未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
「胎生期の造血幹細胞の増殖・維持に寄与する新規遺伝子の同定」
― 造血幹細胞を生体外で増殖する技術開発への期待 ―
発表のポイント
1.全ての血液細胞を生み出す造血幹細胞は、ヒトを含む哺乳類では胎生期において大動脈の
内腔に出芽するように形成される血液細胞の小さな集合体(血液細胞塊)において最初に出
現します。
2.生体外での維持が難しいこの血液細胞塊構成細胞に、転写因子 Sox17 を導入すると、培
養皿上で維持できることを本研究グループは以前明らかにしましたが、その仕組みは未解
明でした。
3.転写因子 Sox17 が Ras interacting protein 1 (Rasip1)遺伝子の発現制御領域に直
接作用して発現を誘導し、さらに Rasip1 分子が造血幹細胞を含む血液細胞塊の維持に寄
与することを初めて明らかにしました。
4.造血幹細胞の発生と維持の仕組みの一端を解明した本研究の成果は、今後造血幹細胞を生
体外で増殖させ応用する技術開発へつながることが期待されます。
(A)哺乳類の胎生中期の大動脈において、血液細胞と血管内皮細胞の両方を生じる細胞より、出芽するように血液細胞が出現し、小さな集合体である血液細胞塊を形成します。そして、この血液細胞塊の Sox17 発現細胞に造血幹細胞が初めて生じます。
(B)転写因子 Sox17 が Rasip1 遺伝子の発現制御領域に直接作用して発現を誘導することが、細胞塊の形成や造血能の維持に必要であることを示しました。血瑛細胞塊構成細胞に Sox17 を導入すると、細胞塊を形成しつつ造血能が維持されます。この細胞より実験的に Rasip1 の発現量を減少させると、細胞塊形成能および造血能が低下することを明らかとしました。
東京医科歯科大学難治疾患研究所幹細胞制御分野メリグゲレル大学院生、田賀哲也教授と中村学園大学栄養科学部栄養科学科信久幾夫教授(東京医科歯科大学非常勤講師併任)の研究グループは、東京医科歯科大学実験動物センター、東京大学医科学研究所および農学生命科学研究科、京都大学 iPS細胞研究所との共同研究で、胎生期に初めて造血幹細胞が出現する時期の造血幹細胞※1の維持に関与する転写因子 Sox17 の新たな分子機構として、Ras interacting protein 1 (Rasip1)遺伝子の発現制御領域に直接作用し発現を誘導することが、造血能維持に必要であることを突き止めました。
研究の背景
造血幹細胞は、全ての血液細胞を生み出します。哺乳類において、胎生期に最初に造血幹細胞が生じるのは、大動脈に存在する血液細胞と血管内皮細胞※2の共通の起源細胞から、大動脈内腔に出芽するように形成される血液細胞塊※3であることが明らかとなっています。
本研究グループは、この血液細胞塊の形成と造血幹細胞の維持に転写因子※4Sox17 が関与し、血液細胞塊の構成細胞に Sox17 を導入すると培養皿上で細胞塊を形成しつつ造血幹細胞を維持できること、また、これらの現象には Sox17 が様々な遺伝子の発現を上昇させることが必要であることを報告してきましたが、まだ未解明の部分が多く残されていました。
研究成果の概要
本研究では、転写因子 Sox17 が発現を誘導する遺伝子を同定することを目的として、転写因子 Sox17 が発現する細胞において緑色蛍光タンパク質である GFP 遺伝子が発現するマウス胎仔を用いて、血液細胞塊のSox17 発現細胞および非発現細胞をそれぞれ回収して、遺伝子の発現を網羅的に解析しました。
その結果、Sox17 が発現している血液細胞塊構成細胞において発現が亢進している遺伝子として Ras interacting protein1 (Rasip1) を見出しました。Rasip1 は、血管内皮細胞において細胞の構造や接着に関与することが知られていましたが、マウスの胎仔においても大動脈に認める血液細胞塊の細胞膜に発現し、それらの一部の細胞では核内に Sox17 が共に発現していました。さらに、Sox17 が Rasip1 遺伝子の発現制御領域に直接結合して発現を誘導することを明らかにしました。また、Sox17 遺伝子を導入した血液細胞塊構成細胞に対して Rasip1 遺伝子の発現を実験的に減少させると、本来見られる造血能が低下した一方で、血液細胞塊構成細胞に Rasip1 遺伝子を導入して強制発現すると造血能の亢進が認められました。これらの結果から、Sox17 により発現が亢進した Rasip1 が、造血幹細胞を含む血液細胞塊形成および造血能維持に寄与することがわかりました。
研究成果の意義
血液細胞塊に生じた造血幹細胞は、その後、胎生が進むと肝臓に移り数を増やし、出生前には骨髄に到達し生涯を通じて維持されます。転写因子 Sox17 は、骨髄の造血幹細胞では発現が認められず、胎仔の造血幹細胞においてのみ発現が認められますが、他のグループの研究より、自己複製能が低く分裂がほとんど止まっている骨髄の造血幹細胞に Sox17 を導入すると、胎仔期の造血幹細胞のように自己複製が盛んとなり、造血幹細胞が若返るのではないかと報告されています。
本研究グループが胎生期に初めて造血幹細胞が出現する時期に焦点を当てて見出した Rasip1 は、これら血管内皮細胞から生じる胎仔の造血幹細胞の特徴を決めている遺伝子の 1 つであると考えられます。現在、造血幹細胞移植において移植する細胞が不足しており、本研究の成果が、骨髄の造血幹細胞を生体外で増殖させ応用する技術開発への展開が期待されます。
本研究では、造血幹細胞を含む血液細胞塊構成細胞に Rasip1 を強制発現すると造血能が上昇することを明らかにしました。さらに造血幹細胞の増殖を促す分子の検討を行うことで、骨髄の造血幹細胞を生体外で増殖させる技術開発へ結びつくことが期待されます。
用語解説
※1 造血幹細胞:
赤血球、白血球、血小板などの全ての血液細胞を生み出す能力(多分化能)と、自身が枯渇しないように複製する能力(自己複製能)を合わせ持つ細胞です。生体では、骨の中の骨髄に存在します。
※2 血管内皮細胞:
血液が流れる血管の管を構成する細胞を示します。胎生期の半ば頃にのみ、血液細胞と血管内皮細胞の両方を生み出す細胞が存在して、その細胞から生じた胎仔の造血幹細胞は血管内皮細胞で発現しているタンパク質が複数認められます。
※3 血液細胞塊:
ヒトを含む哺乳類では、胎生期において大動脈の血液細胞と血管内皮細胞の両方を生み出す細胞から血液細胞が生み出される時に、内腔に出芽するように血液細胞が生じます。この時は、まだ接着性が高いため血液細胞の小さな集合体となり、この集合体を血液細胞塊といい、この中に最初に造血幹細胞が生じることが知られています。この血液細胞塊は、胎生期の半ば頃のごく限られた時期にのみ認められ、すぐに消失してしまいます。
※4 転写因子:
ゲノム DNA が持つタンパク質の情報を RNA に写しとるかを決める時に、DNA に結合して RNA 合成酵素を引き寄せる目印となるタンパク質を転写因子といいます。ただし、逆に DNA からタンパク質の情報を RNA に写しとるのを抑制する転写因子も存在します。
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