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健康を科学で紐解く シリーズ201 「幼児期の感情制御は腸内細菌叢と関係する」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


幼児期の感情制御は腸内細菌叢と関係する

- 腸内細菌叢を活用した新たな発達支援を目指して-




概要


 自己の欲求などをコントロールする感情制御は、前頭前野の急激な発達により、幼児期に顕著に発達します。この時期の感情制御は、将来(成人期)の社会経済力を予測することもわかっています。しかし、この時期の感情制御には大きな個人差がみられ、それに関連する要因については不明なままです。


最近、「脳―腸―腸内細菌叢相関」という双方的な関連から中枢神経機能をとらえる研究が注目を集めています。成人を対象とした研究では、腸内細菌叢は身体の健康のみならず、こころの健康(不安やうつ)にも関連することが示されていますが、乳幼児を対象とした研究はほとんど行われていません。


京都大学大学院教育学研究科の明和政子教授、藤原秀朗同博士後期課程、大阪大学の萩原圭祐特任教授らの共同研究グループは、3~4歳の日本人幼児 257人を対象に、感情制御を含むいくつかの種類の認知機能が、腸内細菌叢や食習慣とどのように関連するかを検討しました。その結果、この時期の感情制御の困難さには、炎症との関連が指摘される菌叢が関連していることが明らかとなりました。また、感情制御の発達リスクは、緑黄色野菜の摂取頻度の低さや偏食(限定的な食事の好み)とも関連することがわかりました(図1)。


図1 本研究の概要




背景


 実行機能とは、自己の感情や欲求をコントロールする「感情制御」と、言語化、推論、計画、実行などを司る「認知制御」から成る総称です。実行機能の顕著な発達は幼児期後期(4歳頃)にみられますが、これはこの時期の前頭前野の急激な成熟と密接に関連しています。

欧米圏で行われた大規模な長期縦断研究では、この時期にみられる感情制御の発達は、将来(成人期)の社会経済力や心身の健康と密接に関連することが示されています (e.g., Moffitt et al., 2011, Richmond-Rakerd et al.,2021)。つまり、幼児期の感情制御は、個人の生涯にわたる身体、脳、心の健康を予測する重要な因子です。これまでの研究では、感情制御の個人差に影響を与える要因として、家庭の経済状況や学歴などの社会学的側面に注目が集まっていました。他方、個人差を生み出す機序については未解明のままです。

この点について、心身の健康や脳機能を支える神経生理メカニズムのひとつとして、今、腸内細菌叢が注目されています。脳―腸―腸内細菌叢は、免疫系や内分泌系、自律神経系を介して密に関連しています。これを、「脳―腸―腸内細菌叢相関」と言います。成人を対象とした研究では、腸内細菌叢の特性が、精神疾患(うつ病、不安障害など)や認知機能に関連することが示されつつありますが(e.g., Kelly et al., 2016, Saji et al., 2021)、ここで重要となるのは、個人が生涯もつことになる腸内細菌叢の基盤は生後3~5歳頃までに決まることです(Roswall et al., 2021, Stewart et al., 2018)。これは、上述のように、感情制御が顕著に発達する時期と一致します。この時期に成人レベルに安定化する腸内細菌叢は、感情制御を含む実行機能の発達と関連する可能性があるのです。腸内細菌叢の組成は、食生活習慣に大きく依存します。とくに、腸内細菌叢が安定化するまでの乳幼児期には、その影響はきわめて大きいと考えられます。この時期の腸内細菌叢と実行機能、食生活習慣との発達的関連が明らかになれば、腸内細菌叢や食生活を基軸とした認知発達支援法を新たに開発することも期待できます。

私たちの研究グループは、全国の保育園・幼稚園・子ども園に通う3~4歳の日本人幼児 257 人を対象に、便の採取を行い、16S rRNA 解析により腸内細菌叢の評価を行いました。実行機能や食生活習慣については、質問紙により評価しました。実行機能の発達にリスクを抱える児(困難群)と、リスクを抱えていない児(対象群)の比較により、腸内細菌叢や食生活習慣の面でどのような違いがみられるかを検証しました。




研究手法・成果


以下の①~③を実施しました。質問紙については、母親に回答を依頼しました。


1.実行機能(感情制御・認知制御)の発達に関する質問紙調査 (Behavior Rating Inventory of Executive FunctionPreschool: BRIEF-P)

日常の問題行動(63 項目)についての質問項目に対し、該当する行動が最近6ヵ月の間にどの程度子どもにみられたか、「1. みられない」「2. 時々みられる」「3. よくみられる」の3段階で評定してもらいました。先行研究の基準(平均+1.5SD)に合わせてリスク群と対象群を設定しました。


2.糞便採取による腸内細菌叢の評価

専用のキットを用いて各家庭で子どもの糞便の採取を行いました。次世代シーケンサーを用いて 16S rRNA解析を行い、「腸内細菌の多様性(種の豊富さや均等度)」と「各菌が全体の菌の中で占める割合(占有率)」を算出しました。


3.食習慣に関するアンケート

便の採取日から直近一週間で子どもが食べた食品(24 項目)の摂取頻度と、偏食の有無(食事の好みの偏り)を調査しました。

「感情制御」および「認知制御」の発達にリスクを抱える児(困難群)とリスクを抱えない児(対象群)において腸内細菌叢と食習慣について比較を行った結果、次の3点が明らかになりました。



(1) 「感情制御」に困難を抱える群は、Actinomyces 属と Sutterella 属を対象群よりも多く持つことが明らかとなりました(図2)。これらは、身体の炎症性疾患(炎症性腸疾患など)や血中の炎症指標(サイトカインなど)の高さとの関連が指摘される菌です。成人を対象とした研究では、腸内の炎症が脳の炎症と関連すること、炎症に関連する菌の豊富さが精神疾患(うつや不安障害など)と関連することなどがわかっています。本研究の結果は、幼児期の感情制御の困難さには、腸内細菌叢、とくに炎症との関連が指摘される菌叢が関連する可能性を示しています。


図2 感情制御の困難群と対象群における各菌の占有率



(2) 「感情制御」に困難を抱える群では、一週間あたりの緑黄色野菜の摂取頻度が対象群と比べて低いこと(図3左)、また、偏食の割合も高いこと(図3右)がわかりました。食習慣は、個人がもつ腸内細菌叢と密接に関連することが知られていますが、幼児期の食習慣はこの時期の感情制御の発達リスクと関連することが示されました。


図3 感情制御に困難を抱える群と対象群それぞれの緑黄色野菜の摂取頻度得点(左)と

    偏食の割合(右)



(3) 「認知制御」に関する発達リスクについては、「感情制御」の発達リスクとは異なり、腸内細菌叢や食習慣との関連は見られませんでした。つまり、腸内細菌叢や食生活習慣は、実行機能のなかでも感情制御の機能と関連することが明らかとなりました。




波及効果、今後の予定


 欧米圏を中心として行われた長期縦断調査は、幼児期の感情制御の発達が将来(成人期)の心身の健康リスクを予測することを示しています。しかし、感情制御の発達の個人差を生み出す要因やその機序についてはほとんどわかっていません。幼児期の感情制御の困難さが、腸内細菌叢のある特性(炎症に関連することが指摘される菌を多く持つ)と関連すること、その背景にある食習慣が関連する可能性を示したのは本研究が初めてです。


今後は、得られた知見(仮説)の因果関係を動物実験によって検証していくこと、そして、ヒトの感情制御の発達とその個人差を、腸内細菌叢、食習慣との関連においてより長期縦断的に検証していく必要があります。

将来的には、個々の生体データを有効に活かした「個別型」の認知発達支援法の開発も期待できます。




研究者のコメント


 本研究にご協力いただき、そしていつも応援してくださる多くのお母様とお子様に心より感謝申し上げます。私たちは、ひとりひとりの子どもたちが生涯を通じて健康な生活を送るための基礎研究の発展を目指して活動しています。その成果を、保育や家庭という子育ての現場で活用いただけるための社会実装も積極的に進めてまいります(藤原秀朗)。

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