未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
睡眠制御における転写後プロセスの役割を解明
―睡眠を乱す意外な方法―
理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター合成生物学研究チームの Arthur Millius 研究員(現:IFReC システム免疫学)、山田陸裕 客員研究員、上田泰己チームリーダー、オーストラリアクイーンズランド工科大学の Dimitri Perrin 准教授らの共同研究グループは、体内時計遺伝子として知られる Period2 遺伝子の mRNA内に睡眠覚醒サイクルに影響を与える配列構造を発見しました。
本研究では、タンパク質翻訳装置であるリボソームが約 24 時間周期でリズミカルに結合する mRNA 配列をゲノムワイドに包括的に探索しました。これにより、マウス細胞の体内時計における転写後制御の役割に新たな光が当てられました。本研究成果は、転写後プロセスが体内時計および睡眠制御において極めて重要であることを示すものです。
背景
私たちの体内に備わっている体内時計は、私たちの日常の活動を制御し健康を維持するために不可欠のものです。体内時計遺伝子は転写ネットワークを構成し、互いに抑制したり活性化したりすることで概日周期と呼ばれる約 24 時間の遺伝子レベルの発現周期を刻むことが知られています。
上田チームリーダーのグループではこれまでにマウスを用いて、体内時計に影響する光を排除した恒常的な暗闇の中で約 24 時間周期のタンパク質レベルの変化を正確に定量することで、遺伝子の転写産物である mRNA とその翻訳産物であるタンパク質の発現タイミングとの間に時間差がある遺伝子があることを見出していました。
しかし、この時間差を生み出す仕組みやその生物学的な意義についてはこれまで未開拓の研究領域でした。
研究手法と成果
筆頭著者の Millius さんはリボソームプロファイリングと呼ばれる手法を使用して、タンパク質を生成するリボソームがmRNA に結合するタイミングをゲノムワイドに調査し、結合タイミングとタンパク質発現のピーク時間との関係を調べました。その結果、体内時計遺伝子である Period2 遺伝子の上流にある小さなオープンリーディングフレーム(upstreamopen reading frame: uORF)にリボソームが結合していることを発見しました。また、概日周期をもつ別の多くの遺伝子の mRNA の上流域にも uORF があることを見出しました。さらに、これらの uORF があると、下流の遺伝子コーディング配列へのリボソーム結合が減少したり、概日周期でのタンパク質発現が減少したりすることがわかりました。これらの結果は、体内時計遺伝子のタンパク質が概日周期で発現するために uORF が重要な役割を果たしている可能性を示唆しています。
加えて、研究チームの Dimitri さんのバイオインフォマティクスを用いた解析により、マウスと人間の遺伝子の約半分には少なくとも 1 つの uORF があり、体内時計関連遺伝子の約 75%が uORF を持っていることがわかりました。これは、概日時計遺伝子が uORF を介した転写後制御を受けている可能性を裏付けるものです。
次に研究チームが Period2 遺伝子の uORF を変異させたマウスを作成すると、興味深い結果が得られました。まず、Period2 遺伝子の mRNA の発現が増加しました。このことから、uORF の転写後制御が翻訳のみならず、mRNA の安定性にも関わることが示唆されます。次に、明期(昼)と暗期(夜)の切り替わりの時間帯にマウスの睡眠時間が顕著に減少していました。この結果は、体内時計遺伝子そのものを変異させなくても、その転写後制御を担うuORF を変異することで個体の睡眠が影響を受けることを示しています。
つまり、uORF を介した転写後制御が、遺伝子の発現という細胞レベルの現象にとどまらず、睡眠という個体レベルでの生理現象に重要な役割を果たしていることがわかりました。
Fig. Period2 遺伝子の uORF 変異は概日時計遺伝子の発現振幅に影響したり(左)、
マウスの睡眠時間を現象させたりする(右)。 Millius A, et al. PNAS 2023. (License:
CC BY 4.0)
今後の期待
Period2 遺伝子は、体内時計を制御する転写ネットワークの中で中心的な抑制フィードバックループを形成しており、その重要性は今回見出された睡眠調節だけにとどまらないと考えられます。
Period2 遺伝子の発現は乳がんで乱れ、急性骨髄性白血病の患者で低下することが知られています。また、Period2 遺伝子の阻害はマウスに置いて腫瘍形成を引き起こします。
これらのことから、本研究による Period2 遺伝子の発現に関わる転写後制御に関わる知見は、例えばがんが正常な体内時計を障害する過程に関する新しい洞察や、また時間依存的な治療効果を持つ薬の改善に役立つなど、医学を含むさまざまな分野への貢献が期待されます。
また、本研究ではマウスを用いましたが、今回得られた知見がヒトにおいて睡眠異常を伴う遺伝子変異についての理解につながることを期待しています。
今後、睡眠異常とそれに関連する遺伝子変異の同定と検証を進める中で重要な基礎的な知識となります。
補足説明
1. リボソーム:細胞内で タンパク質の合成を行う翻訳装置。mRNA(メッセンジャー
RNA)に結合してリボ核酸(RNA)配列にコーディンされた情報を遺伝子
タンパク質に翻訳する。
2. 転写後制御:ゲノム DNA 配列が、mRNA に転写されてから遺伝子タンパク質に翻訳
されるまでに作用する遺伝子発現の制御。
3. オープンリーディングフレーム (ORF): DNA や mRNA の配列の中で、タンパク質の
合成が可能な部分を指す。
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