未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
心肺体力維持と老化の関係を解明
心肺体力維持が生物学的老化の「遅延」と「進行」に強く関係
発表のポイント
1.心肺体力や生活習慣とDNAメチル化老化時計に基づく生物学的老化との関係を調査
2.適切な身体組成の維持、微量栄養素の十分な摂取、朝型の生活リズム、喫煙および過度な
飲酒の回避など、生物学的老化の遅延と関連する様々な生活習慣を特定
3.生物学的老化に対する心肺体力の寄与率は、喫煙などの生活習慣に比べて相対的に低い
ものの、心肺体力の維持は生物学的老化の遅延と関連することが明らかに
4.心肺体力と生物学的老化との因果関係を立証するために、今後は縦断研究や運動トレーニ
ング介入研究などを実施していく予定
研究の概要
早稲田大学スポーツ科学研究センターの河村 拓史(かわむらたくじ)招聘研究員と早稲田大学スポーツ科学学術院の谷澤薫平(たにさわ くんぺい)准教授らの研究グループは、生物学的老化に対する心肺体力の寄与率は、喫煙などの生活習慣関連変数に比べて相対的に低いものの、心肺体力の維持が高齢男性の生物学的老化の遅延に関連することを明らかにしました。
これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)
老化は加齢性疾患や死亡の最大のリスク因子であり、近年、臓器や疾患別の細分化医療の提供だけではなく、老化そのものを標的とした介入戦略の確立が強く求められています。
このような考え方は「ジェロサイエンス仮説」と呼ばれ、老化を遅らせるための方法を確立し、健康寿命を延ばすことを主目的としています。しかし、老化を遅延させる「ジェロプロテクター(老化抑止剤または老化抑止法)」を確立するためには、個々の生物学的状態を捉えることのできる老化バイオマーカーの探索・開発が必要とされてきました。
2013年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校のSteve Horvath教授によって開発されたDNAメチル化老化時計※1(図1)は、生まれてからの年数で表される暦年齢を高い精度で予測することができる新規老化バイオマーカーとして多くの注目を集めました。その後、暦年齢の予測ではなく、個々の生物学的状態、すなわち生物学的年齢を捉えるための2世代目のDNAメチル化老化時計がいくつか開発されました。2世代目のDNAメチル化老化時計は、加齢性疾患の発症や死亡率に対する高い予測力を有することが多くの先行研究で実証されてきたことから、現在のところ、生物学的年齢を測る最も有望なバイオマーカーの1つであると考えられています。
現在、老化を遅らせるためのジェロプロテクターの開発が、主にアメリカを中心に繰り広げられています。とりわけ、老化モデル生物(線虫、ショウジョウバエ、マウスなど)に対して抗老化剤の候補物質を投与し、その有効性を立証した論文も数多く見受けられます。また、最近になって、これら候補物質摂取の有効性を検証するための臨床試験も開始されており、「老化を治療する」というような概念も、今やジェロサイエンス(老化科学)の分野では珍しい学説ではなくなりつつあります。しかし、ヒトを対象としたこれら候補物質の有用性については、未だ十分なエビデンスが蓄積されているとは言い難い現状です。
対照的に、身体活動はジェロプロテクターとしての有効性が最も確立されている介入戦略の1つです。そのため、これまで身体活動とDNAメチル化老化時計との関係性を検証することで、「身体活動が生物学的老化そのものを遅らせることができるのか?」を明らかにするための取り組みがアメリカ、イギリス、フィンランドなどの研究グループによって行われてきました。しかし、その多くは質問紙や加速度計に基づき身体活動量の評価を行っており、運動負荷試験によって測定された心肺体力とDNAメチル化老化時計との関係性については明らかにされていませんでした。また、DNAメチル化老化時計に対する心肺体力を含めた生活習慣関連変数の寄与率については不明なままでした。身体活動と体力は異なる概念であり、体力は計画的かつ定期的な身体活動の結果として獲得されるものです。したがって、本研究の主要な測定項目である心肺体力は、身体活動量よりも個々の身体機能を強く反映し、「生物学的老化の遅延のためにはどの程度の体力水準を維持するべきか」という問いに対する答えを導き出せるものと考えられました。
今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究では、1)運動負荷試験によって測定された心肺体力とDNAメチル化老化時計との関係性を明らかにすること、2)身体組成、栄養摂取状況、クロノタイプを含む生活習慣関連変数のDNAメチル化老化時計に対する相対的寄与率を明らかにすることを目的としました。
具体的には、本学が実施する「早稲田大学校友を対象とした健康づくり研究(Waseda Alumni’s Sports, Exercise, Daily Activity, Sedentariness and Health Study:以下WASEDA’S Health Study※2)」に参加する65~72歳の高齢男性144名のDNAサンプルを用いて、DNAのメチル化レベルを測定し、第1世代(DNAmHorvath時計およびDNAmHannum時計)および第2世代(DNAmPhenoAge、DNAmGrimAgeおよびDNAmFitAge)のDNAメチル化老化時計に基づく生物学的年齢および、暦年齢と生物学的年齢の差を表すDNAメチル化年齢加速※3(図2)をそれぞれ算出しました。
これらの生物学的老化の指標に加えて、最高酸素摂取量※4を含む体力、体組成、血液生化学パラメーター、栄養摂取量、喫煙、飲酒、疾病状態、睡眠状態、クロノタイプ(朝型か夜型かを決める概日リズムの型)など、さまざまな調査と測定を実施しました。これらの調査と測定を通じて、生物学的老化に関連する心肺体力を含む生活習慣関連変数を特定し、抗加齢戦略立案のためのエビデンスを獲得することを目指しました。
その結果、心肺体力は、実験結果に影響を及ぼす交絡因子(暦年齢、喫煙および飲酒の有無)の影響を調整した後でも、生物学的年齢加速(GrimAgeAccel)と有意な負の相関を示しました。また、基準値を上回る心肺体力の維持は、生物学的年齢加速の遅延と関連することが示されました(図3)。
また、適切な身体組成の維持、炭水化物および微量栄養素の十分な摂取、朝型の生活習慣は高齢男性における生物学的老化の遅延と関連していました。一方で、過度な内臓脂肪の蓄積、喫煙、過度な飲酒、脂質異常症は生物学的老化の進行と関連していました(図4)。加えて、それぞれの生活習慣関連変数のDNAメチル化年齢に対する相対的寄与率は、心肺体力よりもむしろ、ふくらはぎ周囲径、血清中性脂肪、炭水化物摂取量、喫煙状況の方が高いことが示唆されました。
これらの結果から、生物学的老化に対する心肺体力の寄与率は、喫煙などの生活習慣関連変数に比べて相対的に低いものの、心肺体力の維持が高齢男性の生物学的老化の遅延に関連することが示唆されました。
研究の波及効果や社会的影響
本研究の知見は、心肺体力の維持が、加齢性疾患や死亡の最大のリスク因子である生物学的老化そのものの遅延と関係することを示すものです。また、本研究では、心肺体力だけではなく、適切な身体組成の維持、微量栄養素を含む十分な栄養摂取、朝型の生活習慣、喫煙および過度な飲酒の回避など、生物学的老化の遅延と関連する様々な生活習慣関連変数を特定することができました。これら本研究の一連の結果は、老化の遅延を目的とした生活習慣に対する介入研究を今後実施する際の重要な手がかりとなるものです。また、今後の更なるエビデンスの蓄積により、生物学的老化を遅延させるための具体的な運動処方の確立も期待でき、社会的にもより大きな関心を集めることができると考えています。
今後の課題
本研究では、心肺体力および生活習慣関連変数とDNAメチル化老化時計との関係性を明らかにしたに過ぎません。両者の因果関係を立証するためには、縦断研究や運動トレーニング介入研究などを実施し、心肺体力の変化とDNAメチル化年齢加速の変化を検証する必要があります。また、運動トレーニングを行う際には、生物学的老化の遅延に有効な運動方法、とくに運動の強度、時間、頻度、様式、期間を明らかにする必要があります。加えて、運動は「エクサカイン(Exerkine)」※5と呼ばれる生理活性物質の作用を介して、骨格筋のみならず全身性の健康効果をもたらすことが知られています。そのため、運動介入によって誘導される心肺体力およびエネルギー代謝の改善が、複数の臓器におけるDNAメチル化老化時計の遅延や逆転に有効であるかどうかを明らかにすることも必要です。さらに、DNAメチル化老化時計に対する運動効果の人種差や性差についても検証する必要があると考えられます。
研究者のコメント
■ 早稲田大学スポーツ科学研究センター 河村 拓史 招聘研究員
現在のジェロサイエンス分野における世界的な研究動向として、老化を遅延させるための経口剤およびニュートラシューティカル(健康維持に有用な、科学的根拠を持つ食品・飲料)の開発というのが1つの研究目標となっています。本研究は、これらの研究アプローチとは一線を画し、運動や生活習慣の改善という誰もが実践可能な方法により、「サクセスフル・エイジング」の実現を目指すものです。しかし、スポーツ科学をバックグラウンドに持つ者として、習慣的な運動によって得られる恩恵だけではなく、その限界も見極め、これらを社会に発信していくことが責務であると考えています。そのため、本研究では、様々な生活習慣関連変数の中の1つとして心肺体力を位置づけ、生物学的老化に対するその相対的な寄与率を探るという研究手法を採用しました。
■ 早稲田大学スポーツ科学学術院 谷澤 薫平 准教授
誰もが1年に1歳ずつ歳をとりますが、老化の進み方には大きな個人差があります。本研究により、生物学的老化の個人差が心肺体力により一部説明されることが明らかになりました。本研究をきっかけとして、生物学的老化に着目したスポーツ・体力科学研究が発展し、老化制御における身体活動や体力の意義が明らかになることを期待しています。
用語解説
※1 DNAメチル化老化時計
DNA上のシトシン、グアニンが繰り返し配列される領域「CpGアイランド」におけるシトシンのメチル化レベルを網羅的に測定し、その結果に基づき、ヒトや生物サンプルの暦年齢や生物学的年齢を推定するためのバイオマーカーのことです。DNAのメチル化レベルは、加齢によって高メチル化または低メチル化されることは以前から知られており、DNAメチル化老化時計は、これらの生物学的現象を利用し、数学的アルゴリズムによって暦年齢や生物学的年齢を算出するという方法を採用しています。特に、生物学的年齢を予測する第2世代のDNAメチル化老化時計は、加齢性疾患の発症や死亡のリスクを高い精度で予見できることが近年の研究で明らかにされています。
※2 WASEDA’S Health Study
早稲田大学校友の元気で長生きの秘訣を、運動や食事、ストレス等、生活習慣の観点から明らかにすることを目的としたコホート研究です。20年間という長期にわたる追跡調査を通じて、校友のみならず、日本国民の今後の疾病予防や寝たきり予防、ストレス対策に役立つデータを蓄積し、社会に提供していくことを目指しています。WASEDA’S Health Studyには、AコースからDコースの4コースがあり、Aコースではインターネットによる健康調査、BコースではAコースの内容+郵送による活動量計調査、Cコースでは、Bコースの内容+全国拠点での健康診断、DコースではBコースの内容+早稲田大学所沢キャンパスに来校しての健康・体力測定をそれぞれ実施しています。WASEDA’S Health Studyに関する詳細はホームページにてご覧いただけます。
※3 DNAメチル化年齢加速
DNAメチル化老化時計と暦年齢との回帰の残差から年齢および性別で調整した値のことです。より簡単にいえば、個々の生物学的年齢と暦年齢との差を表します(図2、左図、赤線)。例えば、暦年齢67歳の方のDNAメチル化老化時計、すなわち生物学的年齢が69歳だった場合、DNAメチル化年齢加速は+2歳と表されます(生物学的に老いていることを意味しています)。反対に、暦年齢が67歳の方の生物学的年齢が65歳だった場合は、DNAメチル化年齢加速は-2歳と表されます(生物学的に若いことを意味しています)。このDNAメチル化年齢加速という指標を使うことで、全世代の男女のデータを一律で比較することができます。これまで、正のDNAメチル化年齢加速が加齢性疾患の発症や死亡のリスクを高めることが報告されています。したがって、DNAメチル化年齢加速を負に制御する介入戦略が求められています。
※4 最高酸素摂取量
心肺体力指標の一つです。エネルギーの産生には酸素が必要なので、最高酸素摂取量は1分間に体重1kg当たりどれだけの量の酸素(mL/kg/分)を取り込むことができたかで評価されます。一般的に、高齢者よりも若齢者で、健常者よりも持久競技者で値が高いことが知られています。本研究では、呼気ガス分析装置を用いて、自転車エルゴメーターによる運動負荷試験を実施しました。運動負荷試験は、1分間ごとに運動強度が少しずつ高くなる漸増運動で、1)運動強度を高めたにも関わらず酸素摂取量がプラトー(頭打ち)になる、2)年齢から予測された最高心拍数の90%に達する、3)自覚的運動強度が20段階中18以上に到達した場合に試験を終了しました。ただし、異常心電図、異常な血圧上昇、胸痛等の健康上の危険な徴候が認められた場合、または参加者の方から運動中止の自己申告があった場合は、試験を直ちに中断しました。そのため、本研究では、一般的に全身持久力の指標として用いられている最大酸素摂取量ではなく、最高酸素摂取量として表記しております。
※5 エクサカイン
一過性の運動および長期的な運動トレーニングに応答して放出される生理活性物質で、ホルモン、代謝産物、タンパク質、核酸など様々な形態があります。近年では、骨格筋が他の臓器によって分泌された生理活性物質の標的器官としてのみならず、生理活性物質(マイオカイン)を産生する内分泌器官であるとの認識がなされています。エクサカインは、運動によって脂肪細胞や肝臓などの器官・臓器から分泌される生理活性物質も含めて定義付けがなされた用語です。エクサカインの生理学的役割の理解は、未だ解明されていない運動による健康増進効果のメカニズムを明らかにするための手がかりになりうるため、近年その研究が世界的に繰り広げられています。
Comments