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健康を科学で紐解く シリーズ207 「100分の1㍉を見分けるヒト胚子観察用MRIを開発」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


100分の1㍉を見分けるヒト胚子観察用MRIを開発



 小さな物体の内部を拡大して観察できる磁気共鳴顕微鏡(MR 顕微鏡)を改良し、100 分の1㍉の空間分解能を達成しました。これまでより数十倍高精細で、ヒト胚子の脳神経や臓器の微細な構造を描き出せます。この技術を用いることで、ヒト発生学への貢献が期待されます。

小さな物体の内部を拡大して見ることのできる磁気共鳴画像化装置(MRI)を、磁気共鳴顕微鏡(MR顕微鏡)と呼びます。これまで、発生の初期段階にあるヒト胚子の化学固定標本の観察に使用され、ヒト発生学の発展に大きく貢献してきました。発生段階ごとにヒト胚子標本を MR 顕微鏡で 3 次元的に観察することで、器官や臓器の発生や成長過程が詳細に可視化され、3 次元形態モデルが作成されています。しかし、これまでの MR 顕微鏡は空間分解能が最大で 100 分の4㍉程度であり、ヒト胚子内の小さな構造がぼやけたり失われたりすることがありました。


 本研究チームは今回、100 分の 1 ㍉と従来の空間分解能を大幅に上回る高精細な MR 顕微鏡を開発しました。これにより、ヒト胚子の脳神経の微細構造を描き出したり、臓器の構造を滑らかに描き出したりすることが可能となりました。ハードウェアと撮像方法を改良し、データを効率的に収集・再構築する技術(圧縮センシング技術)を適用した成果です。


MRI では、設定した画素の大きさがそのまま分解能(解像度)になるわけではなく、実際にはさまざまな原因によって分解能が低下してしまいます。画像品質評価用の人工構造物を撮影して解像度を検証した結果、分解能と設定した画素の大きさが一致しました。また、同じ発生段階のヒト胚子標本の光学顕微鏡画像と比較し、微細構造がよく描出されていることを確認しました。


 これらの結果は、この高解像度でのイメージングがヒト胚の微細構造を効果的に描写することを示しています。この技術を用いることにより、ヒト発生学研究における脳や臓器の高精細なアトラス(図説)が構築可能となり、ヒト発生学の発展に貢献することが期待されます。




研究の背景


 磁気共鳴イメージング(MRI)装置は体内の水素原子を可視化するもので、臨床診断や研究に広く用いられています。大きさが1~2cm 程度の物体の内部も高い分解能で可視化でき、これを利用したヒト胚子注 1)の化学固定標本の研究もなされています。このような装置は磁気共鳴(MR)顕微鏡と呼ばれ、これまでヒトの受精卵(胚子)から臓器や器官がどのように発生し、発達していくのかを 3 次元的に調査するために使われてきました。

しかし、これまでの MR 顕微鏡の空間分解能は 40μm(100 分の 4 ㍉)程度であり、10μm(100 分の 1 ㍉)程度の微細な構造(例えば脳中枢神経や神経核の集まりなど)や、臓器の数十から数百μm の構造を高画質に描き出すことはできませんでした。胎生期の成長過程を深く理解するためには、10μm程度の空間分解能を持つ MRI の開発が必要でした。この制約から、現在の MR 顕微鏡データから作られる三次元形態モデルは、主に外表面のみの観測点を基に構築されており、中枢神経系などの超微細構造の成長過程は明らかにされていませんでした。


 今回、本研究チームはこの問題の解決に取り組みました。そして、MR 顕微鏡装置のハードウェアを刷新し、撮像方法を改良することで、10μm の空間分解能を達成しました。さらに、この高分解能 MR 顕微鏡をヒト胚子標本の観察に使用し、内部構造を鮮明に描写できることを示しました。




研究内容と成果


 MRI や MR 顕微鏡では、必要な分解能を確保するために信号対雑音比(SNR)が 4 以上である必要があります。この条件は低分解能では比較的容易に達成できます。しかし、高分解能を実現するためには撮像時間を指数関数的に増やす必要があり、達成が難しくなります。例えば分解能を 2 倍にしようとすると、同じ SNR で撮像するために必要な時間は 64 倍にもなります。この問題に対処するため、本研究で次のような工夫をしました。

まず、高周波コイルを小型化して感度を向上させました。また、撮像方法(パルスシーケンス)注 2)を臓器間のコントラストが最大になるように改良しました。さらにデータの効率的な収集と再構築のために圧縮センシング技術注 3)を採用し、従来と同じだと数カ月以上かかってしまう撮像時間を 2 週間程度にまで短くできました。また、制御・信号取得システムであるコンソールの安定性を向上させ、長時間の画像撮影を可能にしました。これらの改善により、10μm の空間分解能を持つ高分解能のヒト胚子イメージングを実現しました。

MRI では、設定した画素の大きさがそのまま分解能(解像度)になるわけではなく、実際にはさまざまな原因によって分解能が低下してしまいます。このため、画素の大きさと実際の分解能が同じであることを実験的に示す必要があります。本研究では、ファントム画像注 4)を用いたラインプロファイル、信号対雑音比、ヒストグラム解析を行い、画素の大きさと分解能が同一であることを実証しました。

この高精細 MR 顕微鏡を使用して、ヒト胚子化学固定標本を撮影した結果、以前の装置の最高分解能(40μm)では不明瞭だった構造が、10μm の分解能で鮮明に描写され、光学顕微鏡の画像に匹敵する画質が得られました(図)。


図 開発した MR 顕微鏡(左)とヒト胚子標本の MRI 画像




今後の展開


 今回開発した MR 顕微鏡は世界最高レベルの空間分解能を持っています。今後、この装置を用いてヒト胚子の正常脳を高精細 MRI 画像で解析し、発生学的に重要な解剖学的特徴点を抽出して、各発生段階の高精細アトラス(図説)を作成できます。これは、脳中枢神経系の発達メカニズムの解明に役立ちます。また、正常な発達段階と比較することで先天性の脳疾患が早期発見できることが期待されます。




用語解説


注1) ヒト胚子


受精後週齢が8週までの初期の発生段階を胚子期といい、胚子期の子をヒト胚子とよぶ。本研究は、京都大学に所蔵されている数万体のヒト胚子標本コレクション(京都コレクション)の一部を使って行われた。京都コレクションは母体保護法(旧優生保護法)にもとづいて得られた器官形成期ヒト胚子・胎児とその臨床データから成り、1961 年以来収集された標本数は4万例以上におよぶ。京都コレクションで得られた研究成果は、ヒト発生学の標準的なデータとして国内外の多くの発生学の教科書や論文に使われている。


注2) パルスシーケンス


MRI 画像を生成するための一連の高周波パルス信号および勾配磁場信号のタイミングとパラメーターを指す。パルスシーケンスを変えることで、MRI 画像のコントラストを変えることができる。


注3) 圧縮センシング


少ないデータから本来のデータを復元する技術のこと。MRI 画像の画質を保持しながら測定時間を減らすことができる。高画質な画像を得るため、測定点の最適化や、画像再構成(データから画像を作る過程)の工夫が必要となる。


注4) ファントム


MRI 装置の性能や画像品質を評価するために使用される人工的な構造物のこと。本研究では、ファントムとしてレーザー加工で作った平坦な表面をもつアクリル板を使用した。


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