未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
マクロファージへのコレステロール蓄積が肝線維化を促進する
~超分子ポリロタキサンを用いた非アルコール性脂肪肝炎治療法の開発へ~
研究発表のポイント
1.NASH の肝臓においてコレステロール結晶が形成され、これを貪食したマクロファージ
にコレステロールが蓄積することを見出しました。
2.脂肪肝の肝臓から単離した培養マクロファージにコレステロールを貪食させると、NASH
に特徴的な活性化が誘導され、線維化促進形質を獲得することを明らかにしました。
3.独自に合成した超分子ポリロタキサンは、マクロファージ細胞内のコレステロールを排泄
し、NASH マウスモデルにおける肝線維化を抑制しました。
要旨
名古屋大学環境医学研究所/医学系研究科の菅波孝祥 教授、伊藤美智子特任准教授、東京医科歯科大学生体材料工学研究所の田村篤志准教授を中心とする研究グループは、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)において、マクロファージ(注 1)へのコレステロール蓄積が肝線維化(注 2)を促進するという新たな病態メカニズムを明らかにしました。
世界的な肥満の増加に伴って 4 人に 1 人が脂肪肝を発症し、そのうち 10〜30%が炎症と線維化を特徴とする NASH に進展します。近年、NASH は肝細胞がんの主要な原因疾患として注目されていますが、未だに有効な治療法は存在しません。
予後良好の脂肪肝と異なり、慢性進行性の NASH ではコレステロールに代表される細胞障害性脂質が蓄積しますが、従来は主に肝細胞に注目して研究が行われてきました。
今回、研究グループは、NASH マウスモデルやヒト NASH サンプルの解析から、死細胞の処理にあたるマクロファージにコレステロールが蓄積することで NASH に特徴的な活性化が誘導され、肝線維化が進行ことを明らかにしました。
さらに、独自の超分子ポリロタキサンを合成し、マクロファージ内に蓄積したコレステロールを排泄させることで、NASH マウスモデルにおける肝線維化を抑制することに成功しました(概念図)。
概念図
背景
世界的な肥満の増加に伴って、肝臓における合併症の非アルコール性脂肪肝炎(NASH)が注目を集めています。わが国においても、健康診断受診例の約 3 割に脂肪肝を認め、そのうち約 10〜30%が炎症と線維化を特徴とする NASH に進展します(図 1)。
近年、ウイルス性肝炎に対する有効な治療法が開発されたため、未だ治療薬のない NASH が近い将来、肝細胞がんの原疾患の第 1 位となることが確実視されています。
予後良好の単純性脂肪肝では主に中性脂肪が蓄積しますが、NASH ではコレステロール(注 3)のような細胞障害性の脂質が増加することで肝細胞死を惹起し、NASH 病態を悪化させると考えられています。一方、肝細胞のコレステロール合成を強力に抑制するスタチン製剤は、高脂血症治療薬として広く使用されていますが、NASH に対する治療効果は明確ではありません。このように、肝臓におけるコレステロール蓄積がどのようにNASH 病態を悪化させるのかは、十分に解明されていませんでした。
NASH の病理組織学的特徴として、肝細胞死の増加が指摘されています。研究グループは既に、独自の NASH マウスモデルを駆使して、細胞死に陥った肝細胞の周囲にマクロファージが集積するユニークな組織像を同定し、ここを起点として炎症や線維化が進行することで NASH を発症することを明らかにしました(文献 1-4)。このマクロファージはCD11c というタンパクを細胞膜上に発現し、NASH に特徴的な活性化状態を呈しますが、マクロファージが形質転換するメカニズムは不明でした。
研究成果
■NASH におけるコレステロール結晶の形成とマクロファージへのコレステロール蓄積
NASH マウスモデルの肝臓を電子顕微鏡や偏光顕微鏡で観察したところ、細胞死に陥った肝細胞の内部にコレステロール結晶が形成されることを見出しました(図 2)。また、死細胞(肝細胞)の周囲に集積する CD11c 陽性マクロファージでは、コレステロール含量の増加とともにリソソーム (注 4)障害を呈しました。ヒトのNASH 肝においても、同様の所見が認められました。
■細胞内コレステロールの排泄を促進する超分子ポリロタキサン(注 5)
環状オリゴ糖のβシクロデキストリン(βCD)は、遺伝性にコレステロールが蓄積する難病・ニーマンピック病 C 型に対する臨床試験が進行しています。βCD はコレステロールを包接して細胞外に排泄する一方、細胞内に取り込まれにくく、細胞毒性も強い点も指摘されています。そこで研究チームは、多数のβCDを組み合わせて超分子ポリロタキサンを合成し、βCD をリソソーム選択的に送達することを可能としました。リソソームの酸性環境において酸分解性ストッパーが外れ、超分子ポリロタキサンからβCD が遊離し、コレステロールを補足します(図 3)。研究チームでは、様々なタイプの超分子ポリロタキサンから、NASH 治療に最も適したものを同定しました。
■NASH の病態形成におけるマクロファージ内コレステロール蓄積の意義
NASH マウスモデルに対して超分子ポリロタキサンを 6 週間持続的に皮下投与したところ、肥満や脂肪肝の程度に変化はありませんでしたが、CD11c 陽性マクロファージのコレステロール含量が選択的に低下し、線維化促進形質が抑制されるとともに、肝線維化が改善しました(図 4)。
■マクロファージ内コレステロール蓄積が線維化促進に働く分子メカニズム
培養マクロファージを用いて検討したところ、コレステロールがリソソームに過剰蓄積することでリソソーム障害が惹起され、TFE 転写因子ファミリーや、さらに下流の転写因子 Egr1 を介して線維化促進因子の発現が誘導されることを見出しました。
今後の展開
本研究により、①NASH では死細胞を処理するマクロファージにコレステロールが蓄積すること、②リソソーム障害が線維化促進因子の発現を誘導すること、③超分子ポリロタキサンでマクロファージ内コレステロールを減少させると肝線維化が改善することが明らかになりました(上図 4)。
近年の解析技術の発展に伴って、NASH の病態形成に深く関与するマクロファージの特徴が明らかになりつつありますが、本研究はコレステロール代謝変容による線維化促進形質の獲得機構を明らかにしました。ヒトにおいても活動性の高いNASH では高率にコレステロール結晶が認められるため、超分子ポリロタキサンの NASH治療への応用が期待されます。
用語説明
注 1 マクロファージ: 白血球の一種で、体内に侵入した病原体や異物を貪食・処理することで、我々の身体を感染や外傷から守る役割を担っています。また、死んだ細胞やその破片などを処理することで、身体の状態(恒常性)を維持する働きもあります。
注 2 肝線維化: 様々な臓器・疾患において炎症が慢性化すると、最終的にコラーゲン等の線維性物質が増加する線維化という状態になります。例えば NASH において、肝線維化は肝がん発症の誘因になるため、肝線維化に対する治療戦略の開発が望まれています。
注 3 コレステロール: 細胞膜の主要な構成成分の一つであり、様々な細胞機能にも深く関与します。通常、細胞内では脂肪酸と結合したコレステロールエステルの形で脂肪滴内に貯蔵されます。従来、動脈硬化症の血管壁においてコレステロール結晶の形成が報告されていましたが、近年、NASH においてもコレステロール結晶の形成が指摘されています。
注 4 リソソーム: 細胞内小器官の一つで、内部が酸性化されており、多様な分解酵素を含んでいます。細胞内に取り込んだ様々な物質や細胞内の構造物を分解して、再利用します。受容体を介して取り込まれたコレステロールを含むリポタンパクや、エンドサイトーシスによって取り込まれたコレステロール結晶もリソソームにおいて分解を受けます。
注 5 超分子ポリロタキサン: 多数のβCD を線状高分子でつなぎ、その両端に酸分解性ストッパーを配置した高分子化合物です。エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、リソソームの酸性環境下でストッパーが外れ、βCD を放出します。超分子ポリロタキサンは、βCD をリソソームに選択的に送達する drug deliverysystem(DDS)と捉えることができます。
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