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健康を科学で紐解く シリーズ176 「がんに対して悪玉サイトカインである IL-6 の作用を善玉に変えることに成功」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


がんに対して悪玉サイトカインである IL-6 の作用を善玉に変えることに成功

-SOCS3 をなくすと T 細胞は IL-6 の作用によって抗腫瘍作用が強くなる-




 がんにおいてインターロイキン 6(IL-6)(注 1)はがんの成長や増悪化に関与すること、また、免疫抑制に働く細胞を誘引して抗腫瘍免疫反応を抑制することが知られていますが、慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室の三瀬節子助教、吉村昭彦教授らの研究グループは、SOCS3(注 2)というサイトカイン抑制因子を T 細胞で無くすと、本来、腫瘍を成長させる悪玉サイトカインである IL-6 が逆に強い腫瘍殺傷能力を誘導する因子になることを発見しました。


IL-6 は IL-6 受容体を介して細胞内にシグナルを伝達します。通常 SOCS3 はこのシグナルを抑制し、恒常性を保っています。本研究グループは、T 細胞で SOCS3 を無くすと、IL-6 の作用の性質が変化して、代謝状態が変化することで腫瘍を殺す細胞傷害性 T 細胞(キラーT細胞)の能力が亢進し、同時に免疫反応を抑える制御性 T 細胞が減ることを明らかにしました。

その結果、SOCS3 を発現しない T 細胞を持つマウスでは、移植された腫瘍の成長が著しく抑えられました。さらにヒトの血液がんの治療に用いられる CAR-T 細胞(注 3)で人為的に SOCS3 を抑えると、強いキラーT 細胞が得られ、ヒト化マウスにおいてヒト B 細胞白血病への治療効果が増強され、マウスの寿命を延長することができました。


この研究は IL-6 を多量に発現し治療しづらいがんであっても、SOCS3 を標的にすることで有効な治療法を開発する手掛かりになることが期待されます。




研究の背景と概要


 サイトカインは細胞から分泌される生理活性を持つたんぱく質で、炎症や免疫に重要な役割を担っています。代表的な炎症性サイトカインであるインターロイキン 6(IL-6)は、新型コロナウイルス感染でサイトカインストームを引き起こす物質として有名ですが、腫瘍内にも多く存在しています。腫瘍内の IL-6 は、腫瘍細胞の増殖や腫瘍内の血管の新生を促すことで腫瘍を成長させると同時に、免疫抑制に働く物質や細胞を誘引して抗腫瘍免疫反応を抑える働きがあり、腫瘍においては悪玉サイトカインと一般的に考えられています。その一方で、免疫反応において主役を担う T 細胞に対しての作用はほとんど解明されていませんでした(図 1)。


【図 1】 腫瘍環境内での IL-6 の働き

腫瘍環境内では、IL-6 は血管新生、がん細胞の増殖、抑制性免疫細胞の誘引など抗腫瘍作用に対してマイナスに働くが、T 細胞に対する働きはわかっていない。



 SOCS3 は IL-6 をはじめさまざまなサイトカインのシグナルを抑制する細胞内因子です。SOCS3 は特に IL-6 刺激によって発現が誘導され、サイトカインの刺激が過度に起こらないように恒常性を保っています。

本研究グループは、IL-6 の腫瘍内 T 細胞への影響を解明し、より強力な抗腫瘍活性を引き出すために SOCS3 の遺伝子を T 細胞で無くしたマウスを作成し、腫瘍に対する反応を調べました。




研究の成果と意義・今後の展開


 T 細胞特異的に SOCS3 を欠損しているマウスは野生型のマウスに比べ移植した大腸がん細胞や皮膚がん細胞の成長を抑え、強い抗腫瘍作用を示しました。T 細胞には殺細胞作用を持つ CD8 陽性キラーT 細胞と、免疫調節に働く CD4 陽性ヘルパーT 細胞がありますが、強い抗腫瘍作用にはキラーT 細胞とヘルパーT 細胞の両方で SOCS3 が欠損している必要がありました。興味深いことに SOCS3 欠損マウスの強い抗腫瘍作用は、IL-6 を欠損させるとなくなってしまいました(図 2)。つまり SOCS3 欠損マウスの強い抗腫瘍相は悪玉サイトカインである IL-6 によってもたらされていることがわかりました。


【図 2】 IL-6 がないと SOCS3 欠損型マウスは強い抗腫瘍作用を発揮できない。

図に示す遺伝子型のマウスの皮下に腫瘍細胞を移植しその成長を計測した。SOCS3 欠損型は抗腫瘍作用が強いため腫瘍が大きくならないが、IL-6 がなくなるとその効果がなくなることがわかる。**は有意差があることを示しています。



 近年一細胞 RNA 解析技術が進歩し、細胞一個一個の遺伝子の発現状態を調べることが可能となりました。この技術を用いて腫瘍内に浸潤している T 細胞を解析すると、SOCS3 欠損マウスでは免疫反応を抑える CD4 陽性の制御性 T 細胞(Treg)の数が減少し、一方でキラーT 細胞の中でも、抗腫瘍活性を担うインターフェロンγ(IFNγ)(注 4)を発現するエフェクターT 細胞と呼ばれる T 細胞が増えていました。さらに詳しく遺伝子発現を解析すると SOCS3 のない T 細胞はインターフェロンと同様の刺激を強く受けていることがわかりました。つまり SOCS3 がなくなることで腫瘍促進性の IL-6 が逆にインターフェロンの抗腫瘍作用を発揮するようになるのです。


では、SOCS3 がなくなると 具体的に IL-6 は T 細胞にどのような変化をもたらすのでしょうか。がん細胞を殺すエフェクターキラーT 細胞は多量のエネルギー(ATP)を必要とします。ATP の産生には酸素を必要としない解糖系と呼ばれる代謝経路と酸素とミトコンドリアを使う経路の 2 つが存在します。酸素の少ない腫瘍内では解糖系の方がミトコンドリア経路よりも素早く ATP を産生できキラー活性が強くなります。SOCS3 を無くした T 細胞ではミトコンドリアよりも解糖系によって ATP が作られるようになり、キラー活性が上昇しました。この作用はあたかも通常のキラーT 細胞がインターフェロンの刺激を受けたときのようでした。

これらの結果から、SOCS3 を欠損することで過度に IL6 のシグナルを受けた T 細胞はインターフェロンを受けたときと同様の反応を起こし、制御性 T 細胞が減少し、エフェクター細胞への分化が促進されることがわかりました(図3)。


【図 3】 SOCS3 欠損型 T 細胞での IL-6 の作用

IL-6 は SOCS3 欠損型 T 細胞に作用すると、CD4 陽性細胞ではエフェクターT 細胞が増加し、制御性 T細胞は減少する。CD8 陽性細胞にも直接作用して、キラーT 細胞の分化が亢進する。



 この結果をヒトでのがん治療に応用するために、SOCS3 欠損型の CAR-T 細胞を作製し、ヒト化マウスでの抗腫瘍作用を調べました。CAR-T 細胞はがんの細胞療法としてすでに白血病の治療に使われていますが、患者によっては効果が限定されています。そこでCAR-T 細胞において SOCS3 遺伝子を CRISPR による遺伝子編集法を用いて無くしてみました。ヒト B 細胞白血病細胞を超免疫不全マウスに移植すると白血病細胞は盛んに増殖しマウスは死亡します。これに CAR-T 細胞を移入すると白血病細胞の増殖はある程度は抑えられるのですが完全ではありません。SOCS3 欠損型 CAR-T 細胞を移入すると野生型 CAR-T 細胞を移入されたときより、血液中の白血病細胞を減らし、マウスの寿命を延ばすことができました(図 4)。


【図 4】 白血病モデルによる CAR-T 細胞療法における SOCS3 欠損の効果

SOCCS3 の発現をなくした CAR-T 細胞は、コントロールの CAR-T 細胞に比べ有意にマウスの寿命を延ばした。



 以上のように、T 細胞で SOCS3 を欠損すると本来腫瘍治療に悪い影響を与える IL-6 の作用を T 細胞にとってはがんを攻撃する良い作用をもたらすものに変えることができました。この結果を通して SOCS3 を標的にすることで、IL-6 が過剰に発現している治りづらいがんであっても治療できるようになることが期待できます。


今後、体内で効率良く T 細胞でSOCS3 を無くす方法の開発を進めていきたいと考えています。




用語解説


(注 1)インターロイキン 6(IL-6)

大阪大学の岸本、平野教授らによって発見された炎症性サイトカインで、関節リウマチなどの炎症性疾患で高くなります。また感染などでも誘導されて過剰に上昇すると、新型コロナウイルス感染の重症化に関与する異常な炎症反応であるサイトカインストームの原因ともなります。IL-6 は腫瘍内にも多量に存在し、腫瘍細胞を成長させると同時に免疫抑制性の細胞を誘引するので、腫瘍を根絶するには厄介な悪玉サイトカインと考えられています。IL-6 の作用は、受け取る細胞内に存在する SOCS3 分子により抑制されることによって恒常性を保っています。


(注 2)SOCS3

Suppressor of cytokine signaling 3 の略です。SOCS ファミリー分子はサイトカイン刺激によって活性化する JAK-STAT 経路を抑えることによって、サイトカイン刺激を負に制御します。SOCS ファミリー分子は、ヒトではSOCS1~7 と CISHの 8 分子が見つかっています。SOCS3 は特に IL-6 のシグナルを強く抑制することが知られています。


(注 3)CAR-T 細胞

Chimeric antigen receptor-T の略です。遺伝子導入により腫瘍細胞抗原を認識する抗体部分の細胞外ドメインと、抗原受容体のシグナルを伝えるためのドメインを人工的に細胞内に持たせた T 細胞。がん患者の抹消血 T 細胞から樹立し、患者の体内に戻すことによってがんを治療することを CAR-T 療法と言います。


(注 4)インターフェロン(IFN)

サイトカインの一種で元々はウイルス感染防御に働く物質として発見されましたが、その後、腫瘍免疫において必須の役割を果たすことが知られるようになりました。インターフェロンにはα、β型とγ型など何種類か知られていますが、インターフェロンα、β型は T 細胞の活性化に関与し、活性化された T細胞(エフェクターT 細胞)はインターフェロンγを産生します。インターフェロンγはさまざまな細胞に作用しますが、特に腫瘍においては T 細胞ががん細胞を殺傷するのに必須の役割を果たすことが知られています。

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