未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
発育性股関節形成不全の遺伝的リスクが変形性股関節症発症へ与える影響を解明 変形性股関節症の病態解明に期待
研究のポイント
1.発育性股関節形成不全による変形性股関節症発症への遺伝的要因の影響は十分に解明され
ていない。
2.発育性股関節形成不全の遺伝的リスクが変形性股関節症発症や重症化に関与することを示
した。
3.ゲノムレベルでの発育性股関節形成不全や変形性股関節症における遺伝子研究の価値を
保証するものであり、今後のゲノム研究による両疾患の病態解明が期待される。
概要
変形性関節症は世界最多の関節炎であり、病態解明が強く求められています。変形性関節症の中でも股関節痛を来す変形性股関節症のリスクとして、股関節の発達が不十分で軟骨の摩耗を生じやすい発育性股関節形成不全が指摘されてきました。発育性股関節形成不全の病態が分かれば変形性股関節症の理解につながりますが、その病態と変形性股関節症への進展要因は十分分かっておらず、特に遺伝的要因については不明でした。
我々は、これまで論理的に解明されていなかった発育性股関節形成不全の遺伝的なリスクがもたらす変形性股関節症の進行への影響を明らかにしました。
九州大学大学院医学研究院整形外科教室の吉野宗一郎大学院生(医学系学府博士課程 4 年、理化学研究所リサーチアソシエイト)、中島康晴教授、山口亮介助教、田中秀直大学院生(医学系学府博士課程 4 年)、理化学研究所生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダー(静岡県立総合病院免疫研究部長、静岡県立大学特任教授)、同センター骨関節疾患研究チーム(研究当時)の池川志郎チームリーダー(研究当時)らの共同研究グループは、発育性股関節形成不全の患者様から聴取した詳細な家族歴や発症年齢、治療歴などの情報を解析し、発育性股関節形成不全の遺伝的リスクが強いほど変形性股関節症の発症や進行が早まることを明らかにしました。
今回の発見は発育性股関節形成不全や変形性股関節症の病態解明に役立つことが期待されます。
研究の背景と経緯
発育性股関節形成不全は日本では股関節痛の多くの原因である変形性股関節症の約 8 割に関与しており(図 1)、この割合は多くの欧米の国に比較して高いと考えられています。
図1 発育性股関節形成不全に伴う変形性股関節症の X 線変化
説明)左端は股関節症発症前の発育性股関節形成不全患者の X 線写真。
右に進むにつれて変形性股関節症が進行している。
変形性股関節症が進行すると、現在の治療法では変形した関節を正常に戻すことはできないため、重症度の高い患者さんは股関節を人工物に置き換える人工関節手術を受けることを余儀なくされます。このような現状から、発育性股関節形成不全を予防するためにその病態の解明に向けた研究が行われてきました。しかしながら、発育性股関節形成不全は家族内発生※1を認めることから先天的な遺伝的要因の存在が示唆される一方で、発育性という言葉に表されるようにその進行がオムツの付け方や抱きかかえ方といった生後の育児環境による後天的な環境因子の影響も受けることが知られており、病態の解明は難航しています。特に遺伝的な影響に対する研究は症例の集積や確かな情報の確保などが容易ではないため世界的にも報告が少なく、遺伝的な影響に関してはさらなる解明が必要な状況です。
研究の内容と成果
一般に、ある病気の遺伝的な要素を強くもつ家系に属する人は、遺伝的な要素が弱い家系に属する人に比較して病気を発症するリスクが高いと考えられます。したがって、ある病気について遺伝的な要素が強い家系には遺伝的な要素が弱い家系よりも多くの患者が存在することになります。
今回はその原理に基づいて 293 名の発育性股関節形成不全の患者から詳細な家族歴情報を聴取し、発育性股関節形成不全を有する近親者の有無やその近親者が何親等であるかを患者ごとに集計し遺伝的な要素の強さの指標としました(すなわち、より近い近縁関係により多くの発育性股関節形成不全患者が存在する患者ほど遺伝的影響が強いと定義しました)。
本研究ではこの遺伝的影響の強さと、股関節痛発症時の年齢との関連や人工関節手術を受けているか否かに反映される重症度などとの関連、股関節痛発症から人工関節手術を受けるまでの期間との関連などについて解析し、発育性股関節形成不全の遺伝的な要素が変形性股関節症の発症、進行に与えるリスクについて評価しました。
その結果、発育性股関節形成不全を有する近親者の数が多い患者ほど股関節痛の発症年齢が若いことが分かりました(図 2)。
図 2 発育性股関節形成不全の近親者の数と股関節痛発症年齢の関係
説明)共変量(性別、BMI、喫煙歴)によって補正した股関節痛発症年齢は、発育性股関節形
成不全である近親者数が多い患者ほど若年であった。
また、発育性股関節形成不全を有する近親者を持つ患者のほうが近親者を持たない患者よりも人工関節手術を受けるリスクが高く、股関節痛発症から人工関節手術を受けるまでの経過観察期間が短いことも確認されました(図 3)。
図 3 発育性股関節形成不全の家族歴の有無と人工関節手術を受けるリスク(オッズ比)
および人工関節手術を受けるまでの経過観察期間の短期化のリスク(ハザード比)
説明)オッズ比、ハザード比いずれも家族歴なしの患者に対する家族歴ありの患者のリスク
を示しており、家族歴を有すると人工関節手術を受けるリスクが高く、しかも発症
から手術までの期間が短くなるリスクが高い結果となった(いずれも p<0.05)。
これらの結果は、発育性股関節形成不全の遺伝的な要素が強い家系の患者のほうが弱い家系の患者よりも変形性股関節症を発症するリスクが高く発症後の進行も早いことを示しており、発育性股関節形成不全および変形性股関節症の病態に遺伝的な要素が関与していることを示しています。
今後の展開
今回の研究では遺伝的な要素の関与こそ確認できたものの、具体的にどのような遺伝子が疾患の発症や進行に関わっているのかは分かりません。そこで現在、発育性股関節形成不全の患者さんから提供していただいた血液から抽出した DNA を解析し、発育性股関節形成不全や変形性股関節症を患っていない人々と比較して変異を有する可能性が高い遺伝子領域の特定に関する研究(ゲノムワイド関連解析(GWAS)※2)を進めています。
GWAS により発育性股関節形成不全の原因となっている遺伝子領域が特定されれば、今後はその領域がどのような機序で疾患の発症や進行に関わっているかを解明し、将来的には治療法や予防法の開発に繋がることが期待できます。
用語解説
(※1) 家族内発生
両親や兄弟姉妹、その他近親者に同じ疾患を有する人が存在すること
(※2) ゲノムワイド関連解析(GWAS)
生物集団のゲノム塩基配列中には、一つの塩基が他の塩基に置き換わった多様性が見られ、これを一塩基多型(SNP)という。ゲノムワイド関連解析は着目した形質に関連する SNP を、全ゲノム領域にわたって探索する手法である。GWAS は genome-wide association study、SNP は single nucleotide polymorphism の略。
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