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健康を科学で紐解く シリーズ165 「健康寿命延伸に向けたサルコペニアの治療法開発に光」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


骨格筋由来因子マイオネクチンによるサルコペニア防御機構の解明

〜健康寿命延伸に向けたサルコペニアの治療法開発に光〜




発表のポイント


1.高齢化社会における健康寿命延伸にサルコペニア治療法の開発は急務の課題である。


2.骨格筋萎縮モデルにおいてマイオネクチンは骨格筋量を増加させ骨格筋機能を改善する。


3.サルコペニアに対する運動療法の有効性のメカニズムに、マイオネクチンの関与が示唆さ

 れる。


4.マイオネクチンの骨格筋保護機構がはじめて示され、マイオネクチンは加齢、廃用性

 萎縮、薬剤性等の様々な筋萎縮に対する新たな治療標的になることが期待される。




要旨


 骨格筋由来因子マイオネクチンによるサルコペニア防御機構の解明〜健康寿命延伸に向けたサルコペニアの治療法開発に光〜国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学大学院医学系研究科分子循環器医学(興和)寄附講座の大橋浩二 特任准教授、大内乗有 特任教授、循環器内科学の尾崎祐太大学院生、加藤勝洋 病院助教、室原豊明 教授の研究グループは、骨格筋由来分泌因子であるマイオネクチンのサルコペニア※1 に対する防御作用とそのメカニズムを明らかにしました。


 加齢に伴う骨格筋量と機能の低下を特徴とするサルコペニアは心血管疾患の病態との関連や健康寿命の短縮に繋がることが報告されています。サルコペニアの予防・改善に運動療法の有用性が示されていますが有効な薬物療法は確立されていません。

以前、我々は運動により発現増加を示す骨格筋由来因子、マイオネクチンが心臓保護作用を有することを報告しました。今回、坐骨神経切断あるいはデキサメタゾン※2投与による筋萎縮モデルにおいて、マイオネクチン欠損マウスは野生型マウスに比べて筋重量が低下し、筋断面積も減少していました。除神経後の骨格筋での RNA シークエンス※3 による遺伝子発現と、Western blot 法※4 による蛋白発現の解析では、マイオネクチン欠損マウスの骨格筋において AMPK/PGC-1α※5 シグナルとミトコンドリア※6 生合成関連分子の発現が低下していました。マイオネクチン欠損マウスの除神経後の骨格筋ではミトコンドリア量および機能の低下を示し、マウスの骨格筋へのマイオネクチンの投与は除神経による筋重量と筋断面積低下を抑制し、その作用は AMPKの活性化を介していました。さらに、高齢マイオネクチン欠損マウス(80 週齢)は同週齢の野生型マウスと比較し、筋重量は減少し、筋力と自走距離も低下していました。早期老化を示す SAMP8 マウス※7 の解析では、マイオネクチンの骨格筋への投与によりPGC1αの発現上昇を伴う筋重量と筋断面積の増加を認めました。

従って、マイオネクチンは AMPK/PGC1α経路を介したミトコンドリア機能の活性化により骨格筋機能を改善することが示されました。




背景


 医療技術の進歩により平均寿命は伸び続けている一方で、健康上の理由で日常生活が制限されることのない、所謂健康寿命との乖離が社会問題になっています。悪性疾患や脳梗塞等の心血管病に加え、加齢に伴う骨格筋量と機能低下を特徴とするサルコペニアも平均寿命と健康寿命の乖離に深く関わっています。


サルコペニアの予防・改善に運動療法の有効性は確立されていますが、寝たきり等で運動ができない場合の治療法は確立されていません。以前、我々は運動により発現増加を示す骨格筋由来因子、マイオネクチンが心臓虚血再灌流傷害後の心臓保護作用を有することを報告しました(Circ Res.2018)。

今回マイオネクチンのサルコペニアに対する防御作用とそのメカニズムを明らかにしました。




研究成果


(1)加齢サルコペニアモデルでの解析:

マイオネクチン欠損(Myo-KO)マウスを作製し、対象の野生型(WT)マウスと 80 週齢時点で、筋力、自走距離、筋重量、筋繊維面積を評価しました。Myo-KO マウスは WT マウスと比較して、筋力、自走距離、骨格筋重量、筋繊維断面積全て低下しており、早期老化を示す SAMP8 マウスにマイオネクチンを筋肉内投与することで、加齢に伴う筋重量、筋繊維面積が改善することを見出しました。


(2)筋萎縮モデルでの解析:

Myo-KO マウスと WT マウスに坐骨神経切断、もしくはデキサメタゾン投与による筋萎縮モデルを作製したところ、Myo-KO マウスは WT マウスと比較して、筋重量、筋繊維面積ともに低下しており、マイオネクチンの筋肉内投与により改善しました。さらに Duchenne 型筋ジストロフィー※8 モデルである mdx マウス※9 にマイオネクチンの筋肉内投与をすることで、筋重量の低下を遅延させることも見出しました。


(3)メカニズムの解明:

Myo-KO マウスと WT マウスに坐骨神経切断筋萎縮モデルを作製し、萎縮骨格筋における遺伝子プロファイルを RNA シークエンスにて網羅的に解析したところ、Myo-KO マウスは WT マウスと比較して、AMPK/PGC1αシグナルが低下していることが明らかになりました。これに伴いミトコンドリア量と機能も低下していることが明らかになりました。またマイオネクチン投与による筋萎縮抑制作用は、骨格筋特異的に AMPK シグナルを抑制するとキャンセルされ、PGC1α4※10 の過剰発現により骨格筋量の増大を示すことから、マイオネクチンによる筋萎縮抑制作用は AMPK/PGC1α(PGC1α4)シグナルを介することが明らかになりました。





今後の展開


 サルコペニアの確立した治療法はなく、近年筋萎縮作用を有するミオスタチン※11 を標的とした治療法が試みられています。しかしミオスタチン受容体抗体、ビマグルマブ※12 によるミオスタチンシグナルの阻害により、筋肉量のある一定の増大は認められたものの、身体機能や歩行距離は改善しなかったことが報告されています。


今回我々の見出したマイオネクチンは骨格筋量のみならず、ミトコンドリア機能促進による骨格筋機能を改善することが明らかになり、マイオネクチンを標的としたサルコペニアの治療法開発を展開していきたいと考えています。




用語説明


※1. サルコペニア:

加齢に伴う骨格筋量の低下。


※2. デキサメタゾン:

合成副腎皮質ホルモン(ステロイド)の一つで抗炎症作用を有し膠原病等の治療に用いられるが、長期使用で骨格筋萎縮を来す。


※3. RNA シークエンス:

次世代シークエンサーを用いて遺伝子発現を網羅的に解析する手法。


※4. Western blot 法:

SDS-PAGE を行った後に、タンパク質をメンブレンに転写し抗体を用いて特定のタンパク質を検出する方法。


※5. AMPK/PGC1α:

骨格筋において AMPK/PGC1αシグナルはミトコンドリア生合成を促進し、脂肪酸酸化の促進や糖取り込みをさせる。


※6. ミトコンドリア:

真核生物の細胞内に存在する細胞小器官の一つであり、ATP の主な産生器官である。


※7. SAMP8 マウス:

Senescence-associated mouse prone(SAMP)は早期の老化を示す系統として確立された SAMP1~SAMP10 マウスの一つであり、比較的早期にサルコペニアを呈する。


※8. Duchenne 型筋ジストロフィー:

X 染色体上のジストロフィン遺伝子変異で、幼児期から筋力低下を呈する。


※9. mdx マウス:

Duchenne 型筋ジストロフィーのモデルマウス。


※10. PGC1α4:

PGC1αのスプライシングバリアントの一つで、他のバリアントと比較して骨格筋量増加に作用する。


※11. ミオスタチン:

骨格筋で産生され、骨格筋増殖、肥大を抑制する因子。


※12. ビマグルマブ:

ミオスタチンの受容体である、アクチビン II 型受容体のモノクローナル抗体で、ミオスタチン/アクチビン II 受容体シグナルを抑制し、骨格筋増殖、肥大を促進する。

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