未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
生体の骨格筋におけるmiRNAの生物学的半減期を解明
発表のポイント
1.マウス成熟骨格筋で新たに合成されたmiRNAを標識・追跡する技術および逆遺伝学的な
アプローチにより、生体の骨格筋におけるmiRNAの生物学的半減期を明らかにした。
2.骨格筋に発現するmiRNAは、心臓や肝臓に発現するmiRNAと比較し、生物学的半減期が
短いことが明らかになった。
3.miRNAは動物の個体発生やがん、心血管疾患などのさまざまな生命現象に重要な機能を
持つことが知られているが、その非常に安定な可能性がある生体骨格筋のmiRNAの生物
学的半減期を調べることによって、各々の組織におけるmiRNAの代謝動態の多様性に関
して理解が深まることが期待できる。
概要
早稲田大学スポーツ科学学術院の秋本 崇之(あきもとたかゆき)教授、及川 哲志(おいかわ さとし)元助教(現ハーバード大学ポスドク)らの研究チームは、タンパク質へ翻訳されないRNAの1つであるマイクロRNA(miRNA)の骨格筋における安定性に着目し、RNAを標識・追跡する技術および逆遺伝学的なアプローチから、生体の骨格筋におけるmiRNAの生物学的半減期を明らかにしました。
これまでの研究で分かっていたこと
miRNAはタンパク質へ翻訳されないRNA(ノンコーディングRNA)の1つであり、標的とするメッセンジャーRNA(mRNA)に働きかけることで、mRNAからタンパク質への翻訳を抑制します。現在までにmiRNAは、動物の個体発生やがん、心血管疾患などのさまざまな生命現象に重要な機能を持つことが知られています。さらにmiRNAの生合成に関する研究も精力的に進められ、生合成や機能を調節する分子メカニズムが徐々に明らかになってきました。
一方で、miRNAの安定性や分解およびそれらを調節する分子メカニズムはほとんど明らかになっていません。培養細胞を用いたこれまでの研究などから、miRNAはmRNAと比べて約10倍以上の安定性を有することが知られていました。マウスの組織を用いた研究でも、半減期が10日以上と推定されるmiRNAが心臓(miR-208a)や肝臓(miR-122)に発現していることが報告されたことから、miRNAは生体組織において特に安定して存在する可能性が考えられていました。
私たちの研究グループでも、miRNAの生合成に必須の遺伝子であるDicer1を薬剤誘導性に欠損させたところ、4週間後の骨格筋におけるmiRNAの発現量は50%ほどしか低下しないことを観察していました。これらの結果から、生体骨格筋のmiRNAは非常に安定な可能性があり、生体内に長い時間存在・機能し、その半減期は約4週間と推定されていました。
今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
骨格筋に存在するmiRNAが優れた安定性を有するかどうかを明らかにするため、今回我々はマウス成熟骨格筋で新たに合成されたmiRNAを標識・追跡する技術と逆遺伝学的なアプローチを用いて、マウスの骨格筋におけるmiRNAの生物学的半減期を測定しました。
RNAを構成するヌクレオチドの1つであるウリジンと類似した構造を持つ5-Ethynyl Uridine(5-EU)をマウスへ投与し、その後、骨格筋を経時的に採取してmiRNAに含まれる5-EUを測定することで、新しく合成されたmiRNAを追跡しました。
その結果、miRNAの半減期は比較的短い(11~20時間程度)ことが明らかになりました。さらに、高い安定性を持つことが期待されたmiR-23aを薬剤誘導性に欠損するマウスを新たに作出し、薬剤投与後のmiR-23aの発現を測定したところ、miR-23aは骨格筋中で速やかに減少しました。
図1:miRNAを標識・追跡する技術を用いて測定したマウスの骨格筋におけるmiRNAの
相対発現量(左)とそれらの生物学的半減期(右)
以上のことから、私たちが立てた当初の仮説とは異なり、成熟した骨格筋のmiRNAは速やかに代謝されることが明らかとなりました。
今回の研究で得られた結果および知見
本研究から、心臓や肝臓に発現するmiRNAと比較して、骨格筋に発現するmiRNAの生物学的半減期が短いことが明らかになりました。
このことから、各々の組織におけるmiRNAの代謝動態の多様性に関して理解が深まることが期待されます。
さらに、その多様性を調節する分子メカニズムに関して今後研究が発展していくことが考えられます。
今後の課題
今回、成熟骨格筋のmiRNAは安定した分子ではなく、速やかに代謝される可能性が示されましたが、このようなmiRNAの素早い代謝がどのように調節されているかは明らかではありません。
さらに今回の研究から、比較的優れた安定性を有するmiRNA(miR-133a)とそうでないもの(miR-1, miR-206)が存在することが明らかになりました。
今後は、miRNAの安定性や分解を調節する分子メカニズムを探索すると共に、個々のmiRNAの安定性の違いやそれらが如何に調節されているかについても検討を行っていきたいと考えています。
研究者のコメント
わずか20年ほど前に発見されたこの小さなRNAの生体における機能が徐々に明らかにされるにつれ、この種のRNAが我々の身体で大きな働きを果たしていることが理解されるようになってきました。
miRNAはRNA創薬の標的としても有力と考えられており、今後これらのRNAの詳細な動態を理解することで人の「知」や「健康」に少しでも貢献できればと思います。
用語解説
※1:ノンコーディングRNA
タンパク質へ翻訳されるmRNAと反対に、RNAそのものとして機能するRNAの総称。約20塩基長のmiRNAから、200塩基長を超える長鎖ノンコーディングRNAなど、さまざまな種類が存在する。
※2:生物学的半減期
組織に存在する特定の物質の量が、代謝などによって当初の量の1/2まで減少する時間のこと。
※3:逆遺伝学
ある特定の遺伝子を選択的あるいは誘導的に破壊して表現型を観察することで、その遺伝子の機能を解析する方法のこと。
Comments