未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
血液透析患者における心臓突然死リスクと残存腎機能との関連性
〜わずかに残った尿量すらも、長期の余命と栄養に関連することを発見〜
発表のポイント
1.新たに血液透析を必要とする患者さんにとって、自身に残っているわずかな腎機能すら
も、長期の余命と栄養に有利な影響がある。
2.残存する腎機能の利点は、老廃物の除去と、余分な水分の排出である。
3.腎臓病患者さんの健康を守るために、腎臓の機能を保つことや、栄養の状態を向上させる
取り組みが広がることが、今後ますます期待される。
要旨
名古屋大学大学院医学系研究科腎臓内科学の岡崎雅樹(臨床研究教育学 助教)は、米国・カリフォルニア大学アーバイン校腎臓内科 Kamyar Kalantar-Zadeh 教授、同国・ミシシッピ大学腎臓内科小尾佳嗣助教、同大学腎臓内科 Tariq Shafi 教授、テネシー大学腎臓内科 Csaba Kovesdy 教授らとの共同研究により、血液透析*1 を新たに開始した約 4 万人の末期腎不全*2 患者さんにおける 1 日あたりの尿と、心臓突然死を含む心血管病死亡および非心血管病死亡リスクとの関連性を解析しました。その結果、残存している腎機能を失うことは、心臓突然死を含むあらゆる死亡リスクの上昇と関連すること、そしてその背景の一つに栄養指標が悪化する傾向があることを明らかにしました。
日本では、腎臓病が進行したために新たに血液透析を必要とする患者さんが、毎年3 万 5 千人以上います。これらの患者さんは、24 時間働いて尿を作っている腎臓の働きが大きく低下し、自分の腎臓では老廃物を十分に体の外へ出すことができないために、血液透析等の腎代替療法*3 を行うことで、自身の健康と生命を維持しています。
今回、腎臓の働きが高度に低下した患者さんの大規模なデータを分析することによって、腎臓が担っている生理的な役割が、健康の維持にとっていかに重要であるかが、改めて浮き彫りになりました。
本研究の結果を受けて、血液透析を受けている腎臓病の患者さんに対して、腎機能を保つための新規治療を開発する臨床研究の必要性が明らかとなりました。
背景
日本では約 35 万人の末期腎不全患者さんが、健康と生命の維持のために、定期的な透析治療を受けています。医療技術や透析機器の進歩に伴い、腎不全患者さんは長期間にわたって生存できるようになりました。しかし、透析患者さんの 5 年生存率は依然として、胃がんや悪性リンパ腫*4 を患うがん患者さんと同等かそれ以下です。さらに、透析治療を長年続けていくためには、厳しい食事制限や水分制限が求められる場合が多いのが現実です。結果として、透析患者さんの間では低栄養やフレイル*5 が増えていることが、医療現場のみならず社会全体の大きな問題となっています。
腎不全の患者さんは、腎臓という 24 時間働いて尿を作っている臓器の働きが大きく低下し、自分の腎臓では老廃物を十分に体の外へ出すことができないために、食べた物やその老廃物である尿毒素が、自分自身の体に蓄積していきます。つまり透析患者さんが厳しい食事制限を求められる背景には、自分の腎臓だけで食物や老廃物を体外へ排出できないこと、そして血液透析の標準的な治療スケジュールが、1 回あたり 3〜5 時間の透析治療を週 3 回行うという、間欠的な特性を持っていることが挙げられます。
そこで本研究グループは全米規模の透析患者さんの大規模データを用いて、ある程度自分の腎機能が残っている患者さんは、食べた物を自分の尿で体の外へ排出する余力があるために心臓にかかる水分蓄積の負担が少なく、心臓突然死を含む心血管病死亡リスクが低いという仮説を立て、検証を行いました。
研究成果
2007 年から 2011 年にかけて、米国内のある大規模透析グループで新たに透析治療を開始した 18 歳以上の 20 万 8820 名の対象者のうち、蓄尿データを有しており、かつ週 3 回の血液透析を 60 日以上受けた合計 3 万 9623 名を解析の対象としました。
定期的な血液透析を開始した時点で残存している腎機能(腎尿素クリアランス*6 もしくは1 日尿量)が低い順にグループ分けを行い、最大 1,000 日間の追跡期間を設定し、心臓突然死を含む心血管病死亡および非心血管病死亡リスクに着目して解析を行いました。
残存腎機能(腎尿素クリアランス)と、原因別死亡リスクについて(図 1)
図 1. 慢性血液透析開始時の腎尿素クリアランスと死因別死亡リスク
中央値 548 日の観察期間中に、2,772 件の心血管病死亡(1,905 件の心臓突然死を含む)および 2,198 件の非心血管病死亡が発生しました。透析治療スタート時の残存腎機能が低いほど、死因に関わらず死亡リスクが有意に高い傾向を認めました。患者さんの治療背景を分析すると、残存腎機能が低い患者さんは、タンパク質摂取の指標である標準化蛋白異化率(nPCR: normalized protein catabolic rate)が有意に低い傾向があること、1 回の血液透析中に透析器で水分を体から抜き出す速度(限外濾過速度:ultrafiltration rate)が大きい傾向にあることが明らかとなりました。この機械的に体から水分を抜き出す速度が大きすぎると、患者さんは透析治療後に疲労感や筋痙攣、立ちくらみといった辛い症状を感じやすくなることが広く知られています。
残存腎機能(1 日あたり尿量)の 6 ヶ月後の変化と、原因別死亡リスクについて(図 2)
図 2. 慢性血液透析開始後 6 ヶ月間の 1 日尿量の変化と死因別死亡リスク
週 3 回の血液透析を新たに開始してから 6 ヶ月後の蓄尿データを得られた 1 万 2169名を対象とした二次解析の結果、1 日あたりの尿量を失う速度が早いほど、心臓突然死および非心血管病死亡リスクが高くなる傾向が明らかとなりました。さらに、統計的精査を行なった結果、残存腎機能が患者さんの余命にもらす利益の一部分は、透析治療中に水分を体から抜き出す速度が穏やかになることで説明されることが分かりました。
今後の展開
今回の研究成果により、血液透析患者さんの長期的な健康を考えるうえで、わずかでも残っている腎臓の機能を保つための治療戦略を開発する必要性が明らかとなりました。
また、腎臓が本来、人の健康を保つために担っている役割を研究することにより、腎不全と共に生きていかざるを得ない患者さんにとって、健康的な生活を守るために必要な新しい治療法の開発につながっていくことが期待されます。
用語説明
*1 血液透析:
血液透析療法は、機械に自分の血液を通し、血液中の老廃物や不要な水分を除去し、血液をきれいして自分自身に送り返す治療法です。具体的には、腕の動脈と静脈をつないだ“シャント”という太い血管に針を刺します。ポンプで血液を体の外に抜き出し、透析膜というフィルターで尿毒素や余分な水分を取り除き、塩分やミネラルを調節した後に、体に戻します。一般的な血液透析は 3-5 時間かけて行われますが、本来 24 時間働いている健康な腎臓と比べると、1 週間あたり合計 12 時間の血液透析では、約10%程度しか肩代わりできないとされます。
*2 末期腎不全:
腎臓の働きが正常な腎臓の 15%未満に低下し、体内の老廃物や余分な水分を十分に排泄できない状態です。薬による治療や食事療法にも関わらず、体にたまった老廃物によって尿毒症が起きたり、過剰な水分が心臓の負担となって心不全が起きたりする場合には、腎臓の機能を肩代わりする治療(後述の腎代替療法)が必要になります。
*3 腎代替療法:
失われた腎臓の働きを補う治療法を腎代替療法と呼び、大きく分けて3 つ挙げられます。1 つ目は血液を透析器に通してきれいにする「血液透析」、2 つ目は自分自身のお腹にカテーテルという管を入れて、それを通して透析液を出し入れする「腹膜透析」、3 つ目は他の人の腎臓をもらって手術で自分の体内に移植する「腎移植」です。3つの腎代替療法には、それぞれに長所と課題があります。そのため、患者さんにとって重要なポイントは、お互いの腎代替治療の特徴をよく知ったうえで、必要に応じて専門家のアドバイスを得ながら、納得した選択をすることです。
*4 悪性リンパ腫:
血液中のリンパ球ががん化する病気です。国立がん研究センターの統計情報では、2009 年から 2011 年にかけての悪性リンパ腫の 5 年相対生存率は67.5%です。
(出典:国立がん研究センターがん情報サービス)
*5 フレイル:
厚生労働省研究班によると、加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態であるが、一方で適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能な状態とされています。
*6 腎尿素クリアランス:
クリアランスとは、血液中の老廃物を、腎臓がどれくらい効率的に取り除くことができるかを測定したもの]です。慢性腎臓病が進むほど、腎臓の働きが低下するため、腎臓における尿素のクリアランスは低下します。その結果、尿素が血液中に蓄積します。腎尿素クリアランスを測定することによって、腎臓がどの程度機能しているか(あるいは機能していないか)を知ることができます。
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