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健康を科学で紐解く シリーズ174 「筋萎縮性側索硬化症(ALS)における異常なたんぱく質の広がり方を解明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


筋萎縮性側索硬化症(ALS)における異常なたんぱく質の広がり方を解明

-TDP-43による運動神経回路内の病態の進行-




 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、全身の筋肉が徐々にやせて動かなくなる難病です。その症状は、体のある所から全身に広がっていきますが、その広がり方はよくわかっていませんでした。

新潟大学脳研究所脳神経内科学分野の坪口晋太朗助教、小野寺理教授、システム脳病態学分野の上野将紀教授らの研究グループは、ALS の原因たんぱく質である異常な TDP-43 が、運動を司る神経回路に沿って広がり(伝播(注1))、神経の変性や運動障害を進行させていくことを明らかにしました。




研究成果のポイント


1.TDP-43 は大脳皮質から皮質脊髄路(注 2)のオリゴデンドロサイト(注 3)に広がる


2.TDP-43 は大脳皮質と脊髄、筋肉の間では広がらない


3.脊髄運動ニューロンの TDP-43 蓄積は、脊髄の広範な変性と筋肉の萎縮をもたらす




研究の背景


 筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis; ALS)は、全身の筋肉が痩せていき、体を動かすことや呼吸が困難となっていく難病です。

ALS では、TDP-43(Transactivationresponsive region DNA-binding protein of 43kDa)と呼ばれるたんぱく質が、神経細胞に異常に沈着、凝集することが報告され(Neumann et al., 2006; Arai et al., 2006)、以後 TDP-43 に関する研究が世界中でなされてきました。


運動は、大脳皮質の運動野にあるニューロンの指令が、皮質脊髄路を通して、脊髄の運動ニューロン、筋肉へ伝達され、体が動く仕組みになっています。ALS では、これら運動をになうニューロンや筋肉に異常な TDP-43 が沈着することで、神経細胞が脱落し、体が動かせなくなっていくと考えられています。

また病気は、体のある部分から別の部位へ、徐々に広がっていきます。このことから、運動をになう神経回路の中を異常なたんぱく質(TDP-43)が広がっていく可能性が想定されてきました。しかし実際に、異常な TDP-43 が、運動の神経回路の中を広がっていくのか、これまで明らかになっていませんでした。




研究の概要・成果


 本研究グループは、アデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus; AAV)(注4)を用いることで、異常な TDP-43 が、①大脳皮質、②脊髄、③筋肉、のそれぞれの領域に蓄積するマウスモデルを確立しました。この ALS モデルにおいて、TDP-43 の蓄積にともない、運動をになう神経回路の中を病態がどのように進行していくのか、網羅的に検証しました(図1)。

まず大脳皮質に異常 TDP-43 を誘導したところ、皮質脊髄路に TDP-43 が徐々に出現し、さらにグリア細胞の一種であるオリゴデンドロサイトに TDP-43 が現れ、広がっていくことを見出しました(図 1-①)。また、ヒトの ALS と同様に、大脳皮質と軸索が変性を起こし、皮質脊髄路のオリゴデンドロサイトが反応性に増加していくことを見出しました。一方、皮質脊髄路に TDP-43 が現れたものの、脊髄への広がりは認められませんでした。

次に、脊髄の運動ニューロンに異常 TDP-43 を誘導したところ、短期間で著明な細胞死を引き起こしました(図 1-②)。また運動ニューロンのみならず、周囲に連絡している他の脊髄介在ニューロンへも細胞死を引き起こし、病態が進んでいくことがわかりました。さらに、運動ニューロンの脱落にともない、筋肉も高度に萎縮し、運動障害を引き起こしました。一方、病気は、脊髄と筋へ広範に広がりましたが、異常な TDP-43 自体は、脊髄内、大脳皮質、筋肉には広がりませんでした。

最後に、筋肉に異常 TDP-43 を誘導した場合、再生線維が増加したものの、筋の萎縮は顕著ではなく、運動障害も引き起こしませんでした。また脊髄へ TDP-43 の広がりも認められませんでした(図1-③)。


図1:運動神経回路内の TDP-43 による病態の進行様式

Tsuboguchi et al., Acta Neuropathologica 2023 を改訂。




今後の展開


 以上のことから、異常 TDP-43 は、大脳皮質に蓄積がはじまると、皮質脊髄路のオリゴデンドロサイトへ広がる可能性が示されました。一方、大脳皮質‒脊髄、脊髄‒筋肉の間では、TDP43 自体は広がらないものの、TDP-43 の蓄積にともない、周囲の運動神経のネットワークや筋肉へ病態が波及し、症状が進行することが明らかになりました。


今後、異常 TDP-43 が広がっていく機序や、病態の進行に関わる機序を解明し、これらの機序を防ぐことができれば、ALSの進行を食い止める新たな治療につながる可能性が期待されます。




用語解説


(注 1)伝播

異常なたんぱく質が細胞から細胞へと広がっていくこと。


(注 2)皮質脊髄路

大脳皮質の運動ニューロンの軸索が脊髄へとつながり、随意運動を制御する神経路。


(注 3)オリゴデンドロサイト

神経の軸索を包むミエリンを構成するグリア細胞の 1 つで、神経の情報伝達を支えている。


(注 4)アデノ随伴ウイルス

毒性が低く、神経細胞に感染するウイルスの1種。任意の遺伝子を発現させられることから神経の研究分野で汎用される。

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