士准教授、伊藤暁助教、筑波大学の柳澤勝彦教授と共同で、神経細胞の表層にある糖脂質に結合したアミロイド β の構造を初めて明らかにしました。




発表のポイント


 アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβタンパク質(Aβ)が神経細胞膜に存在する糖脂質である GM1 ガングリオシドに結合したかたちを調べたところ、Aβ がこれまでに知られていないユニークなかたちをとって集まっていることがわかりました。

さらに、この集合体は周囲の Aβ 分子に作用してそれらが線維化することを加速する“触媒場”としてはたらいていることを見出しました。


この発見は、神経毒性を持つ Aβ 線維の形成を加速する場を標的とする創薬の手がかりを与えることで、アルツハイマー病に対する新たな戦略を提供するものです。




研究の背景


 アルツハイマー病は、Aβ がアミロイド線維とよばれる異常な重合体を形成し、これが脳に蓄積することによって引き起こされることが知られています。Aβ が線維形成をする分子機構を解明することは、医学・薬学の分野において非常に重要な課題となっています。Aβ は、脳組織の神経細胞膜に存在する糖脂質である GM1 ガングリオシドに結合し、アミロイド線維の形成を促すことが報告されています。GM1 ガングリオシドを含む膜に結合した Aβ を特異的に認識する抗体(抗 GM1-Aβ 抗体)が存在することから、こうした環境におかれた Aβ 分子は何らかの特別な構造を形成していると考えられています。

しかし、その実体や線維形成を促進するメカニズムについてはこれまで明らかとなっていませんでした。




研究の成果


 研究グループは、固体核磁気共鳴分光法と分子動力学シミュレーションを用いて、GM1 ガングリオシドを含む膜に結合した状態の Aβ 分子の 3 次元立体構造を決定しました。

その結果、Aβ 分子は「つ」の字型に折れ曲がった状態で、交互に向きを変えながら膜上に並んでおり、結果的に 2 つの層(膜から遠い β1 層と膜に近い β2 層)を形成していることが明らかになりました(図)。

これまでに報告されている Aβ のアミロイド線維では Aβ 分子は同じ向きを向いて並んでいることから、GM1 ガングリオシドを含む膜上では Aβ はこれとは全く異なるかたちの集合体を形成していることがわかりました。このユニークな Aβ 集合体はアミロイド線維に変化するのではなく、他の Aβ 分子がアミロイド線維を形成するのを助ける触媒として働くこともわかりました。この働きには膜表面で露出度の高い β1 層が密接に関わっていると推測されます。抗 GM1-Aβ 抗体はこの部分を特異的に認識していることも明らかになりました。


【図】

(A)神経細胞膜上において、Aβ 分子は「つ」の字型に折れ曲がった状態で、交互に向きを変えながら膜上に並んでおり、2 つの層(膜から遠い β1 層と膜に近い β2 層)を形成している。この Aβ 集合体は周囲の Aβ 分子に作用してそれらが線維化することを加速する“触媒場”としてはたらく。

(B)これまでに報告されている Aβ のアミロイド線維では、Aβ 分子は同じ向きを向いて並んでいる。




成果の意義および今後の展開


 本研究では、神経細胞に含まれる GM1 ガングリオシドを含む膜上において、アミロイド線維形成を促進する触媒となる Aβ の立体構造を明らかにすることができました。


最近、Aβ の重合体を標的とする様々な治療用抗体が開発されていますが、これらの抗体はアミロイド線維やその前駆体に対して結合するものです。本研究で解き明かした Aβ 集合体はそれらとは全く異なるかたちをしており、抗 GM1-Aβ 抗体はこうしたユニークな構造を認識して結合していることになります。


本研究は、脳組織でアミロイド線維を紡ぎ出すプラットフォームの構造的実体をはじめて突き止めたものであり、その存在を検出することはアルツハイマー病の発症リスクを予測することにつながり、その働きを抑えることで病気の進行を抑える道を開くものと期待されます。本研究で明らかにした Aβ 分子の立体構造はアルツハイマー病に対する新たな戦略を提供するものです。




用語解説


1. アミロイド線維


タンパク質が線維状に凝集してできた物質。Aβ が凝集してできたアミロイド線維がアルツハイマー病の発症に関与していると言われている。


2. 固体核磁気共鳴分光法


磁場中に置かれた原子核が固有の周波数の電磁波と共鳴する現象を核磁気共鳴という。この現象を用いて動きが制限された分子の構造などを調べる実験手法を固体核磁気共鳴分光法という。


3. 分子動力学シミュレーション


原子や分子の配置から力を計算し、ニュートンの運動方程式を数値的に解くことで仮想的に原子や分子の運動をコンピューター上で再現する計算手法。

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