未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
がんに伴う筋肉量の減少を抑制するメカニズムを解明
研究成果の概要
名古屋市立大学大学院理学研究科の山田麻未研究員と奥津光晴准教授は、筑波大学医学医療系の蕨栄治准教授、名古屋市立大学大学院医学研究科の大石久史教授およびアイオワ大学(アメリカ)のVitorA Lira 准教授らと共同研究を実施し、がん悪液質※1による筋萎縮を抑制する新たな分子機構を解明しました。
がん患者は、酸化ストレス※2 や炎症性サイトカインなどの増大によりがん悪液質が促進し骨格筋量が減少(筋萎縮)します。がん悪液質による筋萎縮は、生活の質(QOL)の低下や生存期間の短縮に関与することから、これらを防ぐことは重要な課題です。
本研究では、骨格筋に発現するp62/sqstm1※3は骨格筋の抗酸化物質※4の発現を促進することで酸化ストレスを抑制し、がん悪液質による筋萎縮を軽減することを初めて解明しました。
これらの結果は、骨格筋の p62 の発現を調節する創薬の開発、栄養素の探索や運動プログラムの確立に応用することで医学や健康科学の分野への貢献が期待できます。
背景
がんによる酸化ストレスや炎症性サイトカインは悪液質を促進し筋萎縮を誘導します。
がん患者における筋肉量の減少は、単なる身体活動の制限や代謝機能の悪化のみならず、QOL の低下や生存期間の短縮に関与することから、筋萎縮の発症と軽減の分子メカニズムを解明し予防や治療に応用することは重要な課題です。
がん悪液質による筋萎縮は、酸化ストレスの増大による筋タンパクの分解の促進が原因の一つであることから、抗酸化物質を増加し酸化ストレスを抑制することで筋萎縮の軽減が期待できます。
しかしながら、骨格筋の抗酸化物質を産生する分子機構と筋萎縮の抑制に対する役割は、これまで十分には明らかにされていませんでした。
研究の成果
この度、名古屋市立大学大学院理学研究科の山田麻未研究員と奥津光晴准教授は、筑波大学医学医療系、名古屋市立大学大学院医学研究科およびアイオワ大学健康科学部(アメリカ)の研究者らとの共同研究を実施し、骨格筋の p62 は抗酸化物質の発現を促進し、がん悪液質による筋萎縮を軽減することを初めて解明しました。
骨格筋の抗酸化物質は、酸化ストレスを軽減し、筋萎縮の予防に貢献することが以前より報告されていました。抗酸化物質の産生は、細胞のストレス応答タンパクであるNrf2/NF-E2-related factor 2※5 の核内移行の促進がその代表的な機序として知られています。しかしながら、骨格筋の Nrf2 の核内移行を制御する分子機構は明らかではありませんでした。
そこで本研究では、細胞内に発現するp62 に着目しました。p62 はタンパク分解機構であるオートファジー※6を調節するタンパクとして広く知られています。一方、近年の研究では、p62 はオートファジータンパク以外の様々なタンパクと結合や修飾することが報告されています。悪性細胞を用いた研究では、リン酸化したp62 がKeap1/Kelch-like ECH-associated protein 1※7に選択的に結合することでKeap1 へのNrf2 の結合を阻害し、Nrf2 の核内移行を促進することで抗酸化物質の産生を制御することが報告されています。そこで我々は、p62 の発現を筋特異的に増強したマウスを作成し、抗酸化物質の発現を検討しました。その結果、骨格筋のp62 の発現増強はNrf2 の核内移行を促進し、CuZnSOD やEcSOD などの抗酸化物質の発現を増加させることを発見しました。さらに、p62によるNrf2 の核内移行の重要性を立証するため、作成した筋特異的 p62 発現増強マウスのNrf2 を筋特異的に欠損すると、p62 の発現増強によるこれらの抗酸化物質の増加は消失しました。このことは骨格筋の p62 は Nrf2 を活性化することで抗酸化物質の産生を調節することを示唆しています。さらに、p62 の発現増強による筋萎縮予防効果を検討するため、筋特異的 p62 発現増強マウスにがん細胞を皮下投与し、筋萎縮の抑制効果を検討しました。その結果、骨格筋の p62 の発現を増強すると、酸化ストレスと筋タンパクの分解を抑制しがん悪液質による筋萎縮を軽減しました。これらの結果は、骨格筋の p62 の発現を調節することでがん悪液質を軽減し、骨格筋量を維持できる可能性を示唆しています。
本研究の成果. ガン悪液質は酸化ストレス(ROS:活性酸素種)を増大し筋萎縮を誘導する。骨格筋のp62の発現増加はp62のKeap1への結合することでNrf2の核内移行を活性化し、抗酸化物質の産生を促進することでガン悪液質による筋萎縮を軽減する。
研究のポイント
1.がん悪液質は酸化ストレスを増大し筋萎縮を誘導するが、これを軽減する効果的な方法の
確立は未だ十分ではない。
2.本研究では、骨格筋の抗酸化物質の産生を調節する分子機構の解明を目的とした。
3.筋特異的にp62 の発現を増強するとNrf2 の核内移行を促進し抗酸化物質の産生を増加し
た。
4.筋特異的に Nrf2 の発現を欠損すると骨格筋のp62 の発現を増強しても抗酸化物質は
増加しなかった。
5.筋特異的に p62 の発現を増強するとがん悪液質による筋萎縮を軽減した。
6.これらの成果は、p62 を標的とした創薬の開発、栄養素の探索や運動プログラムの確立
に応用することにより医学や健康科学の分野への貢献が期待できる。
用語解説
※1 がん悪液質
がんに伴う体重(特に骨格筋)の減少や食欲不振を特徴とする症状。
※2 酸化ストレス
活性酸素種が過剰に産生された細胞、臓器や生体の状態。
※3 p62/sqstm1(p62)
タンパク分解機構の他、抗酸化機能や炎症応答などの調節にも関与する細胞内タンパク。
※4 抗酸化物質
活性酸素種を分解する働きを持つ生体内で合成される物質。
※5 Nrf2/NF-E2-related factor 2 (Nrf2)
正常下ではKeap1 と細胞質内で結合するが、ストレス下ではKeap1 と結合せず、核内に移行して抗酸化物質の産生を促進する細胞内タンパク。
※6 オートファジー
細胞が自己の成分を分解する現象であり、代表的なタンパク分解機構。
※7 Keap1/Kelch-like ECH-associated protein 1(Keap1)
細胞質に局在するタンパクで、Nrf2 やp62 と結合することで抗酸化物質の産生を制御する。
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