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健康を科学で紐解く シリーズ232  「レトロウイルス性心筋異常の病原性規定因子」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


レトロウイルス性心筋異常の病原性規定因子を解明




概要


 岩手大学農学部 落合謙爾教授と西浦颯博士らの研究グループは、レトロウイルス科に属す鳥白血病ウイルス感染鶏に併発する脳の神経膠腫と心臓の心筋異常・横紋筋腫は異なる機序で発生すること、レトロウイルス性心筋異常は鳥白血病ウイルスのエンベロープ遺伝子に規定されることを明らかにしました。


 本成果により、鳥白血病ウイルスの多様な病原性が浮き彫りとなり、いまだ謎の多いヒトや他の動物のレトロウイルス性心疾患ならびに脳腫瘍の発生機序解明に向けて比較病理学的なアプローチが可能となりました。




研究成果のポイント


1.感染細胞から鳥白血病ウイルスの分子クローンを作製することに成功。


2.得られた分子クローンの解析により鳥白血病ウイルスが共感染することを証明。


3.心臓病原性ALVの病原性規定因子を解明。


4.レトロウイルス性心疾患の基礎研究への貢献に期待。




背景


 レトロウイルス科のウイルスは細胞に感染すると、そのゲノムに組み込まれプロウイルスとなって生涯取り除かれることはありません。鶏にレトロウイルス科の鳥白血病ウイルス (ALV) が感染すると、リンパ性白血病のほか、様々な腫瘍を引き起こします。しかしながら、本ウイルスと神経系に発生する腫瘍との因果関係はわかっていませんでした。


こうした中、鶏の原因不明の神経疾患「いわゆる鶏の神経膠腫」が突如日本鶏に発生しました(図1)。この国内初発例の解析がきっかけとなり、落合教授らは本疾患の原因がALV の一株、神経膠腫誘発ウイルス(FGV)であることを明らかにしました。


図1.鶏の神経膠腫。

脳の髄膜下に膨隆する黄色調の多発性結節で(左上、右上)、組織学的には異型星状膠細胞の多発性結節として認められる(左下、右下)。



 その後、FGV やその変異株は国内の日本鶏に蔓延していること、採卵鶏にもほかのALV株により同様の脳腫瘍が発生すること、FGV 変異株 Km_5666株は心筋異常や心臓腫瘍を誘発することが明らかになりました(図2)。さらにこれら腫瘍は短期間のうちに誘発されることから、リンパ性白血病とは発生機序が異なると推察されます。


一方、引き続き実施された疫学調査から、Km_5666による心筋異常の発生はわずか4、5年で終息し、本株は同鶏群から自然消滅したと考えられていました。しかし、3年ほど前から心筋異常が再び観察されるようになり、さらに罹患鶏の多くが複数のALV株に共感染していることがわかりました。こうした背景を踏まえ、本研究では共感染しているウイルスを感染性分子クローンとして分離し、それぞれの分子クローンの分子生物学的特徴と病原性を解析しました。


図2.Km_5666株接種鶏で再現された心臓横紋筋腫。

心臓の中隔に主座して形成された白色病巣(左上)。組織学的には異型心筋細胞の塊状の増殖で(右上)、心筋細胞にはときおり有糸分裂像が認められ(左下)、核はPCNA陽性を示す(右下)。




研究内容


 2017~2020年に検索した日本鶏71羽中4羽で神経膠腫と心筋異常の併発が確認され(図3)、さらにこれらの罹患鶏には複数のALV株の共感染が疑われました。


図3.71羽のうち4羽に神経膠腫(左、 矢頭)と心筋細胞の肥大や異型核(右、 矢印)が観察さ

  れた。筋形質内にはウイルス感染時にみられる基質封入体(右、矢頭)が認められた。



 そこで、新たに分子クローン作製法を確立し、1羽のサンプルから2株の感染性分子クローン、KmN_77_clone_A、KmN_77_clone_Bを作製することに成功しました。

また、過去に分離した心臓病原性株 Km_5666株の分子クローンを作製しました。

シークエンス解析では、KmN_77_clone_Aのエンベロープ遺伝子の一部、envSUは心臓病原性株Km_5666のenvSUと高い相同性を示しました(図4, 94.1%)。

一方、KmN_77_clone_BのenvSUは心臓病原性を持たないFGV変異体のそれと概ね一致しました(相同性99.2%以上)。


図4.作製した分子クローンと代表株との相同性。

KmN_77_clone_AのenvSUは心臓病原性株Km_5666のそれと比較して94%と高い相同性を示したが、U5, gag-polを含む領域では約96%、envTMやU3を含む領域では70%と低い相同性を示した。一方、Clone_Bのゲノムは非心臓病原性株KmN_1と99%以上の相同性を示した。



 さらに、Km_5666_ cloneを用いた感染実験では神経膠腫と心筋異常の両者を再現することができました(図5)。これらの成績から、心筋異常・心臓横紋筋腫の病原性決定因子はKm_5666のenvSUに存在することがわかりました。


図5.Km_5666_cloneの感染鶏で観察された心筋細胞の肥大や異型核(左、 矢印)と筋形質

  内の基質封入体(左、矢頭)。これらの基質封入体はALV抗原陽性を示した(右、矢頭)。




研究成果と今後の展開


 本研究により心筋異常の病理発生にはALVのエンベロープ遺伝子が関与することが浮き彫りとなりました。ヒトの原因不明の心筋疾患の発生にはヒトレトロウイルス感染の関与が推察されています。レトロウイルス性疾患の制圧に向けて、ALVの神経病原性株と心臓病原性株、非心臓病原性株との分子生物学的比較、これら変異体の出現経緯を解き明かしていけば、レトロウイルスの病原性を遺伝子レベルでより明確にすることができると考えています。




用語解説


鳥白血病

レトロウイルス科に属すウイルスを原因として起こる鶏の伝達可能な腫瘍性疾患を一括して白血病・肉腫群 Leukosis/sarcoma group と呼んでいます。これらのうち、鳥白血病は鳥白血病ウイルス (avian leukosis virus; ALV) に起因する腫瘍の総称で、代表的なALV誘発腫瘍であるリンパ性白血病 Lymphoid leukosis (LL) はかつて野外で多発し養鶏産業上、重要な疾病でしたが、1990年ごろから種鶏での清浄化が進み、わが国のLLの発生は現在、散発的に認められる程度に減少しました。しかし、1980年代末から肉用鶏にALVによる骨髄性白血病 Myeloid leukosis (ML) が発生し、世界各国に拡散しました。わが国でも1998年ごろからMLの発生がみられましたが、現在は終息しています。一方、中国などアジア諸国ではMLがいまだ発生し産業上問題となっています。鳥白血病はわが国では監視伝染病(届出伝染病)に指定されており、鶏に発生した場合届出の義務があります。


鶏の神経膠腫

神経膠腫とは中枢神経系にあるグリア細胞(主に星状膠細胞)の腫瘍です。鶏では中枢神経系の腫瘍の発生は珍しいと考えられてきました。しかしその一方で、非化膿性髄膜脳炎を背景に星状膠細胞が多発性かつ結節性に増殖する疾患が昔から欧米諸国で散発していました。1935年に初めて報告したBelmonteは神経膠腫と報告しましたが、感染症(炎症)と考える研究者もいました。しかし、この疾患を炎症とみなした場合、慢性炎症の直接的な原因ばかりでなく炎症後におこる星状膠細胞の増殖についても満足のいく説明ができないことから、初めて報告したBelmonteの意見を尊重して本疾患は「いわゆるso-called」を付して「いわゆる鶏の神経膠腫」と報告されるようになりました。私たちは2002年にこの病気がALVの一株を原因とすることを報告しました(Iwata et al. Avian Pathology 31:193-199, 2002)。


心臓横紋筋腫

心臓の横紋筋から発生する良性腫瘍。

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