top of page
nextmizai

健康を科学で紐解く シリーズ171 「生殖ゲノムを守る“雲(ヌアージュ)”を形成する機構を解明 小さなRNAをプロセシングする非膜オルガネラが世代を繋ぐ」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


生殖ゲノムを守る“雲(ヌアージュ)”を形成する機構を解明

小さなRNAをプロセシングする非膜オルガネラが世代を繋ぐ




はじめに


 有性生殖によって世代を継いでいく動物にとって、生殖細胞ゲノムの保護は最重要課題です。その生殖細胞だけに存在するヌアージュという非膜オルガネラは1世紀以上も前から知られていましたが、piRNAのプロセシングの場であることがわかったのはつい最近で、形成機構はまだよくわかっていませんでした。




研究成果のポイント


1.生殖細胞のゲノムを守る小さなRNA(piRNA)が作られるヌアージュという非膜オルガ

 ネラの形成にTejas (Tej)というタンパク質が重要な役割を果たすことを明らかにした。


2.piRNA 産生過程では、Tejと会合する、Spn-E、Vasというタンパク質が協働して、

 piRNA前駆体転写産物のプロセシング機能に関わることを解明。


3.Tej はSpn-E のヌアージュへの局在に必須な因子であった。


4.Tej と相互作用するVasはTejの非変性領域を介してヌアージュの動的会合状態を制御し

 ていた。


5.piRNAの機能異常は 不妊を引き起こすことが知られており、Tejが担うヌアージュの

 組織、個体レベルでの分子基盤の解明は不妊を含む生殖機能疾患発症のメカニズムを解明

 し、創薬につながると考えられる。




概要


 大阪大学大学院生命機能研究科の大学院生のLin Yuxuan(研究当時 博士課程)、須山律子特任助教(常勤)、甲斐歳惠教授らの研究グループは、生殖細胞のゲノムを守る小さなRNA(piRNA)が作られるヌアージュという非膜オルガネラの形成にTejas (Tej)というタンパク質が重要な役割を果たすことを明らかにしました。


この小分子 piRNAはヌアージュで特殊な増幅経路 (ピンポン増幅経路) を経て生合成され、トランスポゾンの発現を抑制することで生殖細胞特異的にゲノムを保護する機能を持つことが知られています。しかしながら、どのようにヌアージュが形成され、piRNAの前駆体がヌアージュへ運ばれているのかはわかっていませんでした。


 今回、甲斐教授らの研究グループは、ショウジョウバエ生殖細胞を用いて、eTudorドメインを持つTejがVasa(Vas)、Spndle-E( Spn-E)という2つのRNAヘリカーゼをヌアージュに局在させる中心的な役割を持ち、その形成を促進していることを明らかにしました。

さらに、このようなTejの役割はpiRNA生合成経路においてpiRNA前駆体の切断や形成といった機能に重要な役割を果たしていることが分かりました。


これまで、piRNAの機能異常やプロセシング異常による生殖細胞ゲノムの損傷が不妊を引き起こすことが知られており、今回我々が示したTejが担うヌアージュ形成およびpiRNAのプロセシングの分子基盤の解明によって、このような生殖機能疾患の予防や治療のための創薬につながると考えられます。




研究の背景


 我々ヒトを含む真核生物のゲノムには、トランスポゾンと呼ばれる「動く遺伝子」が存在し、その転移に起因するDNA損傷は正常な遺伝子発現を破綻させ、個体に甚大な被害をもたらします。生殖細胞では、わずか23-30塩基長のpiRNAと呼ばれる小分子RNAがトランスポゾンの機能を抑制し、次世代に引き継がれる生殖ゲノムを保護する巧妙な機構が働いています。piRNAは、ゲノム上のトランスポゾンの残骸領域に由来する転写産物であるpiRNA前駆体からピンポン増幅経路を経て生合成され、トランスポゾンと相補的な塩基配列を持ちます。これらpiRNAがRNA切断活性を持つPIWIファミリータンパク質と複合体を形成し、細胞質内でトランスポゾンを切断する転写後抑制や、核内でのトランスポゾンの転写抑制に関わります(図1)。


図1. ショウジョウバエ生殖細胞のヌアージュでのpiRNA生合成経路



 ショウジョウバエでは、ヌアージュと呼ばれる非膜オルガネラにpiRNAの生合成に関わる因子や、トランスポゾン抑制に関わる因子が集合し、piRNAプロセシングの場として機能することが明らかとなっています。ヌアージュはこれまで生殖顆粒として生殖細胞の細胞質側の核膜近傍にある電子密度の高い非膜オルガネラとして知られていました。しかしながら、ヌアージュ内でpiRNA生合成を行う個々のタンパク質がどのように分子機能を発揮しているのかに関しては不明な点が多く存在しました。


近年、非変性領域を介したタンパク質相互作用により、分子凝集体の形成が制御されることがわかってきました。非変性領域を持ついくつかのヌアージュ構成因子はさらに高次の分子凝集体を形成し、piRNAプロセシングを促進してトランスポゾンを効率よく抑制しているということも報告されてきました。しかしながら、構成因子が持つ非変性領域がどのような役割を持っているのか、また、生殖細胞の発生過程において、これらがヌアージュの分子凝集体の階層的な集積に関わるのかなど、不明な点が多く見られました。


そこで、甲斐教授らの研究グループは、非変性領域を持つTejに注目し、Tejと相互作用するRNAヘリカーゼであるVasa、Spn-Eなどの構成因子が、piRNA生合成経路のどの過程を担うか、またヌアージュの形成能をどのように決めるか、という謎を解き明かすことを目指しました。それにより、非膜オルガネラであるヌアージュの分子機能及び分子動態が生殖機能に関わるメカニズムを明らかにするという重要な課題に応えることができます。




研究の内容


 まず、ヌアージュの構成タンパク質の挙動を調べるため、内在性のTej、Vas、Spn-Eに蛍光標識したノックインショウジョウバエ株を確立し、Tej欠損株を用いた観察から、ヌアージュ構成因子集積の階層性とタンパク質間の相互作用を検証しました。その結果、Tej-SpnEの局在はVasの影響を受けないこと、Tej-Vasとは異なるコンパートメントを形成している可能性が示唆されました。


次にS2細胞、ショウジョウバエ卵細胞を用いてTejとSpn-E、Vasの相互作用領域と細胞内局在を調べました。特にTejとSpn-Eの相互作用領域については、Tej変異型解析とAlphaFoldでの構造予測によりそれぞれの相互作用領域が新たに同定でき、TajがSpn-Eのヌアージュへの局在に関わっているという興味深い結果が得られました(図2)。


図2. AlphaFoldによるTej-Spn-Eタンパク質の相互作用領域予測


 特に重要なのは、TejがpiRNA生合成のどの過程で機能しているかを解明することです。驚いたことに、Tejの欠損変異株ではピンポン増幅経路から産生される小分子RNAではなく、piRNA前駆体が蓄積していることがわかりました。これに伴い、piRNA生合成経路が破綻しトランスポゾン脱抑制が観測されました。同様の欠損は、Tejと相互作用するVas、Spn-Eの欠損株のみならずこれら構成因子と相互作用する部位を欠くTej変異株でも見られました。これらの結果は、TejがVas、Spn-Eと協働的に働き、piRNA前駆体のプロセシングに重要な役割を果たしていることを示すものです。


Tej のみならず、Vasなど、構成因子の多くは非変性領域を持つことから、ヌアージュは非膜オルガネラの特性を形成していると考えられます。従って、この特性が生殖顆粒の形成にどのように寄与しているかを超解像共焦点顕微鏡を用いて調べました。Tejの非変性領域を欠損した変異株ではpiRNA生合成経路の欠落は見られなかったものの、Tejそのものや相互作用するVasをヌアージュ内で可動性を保持させていることがわかりました。この結果はヌアージュが非変性領域に影響される凝集体であることを示しています。


 以上のことから非膜オルガネラであるヌアージュ内のTej、Vas、Spn-EがTejの異なる領域部分で相互作用しpiRNA前駆体のプロセシングに関わること、Tej、Vas複合体はTejの非変性領域に依存するフレキシビリティを持つことがわかりました(図3)。これらの結果は、ショウジョウバエの生殖細胞では、ヌアージュ構成因子が外的環境や発生過程に起因するトランスポゾンを脱抑制するために非変性領域を介して機能的な凝集体を効率的よく集積することでゲノムを保護していると考えられます。


図3. TejはSpn-E、Vasと相互作用し、piRNA前駆体をプロセシングする。



 今後、非膜オルガネラの他の構成因子特性を掘り下げることによって、ヌアージュ全体の可動性に関する因子が発見されることが期待できます。本研究により、ショウジョウバエをモデル系として、組織および個体レベルで非変性領域を持つ構成因子からなる非膜オルガネラが生殖細胞ゲノムを保護するという生理機能に関わることを解明できました。




本研究成果の意義


 本研究成果により、ヒトを含む高等哺乳類にも保存されているトランスポゾンを抑制するpiRNAの産生の場であるヌアージュの形成機構の一端が明らかとなりました。非膜オルガネラであるヌアージュが適切に形成され、piRNAが作られることで、卵子や精子といった配偶子のゲノムが損なわれずに次世代に引き継がれます。この機構を明らかにすることで、その破綻に起因する生殖機能疾患の予防や不妊の治療法の確立などに貢献できます。




研究者からひとこと


 有性生殖によって世代を継いでいく動物にとって、生殖細胞ゲノムの保護は最重要課題です。その生殖細胞だけに存在するヌアージュという非膜オルガネラは1世紀以上も前から知られていましたが、piRNAのプロセシングの場であることがわかったのはつい最近で、形成機構はまだよくわかっていません。今回、以前に私たちが報告したTejタンパク質がヌアージュ形成の鍵を握っていることを明らかにし、とても嬉しく思っています。

(甲斐歳惠・生命機能研究科 教授)




用語解説


ヌアージュ

フランス語で雲(nuage)を意味する、生殖細胞の細胞質側の核膜近くにある不定形な電子密度の高い非膜性構造体。生殖細胞のゲノムを守るpiRNAが作られる場所。


piRNA

生殖細胞特異的に生合成される、トランスポゾンと互いに補い合うような配列を持つ23-30塩基長の小分子RNA(リボ核酸)。トランスポゾンの発現を転写レベル、もしくは転写後レベルで抑制し、生殖細胞ゲノムを保護する役割をもつ。


非膜オルガネラ

オルガネラは一定の機能を持つ小器官の総称で、脂質二重膜で囲まれた核や小胞体、ゴルジ体のような細胞内に存在するものは細胞内オルガネラと呼ばれる。それに対して非膜オルガネラは、膜に囲まれていないオルガネラの総称。


トランスポゾン

自己複製し、ゲノム状を移動する可動遺伝因子。転移によって、DNAを切断したりゲノムの組み換えや欠損、遺伝子の損傷を引き起こす。


eTudor ドメイン

メチル化されたリシンまたはアルギニン残基を認識して結合する約50アミノ酸からなるドメイン。メチル化とは、アミノ酸のリシンまたはアルギニンの側鎖が修飾され、メチル基が導入されること。


非変性領域

特定の3次元構造を持たず伸びた構造、あるいはランダムコイル様の不規則で、柔軟な構造をとる分子の領域。


Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page