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健康を科学で紐解く シリーズ16  「健診と連携してパーキンソン病予備群を診断」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


健診と連携してパーキンソン病予備群を診断

-アンケートと画像検査によるリスク評価法の確立-



研究の背景


 認知症を含む神経変性疾患では異常蛋白質の蓄積が臨床症状の発症に 10〜20 年以上先行して生じていることが明らかとなってきており、発症前に病態を抑制することが重要であると考えられています(図 1)。


レビー小体病はαシヌクレインの神経細胞内蓄積を病理学的特徴とする神経変性疾患であり、パーキンソン病(PD)とレビー小体型認知症(DLB)を含む疾患概念です。PD は動作緩慢などの運動障害と認知機能障害を呈し、国内患者数は 20 万人程度と推定されています。一方 DLB は国内患者数 60~90 万人程度と推定され、アルツハイマー型認知症に次いで頻度の高い認知症であり、幻視などの認知機能障害とパーキンソン病に似た症状を呈します。


PD に対しては L-dopa をはじめとするドーパミンに関連する薬剤やゾニサミドなどの非ドーパ薬、また DLB に対してはドネペジルとゾニサミドが治療薬として承認され臨床で使用されていますが、これらの治療薬は症状を改善するのみで、病気の根本原因を抑えるものではく、そのため長期予後の面で限界があります。とくに PD では発症後数年は内服治療により運動症状が比較的良好にコントロールされますが、その後はウェアリングオフ※8やジスキネジア※9などの運動障害が高度となることが知られています。その主な要因として、神経症状の発症時にすでに神経変性が進行していることが挙げられます。例えば、PD 患者では発症時に既に50%以上のドーパミンの神経細胞が脱落(死滅)していることが知られており、神経症状を発症する間の期間に神経変性を抑制する根本的治療法(疾患修飾療法)を開始することが必要と考えられています。


近年、レビー小体病では神経症状の発症 10~20 年前から便秘やレム睡眠行動異常症(RBD)、嗅覚障害などの prodromal(前駆)症状を呈することが注目されています。また、画像検査(ドーパミントランスポーターシンチグラフィー(DaT-SPECT)や MIBG 心筋シンチグラフィー)による早期診断も可能であることが明らかとなりつつあります。しかし、一般人口における prodromal 症状の保有率は十分に明らかとなっておらず、神経症状を発症する前のハイリスク者を抽出する方法は不明でした。


 そこで、我々は、久美愛厚生病院(岐阜県高山市)、だいどうクリニック(愛知県名古屋市)の健診センターと連携し、これらの施設の健診受診者(年間約 1 万人)を対象としたレビー小体病の prodromal症状に関する調査とハイリスク者のレジストリ構築を目的に研究を開始しました。これまでの研究結果から、50 歳以上の健診受診者の約 8%が自律神経障害、嗅覚低下、RBD のうち 2 つ以上のprodromal 症状を有するハイリスク者に該当することが明らかとなっていました(図 2, Hattori etal.J Neurol 267(5):1516-1526, 2020 を改変)。今回我々は、質問紙によって抽出したハイリスク者 69 名と、prodromal 症状を有しないローリスク者 32 名の両群に対し、レビー小体病に関する精密検査を実施することで、ハイリスク者の臨床的特徴を明らかにする目的で本研究を実施しました。





研究の概要


 名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野 雅央教授、服部 誠客員研究員(筆頭著者)らの研究グループは、国立研究開発法人国立長寿医療研究センターと共同で行った、難治神経変性疾患※1のひとつであるレビー小体病(パーキンソン病(PD)※2とレビー小体型認知症(DLB)※3を合わせた名称)を対象とした臨床研究において、質問紙調査と画像検査を組み合わせることで、健康診断の受診者において将来のレビー小体病発症リスクを検出する方法を明らかにしました。


 レビー小体病はαシヌクレイン※4の神経細胞内蓄積を病理学的特徴とする神経変性疾患であり、パーキンソン病とレビー小体型認知症を含む疾患概念です。近年、レビー小体病では神経症状の発症 10〜20 年前から便秘やレム睡眠行動異常症(RBD)※5、嗅覚低下などの prodromal 症状(前触れ症状)が現れることが注目されていましたが、運動症状や認知機能障害が出現する前にレビー小体病予備群を抽出する方法は明らかではありませんでした。


 勝野教授らの研究チームは、久美愛厚生病院(岐阜県高山市)、だいどうクリニック(愛知県名古屋市)の健診センターと連携し、これらの施設の健診受診者(年間約 1 万人)を対象としたレビー小体病の prodromal 症状に関する質問紙(アンケート)調査を実施しました。これまでの研究結果から、50 歳以上の健診受診者の約 8%が 2 つ以上の prodromal 症状を有するハイリスク者に該当することが分かっていました(Hattori et al.J Neurol 267(5):1516-1526, 2020)ので、本研究では質問紙調査で異常のあったハイリスク者 69 名と異常のなかったローリスク者 32名の両群に対して、運動機能、認知機能、生理機能、ドーパミントランスポーターシンチグラフィ(DaT-SPECT)※6や MIBG 心筋シンチグラフィ※7などの画像検査を含む精密検査を実施しました。その結果、ハイリスク者では軽度の認知機能低下と嗅覚低下を認め、DaT-SPECT の異常率が約 4 倍高いことが明らかとなりました。


 神経症状を有しないハイリスク者を通常診療で同定することは極めて困難でしたが、本研究の結果から、健康診断制度を活用し、質問紙と画像検査を組み合わせることでレビー小体病予備群が抽出可能であることが明らかとなりました。



研究の成果


 本研究で実施した精密検査の結果、2 つ以上の prodromal 症状を有するハイリスク者では、ローリスク者と比較して軽度の認知機能低下と嗅覚低下がみられ、 DaT-SPECT の異常率が約 4 倍高く、脳内のドーパミン神経変性が進行していることが明らかとなりました(図 3 )。


また、 DaT-SPECT の異常はパーキンソン病の運動障害(MDS-UPDRS part 3※10)と、MIBG心筋シンチグラフィの異常は嗅 覚低下(OSIT-J※11)と関連が深いことが示されました(図 4)。さらに、 DaT-SPECT とMIBG の両方で異常を示すハイリスク者は、他の群と比較して約 10 歳高齢で、運動障害、認知機能低下、嗅覚低下の程度も強いことから、体内の神経変性が広汎に進行しており、PD や DLB 発症に近いより高リスクな方と考えられました。


 パーキンソン病の臨床像は多彩であり、特に病初期では運動障害が主体で非運動症状があまり目立たない患者や、逆に非運動症状が主体で運動障害があまり目立たない患者が存在します。Prodromal 期では PD、DLB 患者と比べて神経変性が軽度であることから、DaT-SPECTと MIBG 心筋シンチグラフィのどちらか一方でしか異常を示さない例も多く、2 つの画像検査を組み合わせることでより正確にレビー小体病予備群を抽出できることが判明しました。


 自覚症状のない者は病院を受診しないため、神経症状のないハイリスク者を通常診療で同定することは困難ですが、健康診断制度と連携したレジストリを活用し、DaT-SPECT や MIBG などの詳細な画像検査を実施することで、神経変性疾患・認知症の発症リスク評価が可能であることが示されました。




研究のまとめ(ポイント)


1.レビー小体病はαシヌクレインの神経細胞内蓄積を病理学的特徴とする神経変性疾患で

 あり、パーキンソン病(PD)とレビー小体型認知症(DLB)を含む疾患概念である。


2.近年、レビー小体病では神経症状の発症 10〜20 年前から便秘やレム睡眠行動異常症

 (RBD)、嗅覚低下などの prodromal 症状(前触れ症状)を呈することが注目されている。


3.本研究では、健診でのアンケートにおいて RBD、嗅覚低下、自律神経障害のうち 2 つ

 以上のprodromal 症状を有するハイリスク者 69 名と、それらを有しないローリスク者

 32 名の両群に対して、運動機能、認知機能、生理機能、ドーパミントランスポーターシ

 ンチグラフィ(DaT-SPECT)や MIBG 心筋シンチグラフィを含む画像検査を実施した。


4.ハイリスク者ではローリスク者と比較して軽度の認知機能低下と嗅覚低下を認め、DaT-

 SPECTの異常率が約 4 倍高く、脳内のドーパミン神経の変性が始まっていることが明ら

 かとなった。


5.DaT-SPECT の取り込み低下はパーキンソン病の運動障害と、MIBG 心筋シンチグラフ

 ィの異常は嗅覚低下と相関を認めた。


6.健診受診者に対する簡便な質問紙調査と、DaT-SPECT や MIBG などの画像検査を組み

 合わせることにより、将来のレビー小体病の予備群を抽出可能であることが明らかとなっ

 た。



今後の展開


 本研究の結果、2 つ以上の prodromal 症状を有するレビー小体病のハイリスク者では、軽度の認知機能低下と嗅覚低下を認め、DaT-SPECT では脳内のドーパミン神経の変性が進行していることが明らかとなりました。


 現在我々は、今回の研究で見出した prodromal 期のレビー小体病患者を対象に「レビー小体病発症前のハイリスク者に対するゾニサミドの有効性・安全性に関する研究」と題する臨床試験(特定臨床研究)を実施しています(図 5)。試験薬として選定したゾニサミドは、PD とDLB に対する既承認薬として日常診療で広く使用されており、ラット、マウスや細胞を用いた基礎研究で神経保護効果を示すことが報告されていることから、ゾニサミドをレビー小体病予備群の方に超早期に投与することで疾患の発症を遅らせる効果が期待されます。





用語説明


※1 神経変性疾患:


特定の種類の神経細胞が進行性に変性する(死滅する)疾患の総称。神経変性疾患に共通する病理学的な特徴として、神経細胞の中や周囲に異常な蛋白質が蓄積し、それによって特定の種類の神経細胞が障害されることが知られている。パーキンソン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症などが神経変性疾患の代表的疾患。


※2 パーキンソン病(PD):


神経細胞内にαシヌクレインという異常な蛋白質が蓄積し、主に脳内のドーパミン神経に障害を起こすことで、振戦(手足の震え)、筋強剛(筋肉や関節がかたくなる)、動作緩慢、姿勢反射障害(転びやすくなる)などのパーキンソン症状を引き起こす進行性の難病。


※3 レビー小体型認知症(DLB):


神経細胞内にαシヌクレインという異常な蛋白質が蓄積することで、幻視を始めとする認知機能障害やパーキンソン病に類似した運動症状を引き起こす進行性の難病。


※4 αシヌクレイン:


レビー小体病患者の脳内に見られる異常な蛋白質の凝集体であるレビー小体の主成分。レビー小体病発症の重要な原因蛋白質の 1 つと考えられている。


※5 レム睡眠行動異常症(RBD):


レム睡眠(浅い眠り)中に筋肉を抑制する神経の働きが悪くなり、夢の中の行動がそのまま寝言や体動となって現れる病気。


※6 ドーパミントランスポーターシンチグラフィ(DaT-SPECT):


123I-イオフルパンという物質を注射して脳のドーパミントランスポーターの働きを調べる画像検査。パーキンソン病やレビー小体型認知症の患者では脳内のドーパミン神経が変性・脱落するため、123I-イオフルパンの取り込みが低下する。


※7 MIBG 心筋シンチグラフィ:


123I-MIBG という物質を注射して心臓の交感神経の働きを調べる画像検査。パーキンソン病やレビー小体型認知症の患者では自律神経障害が出現するため、MIBGの心筋への取り込みが低下する。


※8 ウェアリングオフ:


パーキンソン病のお薬が効いている時間が短くなり、1 日の中で症状が良い時間帯と悪い時間帯が出てくる現象。


※9 ジスキネジア:


パーキンソン病のお薬が効きすぎることで、自分の意思に反して手足が勝手に動いてしまう現象。


※10 MDS-UPDRS:


パーキンソン病の運動症状および非運動症状を評価するためのスケール。パート 3 は主に運動症状の評価に用いる(点数が高いほど運動障害が重度)。


※11 OSIT-J:


日本人のなじみのある 12 種類のにおいを用いた嗅覚検査で、点数が低いほど嗅覚障害が強いことを意味する。


※12 Stroop test:


認知機能テストの一つ。おもに前頭葉機能である注意や習慣化された行動の抑制をみるもの。数値が高いほど認知機能低下が強いことを意味する。


※13 Line orientation test:


認知機能テストの一つ。おもに視空間認知機能をみるもの。数値が低いほど認知機能低下が強いことを意味する。

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