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健康を科学で紐解く シリーズ175 「多発性骨髄腫による細胞間コミュニケーションを介した腫瘍免疫監視機構の破綻メカニズムの解明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


多発性骨髄腫による細胞間コミュニケーションを介した腫瘍免疫監視機構の

破綻メカニズムの解明

~多発性骨髄腫がエクソソームを介して正常の末梢血単核球から骨髄由来抑制細胞を誘導するメカニズムに関する論文掲載について~





研究成果のポイント


1.多発性骨髄腫細胞が分泌する腫瘍細胞由来エクソソームが、腫瘍免疫監視機構の破綻を

 もたらす骨髄由来抑制細胞を誘導することが明らかになった。


2.腫瘍細胞由来エクソソームに内包される miR-106a-5p と miR-146a-5p が骨髄系細胞

 の遺伝子発現に影響することで骨髄由来抑制細胞の誘導において重要な役割を果たす。


3.腫瘍免疫監視機構の破綻のメカニズムの一端が解明されたことにより、近年、著しい進展

 を遂げている細胞免疫療法に対する抵抗性の克服や新たな治療法の開発に寄与する可能性

 がある。


 京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学病院助教 水原健太郎、教授 黒田純也、准教授 志村勇司らの研究グループは、多発性骨髄腫から分泌される腫瘍細胞由来エクソソーム(tumor-derived exosome:TEX)による骨髄由来抑制細胞(myeloid-derivedsuppressor cell: MDSC)誘導のメカニズムを解明しました。


 本研究において骨髄腫細胞が分泌する TEX が健常人由来の末梢血単核球から単球型MDSC(monocytic-MDSC: M-MDSC)を誘導すること、TEX に内包されている miRNA である miR106a-5p と miR-146a-5p が M-MDSC 誘導に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。

さらに、これらの miRNA は末梢血単核球においてインターフェロン(Interferon:IFN)反応、炎症反応、インターロイキン(interleukin: IL)-6シグナル、腫瘍壊死因子(Tumornecrosis factor: TNF)TNF-αシグナルによって制御される様々な免疫抑制分子を系統的に発現誘導することで M-MDSC を誘導する機序が明らかになりました。


本研究成果をもとに、特に細胞免疫療法に対する抵抗性を克服できる新たな治療法の開発が期待されます。




研究の背景


 多発性骨髄腫は貧血、腎障害、溶骨性病変、高カルシウム血症など多彩な臨床症状を呈する難治性の造血器腫瘍です。近年、多くの新規薬剤が開発され治療成績は大きく改善しましたが、大部分の患者が再発を繰り返し、治癒を得ることが容易ではない難治疾患です。


一般に健康な状態の体内では、がんの発生や増殖を防ぐために、免疫担当細胞ががん細胞を攻撃・死滅させる腫瘍免疫監視機構が働いています。一方、過剰な免疫学的攻撃は健康な細胞にとって有害でもあるため、体内には免疫学的攻撃を抑制する様々な免疫抑制系の細胞も共存しており、腫瘍免疫監視機構は、免疫攻撃型の細胞群と免疫抑制型の細胞群の絶妙なバランスによって成立しています。


多発性骨髄腫の治療抵抗性には様々な要因が複合的に関与していますが、中でも近年注目が集まっているのが、先述した腫瘍免疫監視機構の破綻であり、そもそも疾患の発症にも関わっていることが分かってきました。すなわち、多発性骨髄腫では病状進行に伴ってMDSC や制御性 T 細胞といった免疫抑制系細胞などの免疫抑制型の細胞群の増加や、本来、免疫攻撃型の細胞である T 細胞の疲弊が顕在化することが明らかになってきました。そして、これらによって抗腫瘍免疫が減弱すると、体内において腫瘍細胞が増殖しやすくなるだけでなく、免疫化学療法、さらにはキメラ抗原受容体 T 細胞療法や二重特異性抗体などの細胞免疫療法の治療効果を減弱することも明らかになってきました。

よって、多発性骨髄腫において MDSC が誘導され、免疫抑制環境が形成され、腫瘍免疫監視機構が破綻するメカニズムを解明すること、さらにその制御戦略を開発することは極めて喫緊の研究課題です。


我々は過去の研究において骨髄腫細胞が分泌する CCL5、MIF、MIP-1αといった液性因子が MDSC 誘導に関与することを報告しています(Kuwahara-Ota S, Br J Haematol. 2020.doi:10.1111/bjh.16881.)。しかしながら、これらの液性因子による効果のみでは、MDSC 誘導の機序についてすべてを明らかにすることは出来ていませんでした。そこで今回は MDSC誘導に関与する因子として miRNA など様々な分子を内包することで細胞間の情報伝達に重要な役割を果たしているエクソソームに注目して研究を行いました。




研究の成果


 はじめに骨髄腫細胞から回収した TEX のみを健常人由来の末梢血単核球に投与し、フローサイトメトリー解析を実施したところ M-MDSC が誘導されることが分かりました。

次にMDSC 誘導に関わる miRNA の同定を試みました。TEX 由来の RNA を用いた miRNA マイクロアレイにより MDSC 誘導に関わる miRNA を 20 種類以上候補化し、それらをひとつずつ健常人由来の末梢血単核球へ導入し MDSC へと分化する効果の有無を検討したところ、miR-106a5p と miR-146a-5p の2つのみが M-MDSC への分化誘導能を有することが明らかになりました。また、これら二つの miRNA は、相補的に機能する一方、協調的ではないことも分かりました。すなわち、TEX を介した MDSC 誘導効果においては、どちらか一方の miRNA が骨髄腫細胞から末梢血単核球に運び込まれさえすれば十分であることが示されました。

一方、これらの miRNA は、われわれの先行研究において MDSC 誘導に関与することを見出していた CCL5 や MIF、MIP-1αなどの液性因子と協調的に M-MDSC 誘導を増強することも明らかになりました。

次に miR-106a-5p と miR-146a-5p が M-MDSC を誘導する分子生物学的メカニズムの解明を臨みました。網羅的な遺伝子発現解析により、これら二つの miRNA は IFN 反応、炎症反応、TNF-αシグナル、IL-6 シグナルに関連する PD-L1、CD38, IDO, CCL5、MYD88 などの免疫抑制分子の発現を系統的に誘導することで M-MDSC を誘導する可能性が示唆されました。特に腫瘍由来の慢性的な IFN シグナルは他の癌腫においても免疫抑制環境形成に寄与していることが報告されており、既報と一致する結果です。





今後の展望


 多発性骨髄腫に対する新規治療の開発は著しく、特にキメラ抗原受容体 T 細胞療法や二重特異性抗体などの細胞免疫療法への期待は非常に大きいものがあります。しかしながら、腫瘍免疫監視機構の破綻は細胞免疫療法の治療効果を大きく損ねる可能性があり、そのメカニズム解明は重要な課題です。


本研究の結果からは腫瘍細胞からの TEX 分泌やその下流の IFN 反応、炎症反応、IL-6 シグナル、TNF-αシグナルを阻害することで免疫抑制細胞の誘導を抑制し、細胞免疫療法の効果向上や治療抵抗性の克服をもたらす可能性が示され、現在もさらなる研究を継続中です。


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