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健康を科学で紐解く シリーズ177 「パーキンソン病の層別化・疾患修飾療法の開発へ光明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


パーキンソン病 脳脊髄液プロテオームの変化は、疾患進行を規定する

―パーキンソン病の層別化・疾患修飾療法の開発へ光明―




概要


 近年、数千種類のタンパク質を、同時に、迅速に測定できるプロテオミクス解析(注1)が患者さんの病態を把握する手段として、さまざまな疾患で注目されています。しかし、パーキンソン病(注2)においては、プロテオミクス解析をどのように応用すれば良いのか、プロテオミクス解析でどのような有用な情報が得られるのか、全く不明でした。


 今回、京都大学大学院医学研究科 月田和人 特任助教(帝京大学 先端統合研究機構 特任研究員、関西電力医学研究所睡眠医学研究部 特任研究員兼務)、高橋良輔 同教授らの研究グループは、国際多施設共同観察研究のデータを用いて、脳脊髄液のプロテオミクス解析と機械学習を融合し、パーキンソン病に特異的な変化のパターン(パーキンソン病シグネチャー)を同定し、そのパターンを点数(パーキンソン病プロテオミクススコア)として定量化することに成功しました。さらに、そのパーキンソン病プロテオミクススコアがパーキンソン病の診断に有用であるのみならず、予後に強く相関することを見出しました。


本研究の成果は、パーキンソン病を始めとした神経変性疾患のプロテオミクス解析の臨床応用の第一歩になると考えられ、個々の患者の病態把握にも役立つと考えられます。





背景


 近年、プロテオミクス解析の進歩により、様々な手法が開発されています。その一つに、アプタマープロテオミクス、というものがあります。このアプタマープロテオミクス(注 3)では、数千のタンパク質を、迅速に多サンプルで測定できるため、プロテオミクス解析を大規模サンプルに応用することが可能になってきました。近年、アプタマープロテオミクスを用いて、血漿サンプルから、現在の加齢に関する情報や心血管機能に関する情報のみならず、将来の糖尿病発症リスクや心筋梗塞などの心血管イベントの発症リスクなど、さまざまな情報が抽出できることが示されてきています。ただ、パーキンソン病に関しては、プロテオミクス解析をどのように応用すれば良いのか、プロテオミクス解析でどのような有用な情報が得られるのか、全く不明でした。




研究手法・成果


 本研究では、国際多施設共同観察研究である PPMI (Parkinson's Progression Markers Initiative)研究(注4) のデータを用いました。PPMI 研究では、パーキンソン病患者、正常対照者、また、パーキンソン病関連遺伝子変異(注 5)をもった非パーキンソン病患者などを研究に組み入れ、多くの臨床項目を長期的かつ包括的に評価しています。


特記すべき点として、脳脊髄液などの生体資料の保存も行っており、近年、1149 名の保存された脳脊髄液に対して、アプタマープロテオミクスが行われ、4,071 個のタンパク質が定量されました。本研究では、このデータに機械学習を応用しました。まず、279 名のパーキンソン病関連遺伝子変異を持たないパーキンソン病患者と 141 名の正常対照者のデータから、パーキンソン病に特異的な変化のパターン(パーキンソン病シグネチャー)を同定し、そのパターンを点数(パーキンソン病プロテオミクススコア)として定量化することに成功しました。パーキンソン病プロテオミクススコアは、PPMI 研究内部の独立した 71 名のパーキンソン病関連遺伝子変異を持たないパーキンソン病患者と 35 名の正常対照者のデータを精度良く区別することが確認され、さらに、全く別のコホート(LRRK2 Cohort Consortium)(注 6)の 31 名のパーキンソン病関連遺伝子変異を持たないパーキンソン病患者と 34 名の正常対照者のデータも精度良く区別しました。さらに、PPMI 研究内部の 258 名のパーキンソン病関連遺伝子変異を持つパーキンソン病患者と 365 名のパーキンソン病関連遺伝子変異を持つ非パーキンソン病患者のデータも精度良く区別することも検証されました。

最後に、パーキンソン病プロテオミクススコアと予後との関連も検討しました。すると、驚くべきことに、パーキンソン病プロテオミクススコアは、認知機能低下の進行、運動機能低下の進行、ともに、強力に層別化しました。




波及効果、今後の予定


 本研究により、パーキンソン病患者の脳脊髄液プロテオーム(注 7)の特徴を捉える方法論が見出され、また、パーキンソン病では、脳脊髄液プロテオームの変化が疾患早期から生じており、それがその後の病態の進行に深く関わる可能性が高い、ということが示されました。この結果は、プロテオミクス解析を有効に用いることで、早期から患者の層別化が可能であることを示すのみならず、パーキンソン病の脳脊髄液プロテオームの変化を正すことで疾患修飾ができる可能性を示唆します。




研究者のコメント


 パーキンソン病を克服する、これは、患者さんと我々医療関係者共通の願いです。しかし、一口にパーキンソン病と言っても、さまざまな患者さんがおられ、一筋縄ではいきません。そのため、それぞれのパーキンソン病患者さんの病態を的確に判断し、うまく介入をして、疾患修飾し、克服していく、というところが不可欠です。本研究が、パーキンソン病患者さんの層別化に寄与し、ひいては、疾患修飾につながると信じています。(月田和人)




最後に


 健康寿命を延伸するためには、疾患が発症した後で治療するという従来の考えから脱却し、疾患の超早期状態、さらには前駆状態を捉えて、疾患への移行を未然に防ぐという、超早期疾患予測・予防ができる社会を実現することが鍵となります。




用語解説


注 1) プロテオミクス解析

プロテオミクス解析では、解析する対象の資料内の数多くのタンパク質を定量する。


注 2) パーキンソン病

パーキンソン病は、中脳の黒質と呼ばれる場所にあるドパミン神経細胞が減少することにより、発症する病気である。動作が緩慢になったり、手足が震えたり、バランスが取りにくくなったりと、運動症状が主症状に なることが多いが、疾患の進行に伴い、認知機能低下など、さまざまな症状を伴うことが知られている。現在、 日本におけるパーキンソン病の患者数は、15〜20 万人とされ、神経変性疾患の中では、アルツハイマー病に 次いで有病率が高い。また、加齢に伴い有病率が上がり、65 歳以上の有病率は、約100 人に 1 人である。高齢化に伴い、有病率が急激に上昇している。


注 3)アプタマープロテオミクス

「結合した後、解離しにくい」性質を有する修飾核酸アプタマーを標的タンパク質に結合させ、マイクロアレイ解析により測定するプロテオミクス技術のこと。


注 4) PPMI 研究

"The Michael J. Fox Foundation for Parkinson's Research"がスポンサーとなり運営されている大規模な国際多施設共同観察研究である。2010 年に開始され、11 カ国の 33 の臨床施設でパーキンソン病患者のみならず、パーキンソン病を発症するリスクの高い群、正常対照群など多様な群を研究に組み入れ、現在までに 1400 人以上の縦断的なデー タを収集している。


注 5) パーキンソン病関連遺伝子

近年、大規模なゲノムワイド関連解析により、パーキンソン病発症のリスクを上げるパーキンソン病関連遺伝子が複数同定されている。その中でも、GBA1 遺伝子変異、LRRK2 遺伝子変異、SNCA 遺伝子変異は、一般集団においても変異を持つ割合が比較的高いことや種々の研究で一貫した結果が得られていることもあり、重要性が高い。本研究では、GBA1 遺伝子変異、LRRK2 遺伝子変異、SNCA 遺伝子変異を持つ場合を、「パーキンソン病関連遺伝子を持つ」と定義した。


注 6) LRRK2 Cohort Consortium

"The Michael J. Fox Foundation for Parkinson's Research"がスポンサーとなり、LRRK2 遺伝子変異を持つパーキンソン病患者と非パーキンソン病患者を主に組み入れた大規模な国際多施設共同観察研究。LRRK2 遺伝子変異を持たないパーキンソン病患者と正常対照者も少数ではあるが組み入れている。


注 7) プロテオーム(proteome)

ゲノムと対比させた言葉で、ゲノムが一個の生物の持つ全ての遺伝情報を総体として指すのに対し、プロテオームは、一個の生物の持つ全てのタンパク質情報を総体として指す。




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