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健康を科学で紐解く シリーズ164 「神経炎症時の活性化グリア細胞の産生機構の解明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


神経炎症時の活性化グリア細胞の産生機構の解明

―神経変性疾患の創薬標的の可能性―




概要


 京都大学大学院医学研究科 小林亜希子特定准教授、吉原亨同特定講師、萩原正敏同教授、京都大学白眉センター Andres Canela 特定准教授らの研究グループは、神経炎症でみられる活性化アストロサイトの産生機構を明らかにし、グリア標的薬アルジャーノン2の経口投与によりアルツハイマー病モデルマウスの神経脱落が抑制され、認知機能が改善されることを見出しました。


本研究結果は、アルツハイマー病などの神経変性疾患に共通の神経炎症時にみられる活性化グリア細胞を標的とすることにより、神経炎症を呈する幅広い疾患に対する創薬可能性を示唆しています。



研究の概要図

神経変性疾患などで引き起こされている神経炎症では、ミクログリアが活性化しており、過剰な炎症性サイトカインが放出されています(①)。

そのため本来神経細胞を支える機能をもつアストロサイトが活性化され、神経細胞死を引き起こす因子が放出されます(②)。

その結果、神経の変性がおこり、認知機能低下などに至ります(③)。

グリア機能制御薬アルジャーノン 2 投与により Nrf2 転写因子が安定化され(④)、

活性化アストロサイト遺伝子産生が抑制されます(⑤)。

その結果、神経細胞の生存・認知機能の改善へつながります(⑥)。




背景


 脳には神経細胞とそれを支えるグリア細胞が存在します。グリア細胞のなかでもアストロサイト(星状細胞)といわれる細胞は、脳組織の中で一番数が多く、神経細胞に栄養を送り、神経細胞の機能が発揮できるようサポートしたり、神経保護をしたりしています。

ところが「神経炎症」といわれる病的な状態では、過剰に産生されたサイトカインに反応してアストロサイトは活性化し、神経細胞死を引き起こす「活性化アストロサイト」に変容します。「神経炎症」はアルツハイマー病やパーキンソン病などの進行性神経変性疾患の特徴と言われており、「活性化アストロサイト」はこれら神経変性疾患の患者脳でみつかっています。このことから、「活性化アストロサイト」の産生を抑制すれば、これらの進行性神経脱落を示す神経変性疾患を抑えられるのではないかと示唆されていました。




研究成果


 研究グループは、「活性化アストロサイト」の産生を制御するキー分子として炎症を抑制することが知られている Nrf2 という転写因子に着目しました。Nrf2 は酸化ストレス時に抗酸化遺伝子群の発現誘導を制御するマスター転写因子であると同時に、炎症性サイトカインの転写を抑制することでも知られています。神経炎症を起こしているアルツハイマー病モデルマウス(5xFAD)の脳組織で「活性化アストロサイト」がどうなっているのかを検討しました。5xFAD マウスではアミロイド斑蓄積により神経炎症が起こり、活性化ミクログリアと活性化アストロサイトが観察されます(図 1 パネル中段)。研究グループは Nrf2 遺伝子が欠損していると、5xFAD マウス脳で「活性化アストロサイト」の産生がより亢進していることを見出しました(図1パネル下段)。このことから Nrf2 が神経炎症時の活性化アストロサイト産生を制御していることが示唆されました。


そこで、次にクロマチン免疫沈降 シーケンス(ChIP-seq)を 行い 、Nrf2 と炎症制御転写因子 NF-κB のp65 サブユニットが「活性化アストロサイト」遺伝子の転写開始領域にどのように分布しているかを調べました(図 2)。その結果、神経炎症時に「活性化アストロサイト」遺伝子の転写開始領域への NF-kB の p65 サブユニットの集積が、Nrf2 存在下で抑制されることを見出しました(図 2 緑下段)。さらに新生RNA シーケンス法を用いて、神経炎症時の遺伝子発現を網羅的に確認したところ、クロマチン免疫沈降シーケンスの結果と相関して、Nrf2 存在下で活性化アストロサイト遺伝子の発現が抑制されていることがわかりました(図 2 青下段)。この結果から、Nrf2 は神経炎症時に「活性化アストロサイト」の産生を制御することが判りました。


図1Nrf2 欠損は神経炎症脳における活性化アストロサイトの産生を促進する

野生型マウスとアルツハイマー病モデルマウス(5xFAD)の海馬組織の染色像。5xFAD マウスでは Iba1 で示されるミクログリアがアミロイド斑周囲に集積し、さらに GFAP、C3 で示される活性化アストロサイトが観察される(中段パネル)。Nrf2 がノックアウトされた脳組織では活性化アストロサイトの産生が亢進しているのが確認された(下段パネル)




図2Nrf2 は NFkB による活性化アストロサイトの遺伝子発現を抑制する


アストロサイトにおける p65, Nrf2ChIP-seq と新生 RNA-seq の一例︓活性化アストロサイト遺伝子 C3 転写開始領域神経炎症時には NF-κB サブユニット p65 が C3遺伝子転写開始領域に集積するが(緑中段)、Nrf2 存在下ではその集積が抑制される(緑下段)。Nrf2 は神経炎症時に C3 遺伝子転写開始領域に集積する(オレンジ)。C3 遺伝子発現は神経炎症時に誘導されるが(青中段)、Nrf2 存在下では抑制される(青下段)。














 それでは、Nrf2 を介して「活性化アストロサイト」の誘導を抑制すると、アルツハイマー病のような神経炎症を伴う疾患の発症を抑制できるのでしょうか︖私たちは、以前に見出した Nrf2 タンパク質を安定化することができる化合物アルジャーノン2を 5xFAD マウスに飲ませました。その結果活性化アストロサイトの産生と神経脱落の抑制および認知機能の改善が観察されました(図3)。


図 3 アルジャーノン2は神経細胞の脱落を抑制し、認知機能を改善する

A 5xFAD アルツハイマー病モデルマウス海馬台の Fluoro-Jade C (FJC)染色による変性神経細胞の検出。ALG2 投薬により神経脱落が抑制される。

B 受動忌避テストによる認知テスト。1日目に暗室に入ったときに足電気ショックを受けることにより、マウスは暗室への入室を避けるようになる(2日目)。5xFAD アルツハイマー病モデルマウスで低下した学習スコアがアルジャーノン2投与により改善する。



 以上の結果から、Nrf2 経路により神経炎症時の「活性化アストロサイト」の産生を抑制することで、神経細胞死を抑え、認知機能の低下を抑制できることが示唆されました。




波及効果

 

 神経炎症は神経変性疾患で共通してみられる現象です。この研究では、神経炎症時に産生される「活性化アストロサイト」を標的とすることにより、神経の変性を抑え、認知機能低下を抑止できることを示しました。この結果は、グリア細胞を標的とすることで、アルツハイマー病などの神経変性疾患に対する創薬可能性を示しています。


また本研究で用いたグリア標的薬アルジャーノン 2 は当初ダウン症でみられる低下した神経新生を促進する化合物として同定され、さらにグリア細胞において細胞周期因子サイクリン D1-p21 の分解を抑制することにより、Nrf2 という転写因子を安定化することが明らかとなっています。


Nrf2 は炎症性サイトカイン産生を抑制する機能に加え、神経保護に寄与する遺伝子群の発現を誘導します。アルジャーノン2により Nrf2 経路を活性化できれば、神経炎症の軽減に加えて神経保護効果も期待できます。


現在アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患に対する治療薬が待たれていますが、研究結果で示されたようにアルツハイマー病などの神経変性疾患でみられる神経炎症による神経脱落疾患など、今後幅広い適用が期待されます。




用語解説


グリア細胞

普段は神経細胞を支えているが、神経変性疾患では活性化して過剰なサイトカインを産生し、神経細胞死を誘導する因子を放出する。


サイトカイン

免疫系細胞から分泌される生理活性物質


Nrf2

酸化ストレス時には抗酸化酵素や解毒代謝酵素の発現を誘導し、また炎症性サイトカイン遺伝子群の発現を抑制する分子。


NF-kB

炎症時の遺伝子発現を制御するマスター転写因子。二量体で p65 はサブユニットの一つ。


アルジャーノン2

グリア標的薬。細胞周期G1期の因子群 cyclinD1/p21 の安定化を介して Nrf2 を安定化する。




研究者のコメント


 私たちの研究室では従来の薬剤治療が困難であった疾患に対する治療薬候補物質を研究開発しています。今回の研究成果は、当初ダウン症治療を目的に神経新生を促す化合物探索として始めた研究ですが、研究を進めるうちにアルジャーノン2は大人の脳組織ではグリア細胞に働きかけて神経炎症抑制を通して神経保護作用をもつということを見つけることができました。


この基礎研究がダウン症や神経変性疾患などの治療につながることをめざして今後も続けていきたいと思います。

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