未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
喘息や肺線維症の発症を抑制する因子の同定
―CD45による2型自然リンパ球制御機構を解明―
概要
京都大学医生物学研究所 生田宏一教授、崔广為 同助教(研究当時)と医学研究科人間健康科学系専攻榛葉旭恒 助教、理化学研究所生命機能科学研究センター城口克之 チームリーダーらの研究グループは、リンパ球の表面に発現するタンパク質 CD45※1が、肺の炎症や線維化に関わる 2 型自然リンパ球(ILC2)の抑制因子であることを明らかにし、CD45 が ILC2 を介してアレルギー性肺疾患や肺線維症の発症を抑制していることを発見しました。
ILC2 は迅速かつ大量に IL-5 などの 2 型サイトカイン※2を産生することにより、寄生虫感染防御の最前線に立つ自然リンパ球です。一方、ILC2 はアレルギー性疾患である喘息や難治性疾患である肺線維症の発症と増悪に関与していることから、その増殖と活性化の機序を明らかにすることが非常に重要です。
本研究では、遺伝子欠損マウスや網羅的な遺伝子発現解析を用い、CD45 が ILC2 の新規抑制因子であることを発見しました。CD45 は Src ファミリーキナーゼ※3 や細胞内代謝を制御することで、ILC2 の増殖や活性化と 2 型サイトカイン産生を抑制していました。
さらに、CD45 は ILC2 を介して気道炎症や肺線維症に対する軽減作用を持っていることが示されました。
本研究成果は、将来、喘息や肺線維症の治療薬の開発につながることが期待されます。
図:CD45 は ILC2 の抑制を介して喘息と肺線維症を軽減する
背景
2 型自然リンパ球(ILC2)は IL-33 や IL-25 などの組織損傷の際に放出されるサイトカインにより活性化し、細胞数が少ないにもかかわらず、迅速かつ大量に 2 型サイトカインを産生することで、寄生虫や真菌感染に対する免疫応答において大きな役割を担っています。
一方、ILC2 の活性化はアレルギー性疾患である喘息や難治性疾患である肺線維症の発症と増悪にも関与しています。したがって、ILC2 の増殖と活性化を抑制する機序を明らかにすることは、炎症の収束や喘息と肺線維症の発症を防ぐために非常に重要です。
しかし、ILC2 の活性化因子が数多く報告される中、ILC2 の抑制に関わる因子についてはほとんど不明でした。
研究手法・成果
本研究では、まず医生物学研究所にて新たに発見した自然突然変異の CD45 欠損マウスにおいて、造血細胞分化の場である骨髄内の ILC2 細胞数、特に KLRG1 陽性の成熟 ILC2 細胞数が増加し、肺の ILC2 が過剰な活性化状態にあることを見出しました。また、CD45 欠損骨髄細胞を用いた競合的骨髄移植実験※4において CD45欠損 ILC2 が著しく増加したことと、CD45 欠損 ILC2 の刺激培養において 2 型サイトカイン産生が亢進することを示しました。
続いて、デジタル RNA シーケンス法を用いた網羅的遺伝子発現解析により、CD45 欠損 ILC2 において増殖や成熟、細胞内代謝、2 型サイトカイン産生と線維化に関係する遺伝子の発現が変動し、2 型免疫応答が亢進する遺伝子発現様式を示すことがわかりました。
さらに、CD45 欠損 ILC2 細胞内で Src ファミリーチロシンキナーゼのリン酸化が高レベルで維持され、CD45 分子のホスファターゼ活性阻害剤の投与により過剰な 2 型サイトカイン産生が抑制されることを見出しました。また、高感度の細胞内代謝測定法を用い、CD45 欠損 ILC2細胞で解糖能が亢進し、グルコースの細胞内取り込みが上昇していることを明らかにしました。
最後に、CD45 欠損 ILC2 の病態に対する影響を調べるため、パパイン誘導性気道炎症モデルとブレオマイシン誘導性肺線維症モデルを用いました。気道炎症モデルにおいて、CD45 遺伝子欠損マウスまたは CD45 欠損 ILC2 を移入したマウスでは、好酸球の著しい増加や気道炎症の増悪を認めました。一方、肺線維症モデルにおいて、CD45 遺伝子欠損マウスでは肺間質の線維化の亢進を認めました。さらに、CD45 を含む細胞表面タンパク質に結合するガレクチン-9※5 を気道炎症モデルマウスに投与することで炎症が抑制されることを見出しました。
以上の結果から、ILC2 抑制因子として CD45 を新たに同定し、CD45 が ILC2 を介して喘息や肺線維症の発症を抑制することを明らかにしました。
波及効果、今後の予定
本研究により、ILC2 抑制因子として CD45 を新たに同定したことで、ILC2 の制御機構に新しい理解をもたらしました。CD45 が適応免疫系の T 細胞には促進的な働きを、自然免疫系の ILC2 細胞には抑制的な働きをすることから、CD45 が適応免疫と自然免疫のバランスを調節する可能性を示唆しています。さらに、CD45が ILC2 を介して喘息や肺線維症を軽減させることを明らかにしました。
今後は ILC2 上の CD45 に特異的に作用するリガンドの探索を進め、CD45 を介して ILC2 を効率的かつ特異的に抑制する方法を見出し、喘息や肺線維症の治療薬の開発に発展させることが期待されます。
研究者のコメント
本研究は、アレルギー性肺疾患である喘息や難治性疾患である肺線維症の発症に関係する 2 型自然リンパ球(ILC2)に注目し、ILC2 の抑制因子として新たに CD45 を同定しました。
CD45 を治療標的とすることで、新たな視点から喘息や肺線維症の治療薬の開発に貢献することが期待されます。(崔广為)
用語解説
※1 CD45:受容体型チロシンホスファターゼの一種で、赤血球と血小板を除くすべての
血液細胞(リンパ球など)の表面に発現する糖タンパク質であり、免疫細胞の分化・
増殖・活性化などを調節しています。Src ファミリーチロシンキナーゼを制御すること
が知られています。
※2 2 型サイトカイン:サイトカインは細胞から分泌される可溶性タンパク質で、細胞間の
情報伝達を担っています。主に標的細胞の分化・増殖・生存・活性化を誘導または抑制
します。2 型サイトカインは 2 型ヘルパーT 細胞などから産生されるサイトカインの
総称で、IL-4、IL-5、IL-13 などが挙げられます。2 型サイトカインは寄生虫感染な
どに対する生体防御機能を担う一方で、アレルギーの発症にも関係しています。
※3 Src ファミリーチロシンキナーゼ:非受容体型チロシンキナーゼであり、Src、Lck、
Fyn、Lyn などから構成されます。細胞内機能タンパク質をチロシンリン酸化すること
で、細胞の分化・成熟・活性化などを制御します。
※4 競合的骨髄移植実験:ILC2 を含む免疫細胞は、骨髄において幹細胞や前駆細胞から分化
します。2 匹のドナーマウス由来の骨髄細胞を 1:1 で混合し、1 匹のレシピエントマ
ウスに移植することで、各ドナー由来の血液細胞の性質を同じ条件下で競合的に比較す
ることができます。
※5 ガレクチン-9:細胞表面上の糖鎖を認識し結合するレクチンタンパク質ガレクチンの
一種であり、様々な免疫応答や炎症を調節する機能を持っています。
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