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健康を科学で紐解く シリーズ191 「体内時計の周期を決定する細胞を特定」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


体内時計の周期を決定する細胞を特定




 金沢大学医薬保健研究域医学系の津野祐輔助教,三枝理博教授らと,東京都医学総合研究所,明治大学の共同研究グループは,体内時計の1日の長さ(周期)を決定する細胞を明らかにしました。

ヒトを含む哺乳類では,昼夜の変化に対応して,睡眠や行動,体温,ホルモン分泌などが約 24 時間の周期で制御されており,これを概日(サーカディアン)リズムと呼びます。概日リズムを制御する体内時計の中枢は,視床下部の一部である視交叉上核にあります。しかしながら,視交叉上核内の多種・多数の神経細胞がどのように相互作用して,視交叉上核全体で統一された概日リズムを生成しているのか,そのメカニズムには未解明の点が多く残されていました。

この度,本研究グループは,脳内の物質“バソプレシン(※1)”を産生する神経細胞が,視交叉上核の他の神経細胞の周期を調節し,視交叉上核全体,ひいてはマウスの行動リズムの周期(1日の長さ)を決定することを発見しました。

時差を伴う旅行やシフト勤務,概日リズム睡眠障害(※2)など,さまざまな理由で体内時計が昼夜の変化に合わなくなると,日常生活が困難になります。したがって,概日リズム生成メカニズムの理解は,ヒトの健康の維持にとって極めて重要であり,睡眠障害,自律神経失調,メタボリックシンドロームなど,体内時計の乱れに起因する様々な疾患・健康障害の治療や予防に役立つことが期待されます。




本研究のポイント


1.視交叉上核バソプレシン神経細胞は,視交叉上核の他の神経細胞の神経活動を制御する

 ことでリズムを同期させ,周期を一致させる。


2.視交叉上核バソプレシン神経細胞が刻む概日リズムの周期により,体内時計全体,ひいては

 行動リズムの周期(1日の長さ)が決まる。




研究の背景


 ヒトを含む哺乳動物の行動や睡眠・覚醒,様々な身体機能(体温,ホルモン分泌,自律神経機能など)は,体内時計により約24時間周期のリズム(概日リズム)に調節されています。

これは,昼夜の変化に合わせて個体のパフォーマンスを最適化するシステムと考えられます。脳内の視床下部には体内時計として機能する視交叉上核が存在しており,時刻情報を全身に配信します。視交叉上核には約2万個の神経細胞が存在していますが,均一な細胞集団ではなく,性質の異なる複数のタイプの神経細胞から成り立っています。個々の神経細胞には,時計遺伝子(※3)を中心とした,リズムを生み出す分子機構が備わっていますが,この細胞時計はかなり不正確で,その周期にも細胞間で数時間程度のばらつきがあります。多くの神経細胞がどのようにコミュニケーションを取り合い,視交叉上核全体で統一された概日リズムを生み出すのか,異なる細胞タイプ間で役割分担があるのか,そのメカニズムについて不明な点が多く残されていました。




研究成果の概要


 今回,本研究グループは,視交叉上核に存在する神経細胞のうち,“バソプレシン”という物質を産生する神経細胞が,他の視交叉上核神経細胞の概日リズム周期を自身に合わせて調節し,視交叉上核全体,ひいては行動リズムの周期を決定することを明らかにしました。


本グループは以前,遺伝子操作によりバソプレシン陽性細胞のみで細胞時計の周期を24時間よりも長くすると,それに応じてマウスの行動リズムの周期も長くなることから,バソプレシン陽性細胞が視交叉上核全体の周期の決定に関与することを報告しましたが,その寄与の程度や,詳しいメカニズムは分かっていませんでした。

そこで本研究では,まずバソプレシン陽性細胞の貢献度を調べました。視交叉上核の神経細胞全体で細胞時計周期を長くした場合と,バソプレシン陽性細胞のみで長くした場合を比較すると,行動リズム周期の延長は同程度でした。一方,視交叉上核のもう一つの主要な細胞タイプである血管作動性腸管ペプチド(VIP)(※4)陽性細胞のみで細胞時計の周期を長くしても,行動リズム周期に変化は見られませんでした。このことから,バソプレシン陽性細胞が刻むリズムの周期が,行動リズム周期の主たる決定要因であることが示唆されました。

そこで,バソプレシン陽性細胞に合わせて他の視交叉上核細胞のリズム周期が本当に変化するのかを,自由行動下のマウスで直接検証しました。そのために,視交叉上核における生体内ファイバーフォトメトリー法(※5)を確立し,細胞タイプ毎に細胞内カルシウムの変動リズムを測定しました。先ほどと同様に,バソプレシン陽性細胞のみに遺伝子操作を加えて細胞時計周期を長くすると,行動リズム,バソプレシン陽性細胞のカルシウムリズムだけでなく,VIP 陽性細胞カルシウムリズムの3つ全てにおいて,同一の長い周期で同期したリズムを刻むことが確認できました。つまり,バソプレシン陽性細胞は,視交叉上核の他の神経細胞の刻むリズムを自身のそれに同期させ,周期を一致させることを示唆します。加えて,このバソプレシン陽性細胞の機能は,視交叉上核を摘出しスライスにしてシャーレ内で培養すると再現できないため,視交叉上核の活動を生体内で直接計測することが重要であることも明らかになりました。

最後に,光遺伝学(※6)の手法を用いて,視交叉上核内のバソプレシン陽性細胞の神経活動を人工的に高めると,VIP 陽性細胞もそれに応答して活動が上昇することを生体内で示し,バソプレシン陽性細胞が VIP 陽性細胞の活動を調節できることを,直接証明しました。




意義と今後の展望


 本研究では,自由に行動しているマウスの脳内で,視交叉上核の特定の細胞タイプの活動を長期間記録する方法を確立し,バソプレシン陽性細胞が体内時計全体の周期を決めるペースメーカー細胞であることを示しました。視交叉上核にはバソプレシン陽性細胞や VIP 陽性細胞の他にも様々なタイプの神経細胞が存在し,それぞれがどのような機能を持つか,全体像は不明です。本研究で確立した研究手法を他の細胞タイプにも適用し,体内時計中枢・視交叉上核メカニズムの全貌を解明したいと考えています。


現代社会では生活リズムが乱れがちです。体内時計の乱れは,睡眠障害はもとより,うつ病,癌やメタボリックシンドロームなど,様々な疾患の発症リスクを高めると報告されています。また,概日リズム睡眠障害の典型例である睡眠相後退症候群(俗に言う宵っ張りの朝寝坊)では,体内時計の周期が長いことが一因で,24 時間周期の社会生活にうまく適応できません。体内時計中枢の詳細なメカニズムを解明することで,体内時計の乱れに起因するさまざまな健康障害・疾患に対し,最も適切な改善・治療法を見出すことができるようになると期待されます。




図1 視交叉上核バソプレシン神経細胞により決定される体内時計の周期


視交叉上核バソプレシン神経細胞が刻む概日リズムの周期により,視交叉上核全体の活動,ひいては行動の概日リズム周期(1日の長さ)が決まります。遺伝子操作によりバソプレシン陽性細胞のみで,時計遺伝子群にコードされる細胞時計の周期を24時間よりも長くすると,バソプレシン陽性細胞だけでなく,VIP 陽性細胞が刻む Ca2+活動リズム,マウスの行動リズム全てが,一致した長い周期を示します(中段)。この時の行動リズムの周期は,視交叉上核全体で細胞時計周期を長くした時の行動リズム周期と,ほぼ同じです(下段)。実際には正常マウスにおいても,視交叉上核の個々の神経細胞が刻むリズムの周期に数時間程度のばらつきがあるので,バソプレシン陽性細胞が体内時計全体の周期を決めるペースメーカー細胞として働き,視交叉上核全体で統一された概日リズムを生み出すと考えられます。




用語解説


※1 バソプレシン

9アミノ酸からなるペプチド。ヒトを含むほとんどの哺乳類のバソプレシンは第8番目のアミノ酸がアルギニンであることから,アルギニンバソプレシン(AVP)とも呼ばれる。抗利尿ホルモンとしての機能が良く知られており,視床下部から放出され腎臓での水の再吸収を増加させることで,利尿を妨げる働きをする。しかし視交叉上核が産生するバソプレシンは抗利尿ホルモンとしての役割は持たず,その役割の詳細は未知である。


※2 概日リズム睡眠障害

体内時計に起因する覚醒と睡眠の周期やタイミングが,社会生活を送る上で望ましい時間帯からずれてしまう睡眠障害の総称。主なものに,4~5時間以上の時差時間帯のフライトにより心身不調が起こる時差型(時差ぼけ),交代勤務に起因する交代勤務型,早すぎる時間に目覚めてしまう睡眠相前進型,睡眠をとる時間が後退してしまう睡眠相後退型,周期が 24 時間からずれてしまう自由継続型がある。


※3 時計遺伝子

概日リズムや体内時計をつかさどる遺伝子群を指す。現在,中核時計遺伝子と呼ばれているのは,Per1,Per2,Cry1,Cry2,Clock,Bmal1 の4ファミリー6種である。これらの遺伝子の変異体の多くは,概日リズムの異常を示す。ショウジョウバエから最初の時計遺伝子 Period が単離された後,哺乳類にも存在することが明らかになった。時計遺伝子が転写・翻訳され,産生された時計タンパク質が,自分自身の転写制御を抑制するフィードバックループを形成し,このループが1回転するのに約 24 時間かかることが,細胞レベルでの概日リズム発振の分子機構の本体と考えられている。


※4 血管作動性腸管ペプチド(VIP)

28 アミノ酸残基で構成されるペプチドホルモン。血管を広げて血液量を増やす作用を持つホルモンとして発見された。消化管,膵臓,脳の視床下部の視交叉上核を含む部位で産生される。視交叉上核において血管作動性腸管ペプチド陽性細胞は,網膜からの直接投射を受け,環境光によって概日リズムのタイミングを調節する機能を持っている。またこのペプチドを欠損することで,概日リズムが障害されることが明らかになっている。


※5 ファイバーフォトメトリー法

脳内に埋め込んだ光ファイバーを介して光を照射し,放出される蛍光を記録することで,神経細胞の活動を計測する手法。細胞内のカルシウム濃度依存的に蛍光強度が変化する,改変緑色蛍光タンパク質 GCaMP が多く用いられる。


※6 光遺伝学

光によって活性化されるタンパク質分子を遺伝子工学によって特定の細胞に発現させ,その機能を光で操作する技術。オプトジェネティクスとも呼ばれる。光学と遺伝学を融合した研究分野であり,特に神経回路機能を調べるために発展してきた。本研究では,赤色光レーザーを照射することで神経細胞を活性化するタンパク質(ChrimsonR)を用いている。

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