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健康を科学で紐解く シリーズ181 「口腔・頭頸部および肺がんの増殖と薬剤耐性に重要な新しいメカニズムを解明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


口腔・頭頸部および肺がんの増殖と薬剤耐性に重要な新しいメカニズムを解明




研究成果(ポイント)


1.口腔・頭頸部および肺がんにおいて、細胞増殖のシグナルを伝える AXL とEGFR が複合

 体を形成し、潜在的ながん遺伝子の一つである YAP の活性化を活性化させ、増殖と薬剤

 耐性を付与するメカニズムを明らかにしました。


2.今後、がん細胞の増殖を抑える EGFR 阻害薬に、AXL あるいは YAP を標的とする阻害

 薬を併用した新たながん治療法の開発が期待されます。




概要


 広島大学病院口腔検査センターの安藤俊範助教の率いる研究グループは、細胞膜表面のタンパクである AXL と EGFR が二量体を形成し、下流のがん遺伝子である YAPを活性化させることで、がん細胞の増殖および EGFR 阻害薬への耐性を付与する新たなメカニズムを解明しました。

EGFR は口腔・頭頸部がんで高発現、および肺がんで活性化変異しているため、EGFR 阻害薬が使用されていますが、耐性・再発が問題となっていました。


本研究の成果により、EGFR 阻害薬への耐性獲得を防ぐためには、AXL を標的とする薬剤、あるいは YAP を標的とする薬剤を併用することが有効であることが示されました。




背景


 がんは国民の死因第 1 位の疾患です。2 人に 1 人はがんになる時代であり、がん治療の発展が望まれています。近年では、がんの遺伝子異常を同定することでシグナル経路(注1)の活性化を予測し、効果的な薬剤を選択する治療が行われています。


 口腔・頭頸部および肺がんでは、特に EGFR(注2)の遺伝子異常が標的となっています。EGFR は細胞膜表面に存在し、複数のシグナル経路を活性化させて増殖を促します。EGFR は口腔・頭頸部がんでは高発現しており、抗 EGFR 抗体が治療薬として使われています。しかし単剤による効果は予想外に低く、耐性・再発が問題となっています。また肺がん(特に亜型である肺腺癌)では EGFR の遺伝子変異(日本人では約 50%)が生じており、EGFR の活性化を防ぐ阻害薬が使用されています。治療効果は比較的高いですが、やはり薬剤耐性が問題となっています。耐性・再発を防ぐに様々な分子標的薬との組み合わせも試みられていますが、より効果的な治療法の開発が求められています。したがって口腔・頭頸部および肺がんのいずれも、EGFR 阻害薬に対する耐性メカニズムの解明が望まれています。


安藤助教はこれまでの研究で、EGFR が Hippo シグナル経路の下流因子であるYAP(注3)を活性化し、口腔・頭頸部および肺がんの増殖を促すメカニズムを明らかにしていました。

一方で、EGFR 阻害薬に耐性を示す症例では YAP の活性化が報告されています。したがって EGFR 阻害薬は確かに YAP を一時的に抑制しますが、YAP を再び活性化する未知のメカニズムが存在する可能性が示唆されていました。


そこで安藤助教が率いる研究グループは、YAP 活性化を導く未知のメカニズムを解明することで、EGFR 阻害薬の耐性を防ぎ、がんの治療効果を大きく向上させることが可能になると考え、研究を開始しました。




研究成果の内容


 EGFR 阻害薬に耐性を示す症例では、EGFR 以外の受容体型チロシンキナーゼ(注2)の過剰発現も報告されています。そのため研究グループは、EGFR 以外の受容体型チロシンキナーゼの過剰発現が YAP の再活性化をもたらしているのではないかと考えました。


まず研究グループは、がん細胞株と組織の遺伝子発現データベースを用いて、YAPの活性化に最も重要な受容体型チロシンキナーゼを解析して、AXL を同定しました。AXL を高発現するがん細胞株に既存の AXL 阻害薬(AXL の活性を阻害する低分子化合物)を投与すると、YAP が不活性化されて、細胞の増殖が抑制されることを見出しました。

さらに、AXL が EGFR と二量体を形成することで、EGFR と Hippo 経路を介してYAP を活性化するメカニズムを明らかにしました。そこで AXL を高発現するがん細胞株に対して、EGFR 阻害薬と AXL 阻害薬を併用すると、それぞれの単剤に比べて、相乗的に YAP を不活性化して増殖を抑制することを見出しました。YAP を恒常的に活性化させると、この相乗的な YAP の不活性化と増殖の抑制は消失しました。


つまり、AXL を高発現するがん細胞の場合は、EGFR 阻害薬だけでは十分に YAP を不活性化できておらず、AXL 阻害薬を併用することで初めて YAP を完全に不活性化できることが明らかになりました。




今後の展開


 本研究により、AXL が YAP を活性化させる新たな上流因子であること、そしてEGFR と YAP の活性化を介して EGFR 阻害薬への耐性を付与する新しいメカニズムが明らかになりました。


今後、AXL の高発現を確認あるいは予測した上で、EGFR 阻害薬に AXL 阻害薬、あるいは YAP そのものを標的とする薬剤を併用することで、EGFR 阻害薬の耐性を防ぐ新たな治療戦略の開発が期待されます。同時に、新たな AXL 阻害薬や YAP 阻害薬の創薬開発が期待されます。




参考資料


左図:AXL 過剰発現により、EGFR と二量体を形成して Hippo 経路を制御し、YAPを活性化させて増殖・耐性を促す。

右図:新たな治療戦略として、EGFR 阻害薬に AXL 阻害薬あるいは YAP 阻害薬を併用する。YAP 活性化による EGFR 阻害薬耐性を防ぐことが可能になる。




用語説明


注 1 シグナル経路:


細胞内でリン酸化等の修飾を伝えていく分子の経路である。シグナル経路の活性化は細胞の増殖などを引き起こす。遺伝子異常が生じると、下流に位置するシグナル経路は活性化し、がん細胞は活性化したシグナル経路に依存して増殖能を獲得する。


注2 EGFR(Epithelial Growth Factor Receptor 上皮成長因子受容体):


ERBBファミリー(EGFR, HER2, HER3, HER4 がある)に属する受容体型チロシンキナーゼの一つである。EGF などのリガンドが結合することで二量体を形成して活性化し、下流の様々なシグナル経路を活性化させる。また EGFR は EGFR 同士だけではなく、別の受容体型チロシンキナーゼとも二量体を形成できる。


注3 Hippo 経路と YAP:


比較的新しく登場したシグナル経路であり、細胞の増殖や臓器形成に重要である。Hippo 経路は YAP を制御しており、YAP の活性化は核内における増殖に必須な遺伝子の発現を促す。

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