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健康を科学で紐解く シリーズ17  「炎症環境の改善が腫瘍増殖と転移の抑制に有効」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


低酸素下の大腸がん細胞を標的とした

炎症環境の改善が腫瘍増殖と転移の抑制に有効であることを発見



研究の背景


 近年、大腸がんの罹患率および死亡率は日本を含め世界的に著しく増加しており、この傾向は今後も続くことが予想されています。

 

最近の研究から、大腸がんの発生および進行には炎症性の腫瘍内微小環境*1が深く関与することがわかってきており、その詳細な解析が進められています。

本研究以前に、大腸がん組織中のインターロイキン-33(IL-33)*2が炎症性の腫瘍内微小環境(ヘルパーT細胞*3の分化、腫瘍随伴マクロファージ(TAM)*4の浸潤、血管内皮細胞の増殖と腫瘍血管形成*5)を介して腫瘍の悪性化進展を促進すること、そしてIL-33のおとり受容体*6であるsST2がIL-33機能の阻害を介して抗腫瘍的に働くことを明らかにしています(Akimoto etal.2016)。

また、大腸がん細胞におけるsST2発現レベルと転移性は逆相関する傾向があり、マウスあるいはヒトの大腸がん細胞株でのsST2発現低下は腫瘍の増殖・転移を促進することが確認されています。

また新たに、腫瘍の悪性化進展とのかかわりが深い低酸素環境では、大腸がん細胞におけるsST2の発現が顕著に低下することを発見しました。


 このことから、大腸がん腫瘍組織中の低酸素領域のがん細胞ではsST2発現が減少し、これに伴いIL-33を介した大腸がんの悪性進展が促進されることが予想されました。しかし、これまで低酸素誘導性のsST2の発現低下に関する報告は皆無であり、その分子機序や、低酸素がsST2発現減少を介して腫瘍内微小環境やがんの悪性度におよ ぼす影響については不明でした。



研究の概要


 本研究では、低酸素下の大腸がん細胞でsST2 発現が顕著に低下することを発見し、その分子機構について解析しました。その結果、低酸素下のsST2発現には核内のIL-33タンパク質が関与していることを突き止めました。IL-33は細胞外で炎症性サイトカインとして機能する一方、核内では遺伝子発現制御に関与すると考えられていますが、その詳細は不明です。


 本研究では、低酸素下の大腸がん細胞では低酸素誘導因子(HIF)の制御によりIL-33遺伝子発現が亢進し核に移行すること、核に集積したIL-33タンパク質が転写因子GATA3と結合してGATA3によるsST2遺伝子の転写を抑制することを世界で初めて明らかにしました。

また、低酸素誘導性のsST2 発現低下は大腸がん細胞株のみならず、ヒトおよびマウスの大腸がん組織中の低酸素領域でも観察され、これが大腸がんの悪性進行を促進する可能性が考えられました。実際、腫瘍組織中では炎症性ヘルパーT細胞、抑制性T細胞*7やTAMの細胞数の増加および腫瘍血管新生の亢進が観察されました。そこで、低酸素に応答してsST2の発現が亢進するようにしたマウス大腸がん細胞を作製してマウスに移植したところ、低酸素腫瘍領域でのsST2発現低下が緩和されると共に、腫瘍の増殖および肺への遠隔転移が効果的に抑制されることが示されました。



研究の成果


 大腸がん腫瘍組織中の低酸素領域で生じる炎症性微小環境の改善が腫瘍増殖と転移の抑制に有効であることを発見しました。



本研究の意義


 大腸がんの罹患率および死亡率が世界的に増加する中で、大腸がん治療のための医療は飛躍的に進歩してきています。しかしながら、現代医療によっても、遠隔転移を伴う進行した大腸がんの治療は非常に困難です。


 本研究では大腸がん組織内の低酸素領域限定的なsST2発現により腫瘍増殖および遠隔転移を効果的に抑制できることを示しました。このことは、大腸がん低酸素領域を標的としたIL-33阻害による治療が実現可能であることを示唆しています。「大腸がんに対するIL-33阻害の抗腫瘍効果」は炎症性の腫瘍内微小環境の改善を基盤としており、この点で殺細胞効果を中心とする従来の抗がん剤とは大きく異なります。


したがって、本研究で得られた知見を活かして、将来的に新たなアプローチでの大腸がん治療戦略を確立できる可能性があります。IL-33阻害は転移を伴う大腸がんにも有効であると考えられ、これまで対処不可能であった進行大腸がんに対する新たな治療法の展開につながることが期待されます。


概略図:


(A) 低酸素状態の大腸がん細胞。HIFの制御によりIL-33遺伝子発現が亢進する。核に集積したIL-33タンパク質が転写因子GATA3との結合を介してsST2遺伝子の発現を抑制する。


(B) 大腸がん腫瘍の低酸素領域。ここでは、sST2の発現低下と共に、がんの悪性化に関わる炎症性の腫瘍内微小環境(ヘルパーT細胞の分化、TAMおよび抑制性T細胞の増加、腫瘍血管形成の促進)がIL-33により誘導される。これに対し、腫瘍低酸素領域中のがん細胞限定的にsST2発現を誘導すると、腫瘍増殖および遠隔転移が効果的に抑制される。



研究成果のまとめ(ポイント)


1.低酸素培養下のマウスおよびヒトの大腸がん細胞株では、腫瘍増殖および転移を抑制する

 インターロイキン—33(IL-33)デコイレセプター(sST2)の発現レベルが低下することを見

 出しました。


2.低酸素誘導性のsST2発現低下の分子機構を明らかにしました。


3.ヒト大腸がん組織中の低酸素領域のがん細胞でもsST2発現が低下することを見出しまし

 た。


4.大腸がんを移植したマウスで、腫瘍低酸素領域中のがん細胞限定的にsST2発現を誘導す

 ると、腫瘍増殖および遠隔転移が効果的に抑制されることを示しました。



研究グループ


帝京大学医学部生化学講座助教秋元美穂 (主任教授安達三美)および千葉県がんセンター研究所特任研究員竹永啓三ら。




用語の説明


*1 腫瘍内微小環境:腫瘍細胞の周囲に存在する細胞や分子などが形成する局所的な環境。


*2 インターロイキン—33:通常は上皮細胞や血管内皮細胞の細胞核に存在し、これらの細胞

の損傷によって放出され、修復応答の構成因子を集める「アラーミン(alarmin)」の一

つ。花粉症などのアレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、気管支喘息などの発症に関わ

る細胞群を活性化することでも知られる。


*3 ヘルパーT細胞:リンパ球の一種で、免疫担当細胞の一つ。


*4 腫瘍随伴マクロファージ:白血球の一つで、血液中の単球から分化して生じるマクロファ

  ージの型の一つ。Tumor-associated macrophage (TAM)とも呼ばれる。多くのヒトの

  腫瘍微小環境においてがん細胞の増殖・転移を促進する作用があることが示されてい

る。


*5 腫瘍血管新生:既存の血管から新たな血管枝が分岐して腫瘍内に血管網を構築する現象。


*6 おとり受容体:デコイレセプターとも言われる。増殖因子やサイトカインに結合すること

  で、細胞が有する本来のレセプター(受容体)への結合を阻害する。


*7 抑制性T細胞:免疫抑制細胞の一つ。自己に対する免疫応答を回避する「免疫寛容」に重

  要な役割を果たす一方、がん細胞の「免疫回避」にも関与して抗腫瘍免疫応答を抑制す

  る。




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