未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
難治性小細胞肺がんの新たなる治療法を発見
―難治性がんの根底に秘められた悪性化メカニズムを解明―
発表のポイント
1.小細胞肺がんでは HPRT1 という核酸代謝酵素が最も発現上昇しており、小細胞肺がん
の悪性化に寄与する。
2.HPRT1 を阻害する抗がん剤である 6-MP が小細胞肺がんの増殖を顕著に抑制する。
3.6-MP に加え、新規核酸合成反応を阻害する MTX と宿主のグルタミン合成阻害剤で
あるMSO の併用は小細胞肺がん患者の予後を改善する効果的治療法となる可能性があ
る。
概要
小細胞肺がんは 5 年生存率が 7%と全てのがん種の中でも最も予後不良であり、「治療困難ながん」と称される非常に悪性度が高い腫瘍です。しかし、小細胞肺がんには特異的かつ効果的な治療法が存在しないことから、小細胞肺がんにおける新規治療法の確立が待望されていました。
そのような中、今回九州大学生体防御医学研究所の中山 敬一 主幹教授、小玉学 助教、九州大学大学院 消化器・総合外科の吉住朋晴先生、豊川剛二先生の研究グループは、小細胞肺がんの悪性化に必須の代謝メカニズムを標的とした効果的治療法を樹立しました。
最初に、本研究グループは独自に開発したプロテオミクス技術である iMPAQT(※1)システムを用いて、ヒト小細胞肺がんの悪性化過程の網羅的代謝酵素発現変化を追跡しました。その結果、小細胞肺がんでは、DNA と RNA のもととなる核酸の合成を促す代謝酵素群の発現上昇が最も顕著に生じていることを発見しました。核酸の合成にはグルタミンを利用して新規の核酸を合成する経路と、核酸の分解産物であるヒポキサンチンを利用して核酸を再合成するサルベージ経路があり、サルベージ反応は HPRT1(※2)という代謝酵素が担っています。小細胞肺がんでは核酸合成酵素群の中でもこの HPRT1 の発現上昇が最も顕著に生じていることが明らかになりました。
これらの結果から本研究グループは HPRT1 を阻害する抗がん剤である 6-MP(※3)を患者由来小細胞肺がん移植したマウスに投与したところ、腫瘍の増殖を効果的に抑えることが明らかになりました。6-MPに加え、DNA と RNA の新規合成経路を阻害する抗がん剤である MTX(※4)と、新規核酸合成に必須の栄養基質であるグルタミン合成阻害剤である MSO(※5)を併用したところ、腫瘍抑制効果が飛躍的に増強することを突き止めました。
この 6-MP、MTX、MSO の3剤併用効果は既存療法の効能を超越する可能性を秘めた小細胞肺がん患者の新たなる治療法となることが期待されます。
本研究結果は、小細胞肺がんに対する新規的治療法を新たに提案するものであり、今後の臨床への応用が期待されます。
MSO+MTX+6-MP 併用による効果的な核酸合成反応阻害は小細胞肺がんの新規治療法となる。
背景と経緯
小細胞肺がんは 5 年生存率が 7%と全てのがん種の中でも最も予後が不良であり、「治療困難ながん」と称される非常に悪性度が高い腫瘍です。しかし現在から約 40 年前に確立された既存の化学療法の効能を超越する治療法が見つからず、小細胞肺がんに対する新規的かつ効果的な治療法は確立されていませんでした。このような背景から、小細胞肺がん患者の予後延伸を可能とする新規治療法の確立が待望されていました。
研究の内容と成果
近年の報告から、小細胞肺がんはその高速な増殖能と悪性性を維持するために代謝依存性を高めていることが明らかとなってきました。しかし細胞代謝機構は 1200 種以上もの代謝酵素による複雑な化学反応系から成り立つ分子システムであるため、小細胞肺がんの悪性化に必須の代謝システムは謎に包まれたままでした。
そこで本研究グループは、ヒト小細胞がんに発現する全代謝酵素を網羅的に定量可能な次世代プロテオミクス技術である iMPAQT システムを駆使し、ヒト小細胞がん悪性化における代謝変化の解明に挑みました (図 1)。
図 1: iMPAQT システムは、小細胞肺がんに発現する代謝酵素の網羅的解析を可能にする
小細胞肺がんの代謝表現型を明らかにするため、小細胞肺がん患者 12 名、肺扁平上皮がん患者 12名、肺腺がん患者 12 名から腫瘍検体を獲得し、タンパク質レベルでの代謝酵素発現量比較解析を行いました (図 2A)。
その結果、小細胞肺がんでは、DNA と RNA のもととなる核酸の合成を促す代謝酵素群の発現上昇が最も顕著に生じていることを発見しました。核酸の合成にはグルタミンを利用する新規核酸合成経路と、核酸の分解産物であるヒポキサンチンを利用して核酸を再合成するサルベージ経路がありますが、小細胞肺がんでは核酸合成酵素群の中でも HPRT1 の発現上昇が最も顕著に生じていることを明らかにしました (図 2B)。
更に HPRT1 の発現量から小細胞肺がん患者の生存解析を実施したところ、HPRT1 の発現量増加に伴い患者死亡リスクが上昇することがわかりました (図 2C)。
図 2: 小細胞肺肺がんでは HPRT1 の発現上昇が生じる
小細胞肺がんで過剰に発現上昇している HPRT1 の機能を解析するため、HPRT1 遺伝子をノックアウトした小細胞肺がん株を樹立しました。その結果、HPRT1 遺伝子をノックアウトした小細胞肺がん株ではコントロール細胞と比較し、がん細胞の特徴的な増殖表現型であるヌードマウスでの造腫瘍形成能が顕著に抑制されていることが明らかになりました (図 3)。
図 3: HPRT1 の阻害は小細胞肺がんの増殖を強力に抑制する
更に、HPRT1 を阻害剤である 6-MP を患者由来腫瘍 (PDX: Patient derived xenograft) を生着させたヌードマウスへ投与したところ、PDX の腫瘍形成能を抑制しました。6-MP に加え、DNA と RNAの新規合成経路を阻害する抗がん剤である MTX と、新規核酸合成に必須の栄養基質であるグルタミン合成阻害剤である MSO を併用したところ、腫瘍抑制効果が飛躍的に増強し、宿主の生存期間を延伸することを突き止めました (図 4)。
図 4: MSO+MTX+6-MP 併用療法は小細胞肺がんの予後を改善する
今後の展開
本研究は、予後不良な小細胞肺がんの効果的治療の創出を目的として実施されました。
がん細胞の増殖は DNA、RNA 合成速度が律速となっているため、特に宿主体内での増殖が早く悪性性が高い小細胞肺がんの効率的な核酸合成阻害は実臨床で既存療法を超える治療効果をもたらす可能性が期待されます。
用語解説
(※1) iMPAQT システム (in vitro proteome-assisted MRM for Protein Absolute QuanTification):
ヒト細胞に発現する約 18000 種類のタンパク質の絶対定量を可能とした質量分析システム。iMPAQTシステムによりがん細胞に発現する約 1200 種の全代謝酵素の定量も可能となります。
(※2) HPRT1 (ヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ):
プリン塩基を利用して DNA、RNA などの核酸の合成を行う代謝酵素。
(※3) 6-MP:
HPRT1 の代謝反応を直接的に阻害する抗がん剤。
(※4) MTX:
新規核酸合成に必須の葉酸合成を阻害する抗がん剤。
(※5) MSO:
細胞内、体内でのグルタミン合成反応を阻害する阻害剤。哺乳類動物に MSO を投与すると体内でのグルタミン合成が阻害され、血漿中のグルタミン量が減少しがん細胞のグルタミン取り込み量が減少する。
Comments