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健康を科学で紐解く シリーズ189 「がん転移前の肺で転移しやすい場所が形成されるメカニズムの発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


がん転移前の肺で転移しやすい場所が形成されるメカニズムの発見




発表のポイント


1.がんの転移は、原発がんが転移前に遠隔の臓器に転移しやすい土壌を作り出す。


2.原発がんは、肺にスポット状の透過性亢進部位を作り出すことにより転移する。

 この部位にはフィブリノーゲンが血管に沈着している。


3.ヒトにおいては、病的フィブリノーゲンと血清アミロイドの複合体が沈着する場所が発生

 し、この部位に転移が起きる。この沈着を防止することによる新たながん転移予防、治療

 法の開発が期待される。




概要


 信州大学先鋭領域融合研究群 バイオメディカル研究所平塚佐千枝 教授らの研究グループは、血清アミロイドタンパク質の遺伝子群をヒト化した動物の研究を行い、肺では、ヒトの病的フィブリノーゲンと血清アミロイドの複合体が沈着した場所に、がん細胞が転移することを確かめました。この場所を転移前ソイルと呼びます。


ヒト化動物モデルでは、病的フィブリノーゲンに対するペプチド(短いタンパク質)を投与すると、がんの転移が抑えられることも分かりました。さらにこの病的フィブリノーゲンに対する特異的抗体を開発し、がん患者の肺に、動物モデルと類似して限局した転移前ソイルが存在することが確かめられました。


 高齢化により、がんの罹患率と死亡率は上昇しています。がんの予防という点に関しては、原発巣の発生とその防御についての研究がこれまでの主たるものです。転移は、転移しやすい臓器(転移指向性)があること知られていますが、本研究グループは、宿主側の臓器が原発巣の影響により、転移前に炎症様反応をおこして転移向性が決まる現象をマウスの実験系で証明してきました。しかしながら人においてこのような現象が生じる可能性があるのか不明でした。


原発のがんが増大し、転移にいたるまでの過程は、慢性あるいは亜急性の炎症に似ています。がんのあるマウスでは、転移前の臓器、特に肺においては炎症様反応を発端として、透過性亢進後に凝固系のカスケードが動き、フィブリノーゲンが血管に沈着します。また血中に侵入したがん細胞は、この局所部位に集積しやすいことが分かっています。がんで亡くなられた患者の肺で、明らかな転移は認めませんが、透過性亢進の可能性があった部位にフィブリノーゲンが沈着することが観察されます。今回の研究で、がん患者の肺で、病的フィブリノーゲン(シトルリン化)は非常に限局した場所に発生し、特異的抗体にて検出することができました。


 本研究により、担がん患者の転移前、あるいはがん細胞が転移先の血管に生着したような早い段階で、肺において転移の危険部位を検出できる可能性が考えられ、将来的にがんが転移する可能性のある部位の検索や治療を早期に行う事が期待できます。




研究の背景と経緯


 がんは、我が国の死亡原因の第1位です。男性、女性ともに、おおよそ2人に1人が一生のうちにがんと診断され、男性ではおおよそ4人に1人、女性ではおおよそ6人に1人ががんで死亡すると言われています。がん細胞が転移するにあたって、原発巣、転移巣、つまりがん細胞が存在する影響はかなり解析がすすんでいますが、がん細胞は転移先をどのように選ぶのかについては不明な点が多いのが現状です。動物モデルでは、がんは転移する前にすでに遠隔の臓器に転移に有利な土壌を作成することが明らかになっています。さらに原発がんより分泌される因子によって、肺において炎症類似反応が引き起こされ、転移向性の土壌が形成されます。これを転移前ソイルと呼びます。このソイルの血管は透過性が亢進し、その反応を止めようとして、凝固系の中間産物のフィブリノーゲンが沈着します。このフィブリノーゲンの沈着は、亡くなったがん患者さんの肺にも、観察されていました。ヒトにおける病変部位の観察は、貴重な知見ですが、本当にこの部位にがん細胞が転移するかは、転移モデルマウスにおいての関連分子を明らかにし、それをヒトの分子に置き換えて、ヒトのがん細胞が転移するかを確かめる必要があります。




研究の内容


 今回本研究グループは、がんで亡くなられた患者さん(がん患者)と、がん以外の疾患で亡くなられた患者さん(非がん患者)の肺の標本より、フィブリノーゲンの沈着した血管をレーザーマイクロダイセクション法により収集し、RNA を抽出し、遺伝子発現を比較しました。


がん患者の血管では血清アミロイド遺伝子群(SAAs クラスター遺伝子)の発現上昇が認められました。この遺伝子クラスターは、マウスとヒトで類似保存されていますが、異なる部分もあるため、マウスとヒトの遺伝子を入れ替え、ヒト化マウスを作製しました(図1)。

このマウスにヒトのがん細胞を移植するためには、免疫不全マウスにする必要があるため、さらに Rag1-/-のバックグラウンドの動物を作製し、転移実験を行いました。ヒトフィブリノーゲンと SAAs 複合体が沈着した限局した血管に、ヒトがん細胞は生着し、最終的に転移結節を形成しました。生化学的実験から、このフィブリノーゲンには、転写後修飾の一つである、シトルリン化のタンパク質修飾がおきていることが分かりました。つぎに転移を抑制するため、シトルリン化フィブリノーゲンへの機能ブロックペプチドを投与し、動物モデルで転移抑制ができました。



 ヒトにおいてシトルリン化フィブリノーゲン-SAAs 複合体の集積場所である、転移前ソイルの検出を試みました。ヒトシトルリン化フィブリノーゲン特異的抗体を作製し、がんの患者さんの剖検肺において、限られた場所の血管に複合体沈着を認めました。ヒトにおける転移ソイルの1つの要因として、血管内にシトルリン化フィブリノーゲン-SAAs 複合体が形成されると、がん細胞はここを足場として生着し、血管から組織に浸潤して転移を起こすことが分かりました(図2)。





今後の展開


 患者さんの場合は、原発のがんが見つかっても、兆候のない正常な部分を採取して調べる事は行いません。今後このヒト化動物モデルを用いて、肺のシトルリン化フィブリノーゲン-SAAs 複合体を個体レベルで検出することを目指します。


特異性と感度を上げることにより、将来患者さんのがん転移の前や極早期転移を、侵襲がない状態で調べ、予防的な治療ができる可能性が見込まれます。

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