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健康を科学で紐解く シリーズ22  「身体自らががんを退治する」-がんのリング上で戦いのゴングを鳴らす細胞医薬-

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


「治療薬」ではなく「引き金」を投与することで身体自らががんを退治する

-がんのリング上で戦いのゴングを鳴らす細胞医薬-



研究の背景と経緯


 がんは死因第一位の疾患であり、早急に解決しなければならない問題です。


 そんながんの治療において、抗がん剤の投与は最も行われている手段の一つとして世間一般的に知られています。これは、体内に投与された抗がん剤の一部ががんに到達することで効果を発揮します。しかしながら、投与された抗がん剤の多くは体内で代謝、消失するために効果が⻑続きしません。そのため、抗がん剤を複数回投与することが一般的となっています。複数回投与によって確かに抗がん剤の効果は各段に向上しますが、その一方で副作用のリスクはますます高まっていきます。


このような背景から、抗がん剤に依存することなく生体がもつ潜在能力を最大限に活かす免疫療法が近年注目されてきました。しかしながら、がんは免疫からの攻撃を回避できるため、免疫療法で十分な効果を発揮できないという現状があります。


そこで我々は、抗がん剤治療と免疫療法のそれぞれの問題点を同時に解決できる新しいがん治療の確立を目指しました。

ここでは私たちが日々経験している異物排除能(※1)を活用した新しいがんの治療法を提唱します。



研究の概要


 抗がん剤などの治療薬を用いたがん治療は、2週間毎に1回というように複数回の投与によって治療効果を発揮します。抗がん剤を投与すればするほど治療効果は出る反面、副作用のリスクはますます高まってきます。そのため、抗がん剤に依存しないがんの治療法が望まれていました。


 今回、「からだ自身にがんを治療させる」細胞医薬の開発に世界で初めて成功し、新しいがんの治療法を提唱しました。


 九州大学大学院工学研究院の片山佳樹教授、新居輝樹助教、および谷戶謙太一貫制博士過程4年らの研究グループは、がんで炎症の「Trigger(引き金)役」となる細胞医薬(MacTriggerと命名)を開発しました。


マウスを用いた動物実験において、注射後がんまで効率よく辿り着いたMacTriggerは、そこで強い炎症を引き起こします。すると、「異物の排除」というからだ本来がもつ能力によって、がんの成⻑を効率よく抑制しました。このがん治療はあくまでからだ自身が行っているため、マウスの実験では大きな副作用は観察されていません。また、がん以外にはTriggerとして働かないように「ロック機能」がMac Triggerには搭載されているため、健康な臓器には炎症を引き起こしませんでした。これは副作用のリスクを極限まで減らせたことを意味します。


 今回開発したMacTriggerは、「がんを殺傷する治療薬」というこれまでの細胞医薬とは異なり、「からだ自身にがんを治療させるきっかけを与える物質」という全く新しい概念の細胞医薬の考え方を提案するものです。

今回の研究は、がん治療の新しいコンセプトを世界に提唱するものであり、今後、さらに基礎研究を進め、ステップをクリアしていくことで臨床応用への展開が期待されます。




研究の内容と成果


 がん全体を『治る傷』(急性の炎症組織)にするためのアイテムとして、我々は免疫細胞の一つであるマクロファージに着目しました。マクロファージはがんに積極的に集積します。さらに、がんに集積したマクロファージは通常型(M0型)から抗炎症型(M2型)に分極する(※2)ことが知られています。我々はこのマクロファージのユニークな性質を活用し、M2型に分極することで初めて炎症性物質を一気に放出するよう遺伝子を改変したマクロファージ“MacTrigger”を開発しました。


このMacTriggerはがんに到達するとおよそ4日以内で消滅するようにプログラミングされています。そんなMacTriggerを担がんマウスに注射したところ、MacTriggerが消失する4日よりはるかに先の8日以降から抗がん効果が確認されました。従来の抗がん剤治療に従えば、MacTriggerが消失する4日おきに投与するかもしれませんが、本研究では最初の1回の投与で強力な抗がん効果が得られたことになります。この現象を詳しく調べるためにがんを取り出してみたところ、炎症の程度を示す様々な値が上昇していることが分かりました。特に、生体からの異物の排除に最も関与するナチュラルキラー(NK)細胞やキラーT細胞といった免疫細胞ががんに侵入していることを確認しました。これはMacTriggerによって炎症となったがんをからだが排除しようとしている証拠になりました。そんな強力に炎症を引き起こす「Trigger(引き金)」となるMacTriggerですが、全身に作用することがあれば大問題となってしまいます。つまり、がん以外の正常な臓器に到達したとしてもそこで炎症を引き起こさないようコントロールしておくことが大切です。実際にMacTriggerを担がんマウスに注射すると、健康な臓器にも一定数集積しますが、臓器の炎症といった副作用は確認されませんでした。臓器に集積したMacTriggerを取り出して詳しく調べてみると、M2型に分極せずM0型で存在し続けていることが分かりました。つまり、M2型に分極しない限り炎症を引き起こさない「ロック機能」をMacTriggerに搭載したことで安心して投与することが可能となったのです。



研究のまとめ(ポイント)

1.副作用の観点から、治療薬に依存しないがんの治療法が求められていました。


2.がん特異的に強力な炎症を引き起こす細胞医薬の開発に世界初めて成功し、からだ自身に

 がんを治療させるという新しいがんの治療法を動物実験にて提唱しました。


3.臨床応用に向けて今後はさらなる安全性の向上を目指します。



参考図


図 本研究の概略図


炎症の引き金となるマクロファージ(MacTriggerと命名)の開発に成功した。

このMacTriggerは、M2型に分極することで初めて強力に炎症を引き起こすよう遺伝子操作がなされている。注射されたMacTriggerはがんに積極的に集積し、そこでM2型に分極することで炎症性物質を一気に放出する。強力に炎症を引き起こしたがんは、からだがもつ異物排除能によって成⻑が抑制される。また、万が一正常な臓器に集積したとしても、M2型には分極せず炎症を引き起こさないため副作用のリスクは最小限に抑えられる。



今後の展開


 本研究では、がんでのみ強力に炎症を引き起こす細胞医薬(MacTrigger)の開発に成功しました。


 今後は臨床応用に向け、効果の最大化やさらなる安全性の担保などMacTriggerを最良な細胞医薬へと育成していく予定です。




用語解説


(※1) 異物排除能


感染などによって炎症となった細胞(傷)は生体から異物と認識されるようになり、NK細胞やキラーT細胞といった免疫細胞によって生体から排除される。


(※2) マクロファージの分極


マクロファージは組織環境に応じて、M1型やM2型に自在に変身する。特にがんにおいてはM2型に変身することでがんを免疫抑制的な環境へと導く。


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