未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
脳が不調のとき肝臓も同時に不調になりうることを発見
-神経栄養因子BDNFモデルマウスを用いた”心身機能連携”の研究-
当研究の要点
心身の健康は私たちの願いです。本研究では、神経細胞を成長させる脳由来神経栄養因子(BDNF)が低下したとき、肥満、代謝の低下、そしていま世界的に問題となっている肝臓の疾患非アルコール性脂肪肝炎NASHを発症することを発見しました。
本研究成果は、脳と肝臓の疾患としてのつながり、心身の健康の考え方について新たな示唆を与えるものと期待されます。
研究概要
「脳由来神経栄養因子BDNF」は脳の発達、記憶と学習をはじめとする脳の働きに必須のタンパク質として知られています。しかし、その役割は脳だけでなく、摂食、体重のコントロールにも関与することも報告されています。
そこで本研究では、BDNFの発現量が低下したマウスの末梢臓器を調べました。その結果、BDNF発現低下マウスは著しい脂肪肝を呈しており、驚いたことにその肝臓には非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を発症していました。マウス肝臓のRNA発現解析(RNA-seq)もNASHを発症していることを支持していました。
金沢工業大学、徳島大学、香川大学、産業技術総合研究所からなる研究チームは、脳における脳由来神経栄養因子BDNFの発現低下が末梢臓器である肝臓の疾患発症に関与することを解明しました。
当研究の内容説明と今後への展望
NASHとは
非アルコール性脂肪肝炎(NASH, non-alcoholic steatohepatitis)*1は、メタボリックシンドロームを基盤病態とする肝臓の生活習慣病である。しかし、単なる脂肪肝とは異なり、肝臓組織にリンパ球や好中球が浸潤する、肝細胞が風船様に変性するといった炎症の発生、肝臓組織にコラーゲンが蓄積する線維化を顕著な特徴としている。これらの病態の持続は肝不全や肝癌などのリスクにもなりうるため、NASHの治療および診断技術の開発は世界的に急務となっている。
神経栄養因子BDNF発現低下マウスにNASHを見出した経緯とその研究成果
NASHの発症には、肝臓における代謝障害のみならず、肝外組織の炎症などが関与することが近年報告されていることから、研究グループは脳機能の低下とNASHの発症が関係するかもしれないと仮定し、BDNF発現低下マウスにおいて肝臓組織の病理組織学的解析とトランスクリプトームの解析を中心に行い仮説の検証を行った。その結果、BDNF発現低下マウス(2種類のBDNF遺伝子改変マウス)においてヒトのNASHの臨床学的特徴のすべてを発症することを見出した。すなわち、肥満、高血糖、高インスリン血症、肝臓における脂肪蓄積、炎症および線維化である。また、肝外病変として脂肪組織における炎症像(crown-like structure)も確認した(図1)。トランスクリプトームの解析では、脂質代謝障害や好中球の浸潤、酸化ストレスの亢進などを示す遺伝子の挙動がみられ、これらもBDNF発現低下マウスが自己免疫性肝炎や薬剤性肝障害などの他の肝疾患ではなくNASHを発症していることを支持した。
神経栄養因子BDNF研究の新たな展開へ
BDNF発現低下マウスには、記憶・学習への影響だけなく、BDNFが摂食中枢に抑制的に作用することから過食といった肥満関連代謝障害が知られている。そこで我々は、BDNF発現低下マウスに摂食制限を施し、肥満に依存しない、BDNFの肝臓への直接的作用を確認した。すなわち、BDNF発現低下マウスでは摂食制限によって体重増加や血糖値上昇が抑制されているにもかかわらず、肝臓では好中球を含む炎症細胞の浸潤を見出した。つまりこの結果は、神経栄養因子BDNFと末梢臓器の疾患NASH発症の直接的関係を示唆すると同時に、BDNF研究が脳から末梢臓器へと新たな展開を迎えることを意味する。
*1 2023年6月にNASHは代謝障害関連脂肪肝炎(MASH, metabolic dysfunction-associated steatohepatitis)へと疾患名が改められた。しかし、本論文は6月以前に投稿されており、NASHという疾患名で論文内に記載されていることから、この報告書においてもNASHの名称を用いる。
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